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2003年2月1日分

川上氏は硬い表情のまま、話を始めた。
「実に・・近年に無い難レースとなり、春のGPに続く悪い結果になりました。現地からの連絡を受け、緊急に役員会を招集しましたが、都合上中止は困難で、やや雨が小さくなった9時に放鳩しました。毎回の事ですが、この400キロレースは、単一連合会による放鳩で、予算の都合上、延期が無理なレースなのです。今回の失敗を繰り返さない為、来シーズンは、レース開始日程を2週間早くして、西コースや、WG(ワールドグランプリ)等多くの競翔に、会員が選んで自由に参加出来るような方式にしたいと言う案があります。この400キロレースと同時に、合同の400キロレースを近隣の連合会にも呼びかけて、総合レースとするような事も検討課題ですが。古くからの会員はご存知ですが、この400キロレースは故白川正造名誉顧問の提唱で始まり、以降、当連合会は飛躍的な発展と、各総合レースでも優入賞を遂げて参りました。しかしながら近年の目覚ましい放鳩技術の発展と、鳩質などの向上もあり、特にこの400キロレースに固執する必要性は薄れて来たのでは?そんな意見もあります。これは、新春の定例総会の議題に載せたいのですが、どうぞ、この場に居られる方の意見をお願いしたいのですが」
真っ先に手を挙げたのは香月だった。
「あの・・400キロレースの放鳩地は確かに難コースです。でも、今までの経験の中、ここで成功を収めた鳩は、その後の長距離に強いんです。有利、不利、向き、不向きはあるでしょうが、この地点は、山あり、谷あり、気流も複雑です。でも、それは竜飛崎、稚内に共通する地形的な面や、コース条件があるからです。皆さんもご承知かと思いますが、長距離鳩は殆んどと言っても良い位、この400キロレースを経験してる筈です。700キロGPでも入賞を果せて来たのも、それぞれの鳩舎の努力や、新血統導入で鳩質向上もあるでしょうが、このレースの開始以前と以後では、全くその成績飛躍が顕著でもあります。叉、後日帰りも多い事から、放鳩地の変更などはいつでも出来ると思います。こう言った事も踏まえて、俺は存続を継続させるよう意見とします
反論する者は居なかった。その理由は全員この場に居る者は知っているからだ。しかし、会長はこう言った。
「わしも存続には反対せんよ。むしろ、逆の立場だ。だが、近年の競翔は長距離レースよりも、短・中距離を主体にした当日レースの人気が高まっている。それは合同レースや、ダービーが多く開催されている現実を見てもそうだろう。皆が皆、長距離に目が向いている訳でも無い。ここで、やはり意見も多く出ているように、400キロレースでも合同杯等をやって見ては?そんな案が出ているのも事実なんだ」
川上氏が続けた。
「皆さんの選択肢が増えれば、やはり良い事だと、私も思います。当連合会としても、今の400キロレースは継続しますが、前後して、今回のような、雨中でも決行と言う事は避けたいと思って居ます。どうでしょう?」
川上氏が言うと、香月が手を上げた。
「よろしいでしょうか?」

「何でも、言ってくれたまえ」
川上氏が頷きながら答えた。
「確かに今回は雨中でした。でもこのような悪天は、度々ある事では無いですけど、400キロレースで無くても、今後もどんなレースでもそう言った状況はあり得ると言う事です。その為に順延や、中止と言う選択肢はありますか?」
「尤もな意見だ。それは、初会合で検討しようじゃないか」
高橋会長は言った。
「今の意見に付則しますが、競翔が多くなればなるほど、審査委員の負担が多くなります。そちらも増員が必要でしょう」
川上氏が付け加えた。
「尤もです。それも案件に加えようと思います」
高橋会長が再び頷いた。
「それなら、俺も賛成します。競翔が増える事は、一極集中の人気が高い役員の負担の重いレースより、各競翔を選択出来る。即ち、近隣の連合会との合同レース形式もある訳ですよね」

磯川がこう言った。
「成る程。そう言った地域性競翔も面白いじゃないか。それなら負担も少なくて済む」
会長が言った。川上氏の表情が随分緩んだ。今回の事を責任感の強い川上氏は一人で被ったのだろう、皆の気持ちを。誰にしても、大事な競翔鳩を失いたくない。傷つけたくは無い。気持ちは皆一緒であった。そして、雑談が始った。
磯川「いやあ・・400キロは大失敗。鳩のピークは700キロに持って行くつもりが、とんだ負担になったよ。色々今秋は試して見たんだけどなあ・・」
高橋「ほお・・筋トレなんぞやって、入れ込み過ぎたかな?わはは」
磯川「ふふ。まあ、そんな所ですが、会長は300キロでストックしてましたよね、大量に。やっぱり、本音はこの400キロを嫌ってたんじゃ無いんですか?」
高橋「ま、私の場合ハンドラーがしっかりしてるからなあ」
磯川「何ですって?俺の所のハンドラーが無能に聞こえますね」
川上「いつも会長と磯川君は漫才してるようだね、ははは。ところで今秋は成功してる香月君の話を聞きたいね」
磯川「そうだった!香月君。どんな訓練をしたんだい?12羽中、この条件の中、10羽帰還だってね。5連勝よりむしろ凄い事だよ」
小谷「そりゃ、凄いよ。聞きたいね。佐伯君が驚いてたよ。まさかあの鳩(ムーン号)をあそこまで育てる君の手腕に」
香月「参ったなあ・・。俺はこの雨の中と言う条件を選んで、雨中訓練をしました。4回です。それに、夜間訓練もやりました。高地訓練も。そこで、競翔前に鳩の短・長距離向きの適性を見極めた上で、グループ別に更に訓練をしたんです。そこで、本番競翔が始る前に見込みの無い鳩を淘汰しました。」
小谷「ひゃあ・・徹底してるわ。強い訳だよ、香月君が」
郡上「彼だから成し得る事だろうねえ。とても、私や高橋会長では無理だ。700キロレース位になって、鳩の数が減ってくればある程度見極めもつくが・・しかし、成る程ねえ・・感心するばかりだ」
川上「こう言う子なんですよ、香月君は。今秋は一回も私も勝てて無い。ははは。今秋は非常に出来が良いとスタート時点で思ってた私だが、その上を行かれてる。ははは」
磯川「全く。俺も確かに400キロに主力を集中したけど、他のレースだって、決して能力が落ちた鳩を参加したのでは無いですよ。むしろ、今秋は出来が良かったんですから」
高橋「それだけ、佐野君や浦部君も頑張っているように、連合会のレベルアップがあると言う事だ。ここまで徹底した訓練をやって来たと言う事はむしろ、手腕の差だね、鳩のレベルはもう、殆んど並んでると思って良い。白川系すら、頭が取れないんだからな。ははは」
川上「全く!ははは。でも、むしろ、この場に居る面々が次の700キロ菊花賞の本命である事は、疑いなさそうですね」
そう言う言葉に全員の顔が引き締まった。ジャンプする鳩舎、菊花賞の照準を合わせている鳩舎。それぞれにやり方も思惑もある。それぞれのスタイル、思いで競翔すれば良いじゃないか・・この400キロレースは叉新しい東神原連合会の方向を見つけたようだ。