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2003.2.20分

2時40分の帰舎だった。恐ろしく早い・・。行ける・・香月はそう確信していた。それは香月が高地から紫竜号をかり出してまで、行なった訓練の成果・・つまり想定帰還コースをこの鳩が飛び帰った事を意味していた。真っ青に晴れた空には、他には1羽の鳩の姿も無い。紫竜号を彷彿とさせるデビューレースを見る思いがした。香月の天才的な手腕によって、鳩舎の代表主流鳩(のちの香月系最高基礎源鳩となる)が、この日誕生しようとしていた。そして・・2番手は大きく差があり、4時少し前であった。この2羽で、香月は打刻を止めた。この1羽が戻って来た時には、数十羽の鳩が上空に姿を見せたからであった。後続はその後もぽつり、ぽつりと戻って、当日6羽の帰舎を見た香月鳩舎であった。残り4羽の当日帰舎を諦め暗くなったタラップを閉めようとしたその時だった。「バサッ・」と音がした。「あっ!」香月は声を上げた。400キロの後日帰りの鳩であった。すぐ、その真っ黒にやせ細った鳩を抱きかかえると、別棟に作ってある病鳩の隔離鳩舎で、治療をする。難レースの400キロに、後日帰りが一羽も無かった事を心配していた香月であったが、中でも見込みがあると見ていた1羽であっただけに、嬉しかった。この鳩は源鳩パパ号×マロン号の直仔であった。RCの♂で、柔らかい筋肉をしていた・・この鳩も後に大活躍する香月鳩舎の代表鳩となる事は、今の香月にも想像は出来なかったが・・。
この夜、9時を少し回って、川上氏より電話が入った。
「こんばんわ。少し遅くなってしまったが、400キロの後日帰りが2羽あってね。隔離鳩舎で治療をしてた所だったんだよ」
「川上さんの所もですか、俺の所もです。1羽」
「うん。抗生物質を与えようと思ったのだが、どんなのが良いのか君に聞こうと思ってね」

鳩の順位など2の次。川上氏の一貫した姿勢は揺らぐ事が無い。それが嬉しくて、電話口でにこにこしながら香月は、アドバイスをしていた。2度目に川上氏から電話が入ったのは、10時前であった。
「いやあ・・やっと落ち着いたよ。申し訳ない、夜分に。で・・聞けなかったんだが、今日はどうだった?私の所は38羽だ。早いのが、4時少し過ぎてたかな。殆んど同時に8羽タイムしたよ。76羽参加で、半数当日帰舎だったよ」
「はい。俺の所は参加10羽で、当日6羽ですから、率的には同じ位ですね。で、2羽タイムしたんですが、2番目の鳩が丁度4時少し前ですから、川上さんの所とほぼ同じ位でしょうか。今日は天候が良くて、スピードが出たようですね」
「ああ・・。しかし、その鳩より早いのが居るんだね。私の所も聞けば、他に近い鳩舎も少ないようなんで、今回は一矢君に報いたかと思ったが・・ははは。で?一番は何分頃だったのかね?」
「はい・・それが飛び抜けて早いんです。3時前・・2時40分頃なんですよ。驚きました」
「へえっ!・・それは、無茶苦茶早いねえ!1時間以上差があるよ。そんなに・・でも何故?・・」

川上氏すら予想出来ない帰舎タイムだった。恐らく上位を形成しているであろう、白川系の一群のトップレーサー達よりも、更に1時間も突き放す帰舎には、たまげたようだ。川上氏は可能な限り、この時間から問い合わせをすると言って電話を切った。まさに、この700キロレースで、ぶっちぎりの帰舎は想像を遙に超えていた。紫竜号に続く香月鳩舎の英傑が誕生した一瞬でもあった。長いこの物語を語る時、この競翔鳩は、常にこれから、紫竜号と比べられる事となる。少し先に香月系の最高種鳩となる鳩でもあった。