2003.4.7日分 香月の秋レースは、23羽の選手鳩を残す事が出来た。春は2次鳩を13羽加えて、成鳩12羽。順調に行けば、48羽の大羽数参加が見込める計算だ。更に、後日帰りの鳩があるかも知れない。香月の頭には新構想が組まれようとしていた。春には新たに3レース増えるそうだ。種鳩として、ピン太号とグランプリ号からは続々と素晴らしい選手鳩が生まれ、入賞率も高い。香月は来春のエースとして、スプリント号に期待した。紫竜号と並んで、長距離へステップ出来る早熟の鳩だ。又、現役競翔鳩7羽も順調に行けば、GNの最終レースに参加出来る。ヒロ号、シルク号を第3代とするならば、スプリント号、カズエース号は第4代の種鳩候補となる。香月の新構想が、この秋の好結果によって、いよいよ具体化しつつあった。 そして・・S工大での活動だが、いよいよ本格的な研究テーマに入っていた。 香月の目指すものは血統の固定化・・そして、研究テーマとして遺伝子分野。既にDNAと言う未知の世界への研究は幕を開けていたが・・・まだまだ当時の研究施設やパソコンの発達していない時代の事・・・到達し得ない分野でもあった。掛川氏と言う優秀な助手のおかげで、資料も豊富に揃いつつ、もう一つのテーマ、「血の概論」の研究の方は相当な進展を見せていた。 講義を終えた、香月に桑原教授が声を掛けて来た。 「どうかね?」 短い問いに、香月は明るい顔で答えた. 「進展してるとは言い切れませんが、現在データの積み重ねの段階です」 「その部分を今君が解説出来るかね?」 「ええ・・部分的であれば」 突然の教授の問いに驚きながらも、教授の部屋で、香月は答えた。 「適者生存の法則の中では、環境条件に淘汰された優性が生き残ります。それが種を保存されるとされています。一方、人為的な近代における瞬きの中で、その優性が左右される事例も又あります」 「動物学的に見たら、それは、形態だけの違いではないのか?例えば、犬とか馬とか、色々あるが・・」 「鳩・・つまり競翔鳩に当てはめるとするならば、進化に位置します」 「競翔鳩と言う、帰巣本能の一例で決めるのは危険だね」 桑原教授は、論点を付いてくる。一瞬も気の抜けない雑談だ。この会話の中に、研究テーマが位置する重要性があるのだ。 香月は、答えた。 「後退化、進化と見るならば、明らかに進化です。より早く飛翔し、より筋力を増し、より明晰になり、大自然に適合出来る羽毛を短期間で完成させようとしています。たかが100年の歴史の中で。それも人為的にです」 「競走馬もそうではあるね」 「そうです。しかし、動物本来の能力を考えると、更に、進化のスピードは競翔鳩の方が早いです」 「それは何故か?」 「セクショナリズムと帰巣本能、或いは、抗体性、免疫力、視力、体力、環境への順応性、筋力、知能・・どれをとって見ても、競走馬の歴史より遥かに早く、優れており、又、雄大ですから」 「ははは。成るほど。1000キロ、3000キロのスケールと比べれば、1000メートル、2000メートルでは違いがあるか」 「それもあります。確かに。諸機能、諸器官に至るまで劇的変化があります。空と陸と言う空間の違いはありますが、全てに淘汰と改良があっての対象ですから・・・・・・」 「うむ・・存分に研究すれば良い。ただ、君の年齢で、いかに、その知識を得たのか少し興味もあってね、それで時間を貰ったんだよ」 香月は少しほっとした。研究内容を披露出来ても、それを裏付けて行く資料はこれからだから。 「私の尊敬します、白川博士の資料を参考にしました」 「前に聞いたね。どう言う関係なのかね?差し支えなければ・・もう少し詳しく聞きたい」 「僕の趣味でもあり、研究目的でもある、競翔鳩の大先輩で、日本国内でも頂点に立つ、偉大な競翔家として、又所属連合会の顧問で、又、僕の尊敬する倶楽部長の恩師でもありました。生前大変親しくさせて頂きました」 「そうか・・。白川氏はS工大においても、世界的においても著名な学者であった。私にとっても恩師である」 時間があるか?の問いで、この後、桑原教授が香月を夕食に誘った。こうして、S工大の中でも次期学長が有力視される程の著名な学者と、香月は後々の人生に大きな影響のある付き合いが始まって行く。 |