2003.4.13日分 新春の、東神原競翔連合会定例総会の日がやってきた。市の文化会館の中会議場を借りて、更に膨れ上がった会員215名が、一同に集まった。高橋会長の挨拶の中、次々と昨年春・秋レースの表彰を受けていた。盛大な拍手の中、初めて香月が川上氏の3連覇を阻む、最優秀鳩舎賞を僅差で獲得した。準優秀鳩舎賞が川上鳩舎、銅賞鳩舎賞には郡上鳩舎が入った。磯川は、次点の4位であった。その磯川鳩舎は、既に異血導入に動いているようであり、春にはパイロンエース号をはじめとする、秋の優秀レーサーが仕上がり上々との噂も聞く。川上氏が、高橋会長の後に会の司会を引き継ぎ、今年の日程を述べた後、任期満了に伴う、新役員の選出が行われた。会長高橋氏、副会長川上氏は、無投票選出だったが、水谷支部長が体調を悪くされて鳩レースを中断、後任に北村が選出された。会計は佐野、書記に道上氏と次々と新役員が決定されて行く。川上氏によって、新たに放鳩委員6名の設置案、そして、教育部が提案されたが、全会一致で可決された。 教育部長に川上氏、副に香月、書記に磯川、佐野、常任委員に浦部、北村が新任された。俗に言われる川上ファミリー達だ。東神原連合会でも、中心的で最も熱心な鳩舎達でもある。又、香月が提唱していた、春、秋のチャリティーレースなどもいよいよ具体化されて、近隣競翔連合会との賛同もあって、大羽数の短距離レースを分散できる狙いともに、開催が決まった。この競翔は、瞬く間に広がりを見せ、合同レースと合わせて、参加が50連合会を数える事となるのは、すぐの事であった。 だが・・この総会が終わって、目まぐるしい日程をこなして行く類まれな英才、若者の香月であったが、まだ厳しい寒さの1月20日のこと、高熱を発し、市内の病院に運び込まれる。母親が付き添い・・そして、夜が明けた。 「ここは・・?」 「一男・・良かったな、熱もかなり下がったようだ」 父親が、傍に居た。病院のベッドに寝かされていると気がつくには、まだ意識が朦朧としていた香月であった。 「病院よ、一男。少し無理をしちゃったようね、風邪をこじらせたんだって。それに過労気味らしいわ」 「・・ごめんね、心配かけて」 香月は状況が分かって、両親にそう言った。 「少し・・頑張り過ぎたのね。アルバイト先にも電話したわ。お父さんとも話しあったけど、学費の事なら心配ないのよ。だからしばらく休んだ方がいいわ」 香月が黙って頷いた。体が重くて、起き上がれそうも無かった。 そこへ来生医師が、入って来た。香月の小さい頃からの知り合いの医者だ。 「一男君が、ここへ運び込まれた時は、びっくりしたよ。ほとんど病気一つした事が無かったからなあ。ご両親も大変でしたね。ま、2、3日ゆっくりして行くか」 「先生、俺・・どこか悪いんですか?」 「はは・・。呆れた奴だなあ。もう少しで肺炎を起こす所だった。それに、20歳にもならない若さで、どうして、過労になるまで体を使ったんだい?君も同じ医学を目指す者。第一には自分の健康。それでなくちゃ、一人前の獣医にはなれんぞ」 「・・済みません。父さん、母さん、先生・・」 香月は再び、深い睡魔に襲われ、再び目覚めた時は夕方の事であった。病室には誰も居ない。手を伸ばして、ベルを押そうとした時、看護婦さんが入って来た。 「どうしたの?香月君」 そう言う看護婦の顔を見た。 「あれ・・?君・・斎藤さん?」 「ふふ、お久しぶり。どうしちゃったの?香月君」 「はは・・多分・・病気だからだろう?」 「あはは。じゃあ、昨夜病院に救急車で運び込まれたのは、貴方だったのね。勤務が代わって、見覚えのある名前だから、もしかしたらって思ったのよ」 「良く覚えてないんだけど・・それより、君、看護婦さんになったんだね。中学以来だね」 「そうね、中学以来よね。今・・大学生?」 「ああ・・それよりさ・・お腹が減っててさ・・それで、ベルを押そうって思った所なんだ」 「まあ・・ほほほ。その位元気だったら、大丈夫ね。先生に聞いてくるから待っててね」 しばらくして、来生医師が来ると、少し動いても良いよと言う事で、病室外へふらつく足で歩いた。娯楽室の横にある、電話から香月は坂上に電話していた・ 「おお!香月君、香織さんから聞いたけど、大丈夫かい?入院したって聞いたから」 「ああ、少し風邪をこじらせた見たいなんだ。」 「無理させちゃったね・・香月君」 坂上の声が沈んだ。 「はは、何言ってるの?坂上」 「いや・・そうじゃない。俺達が今やってる事は目標であっても、目的ではない。積み重ねなんだ。俺達は、少し慌てて焦っていた気がしてる。もう少しのんびりやろうよ、香月君。君に頼り過ぎてたんだ、俺達は」 「だから・・」 言いかけた香月に、電話の向こうの坂上が制した。 「俺達が今やる事はまず、学業。卒業する事だ。君は特に大事な時期。約束しようよ、香月君。無理は止めよう。ね?」 「・・・分かった」 友達ゆえの心遣いが痛いほど分かった。香月は電話を切ると、病室へ戻った。 斎藤が私服に着替えて待っていた。 「どうしたの?病人のくせに」 「やれやれ・・トイレも行けないのかい?それはそうと、君はもう勤務終わったの?」 「ええ。もう少ししたら食事持って来るわね。先生の許可貰ったから」 「悪いよ。勤務終わったんだろ?」 「香月君が構わなければ、もう少しお話させて。傍に少し居るだけで良いから」 「ああ・・いいとも。少し気分も良くなったしね。お腹もすいた事だし」 しばらしくて、食事を斎藤が持って来て、味気ない病院食を食べながら、少しずつ話をしていた二人だった。 「だけど、随分君も変わっちゃったね。中学時代は確か美術部だったよね。県展にも何回も入選してた」 「覚えててくれて有難う!嬉しいわ」 斎藤は、長い髪をさらりと掻き分けた。色白の美しい顔はやや紅潮した。本当に嬉しそうだった。 「で?質問して悪いけど、どうして、看護婦さんになったの?」 「憧れ・・かな?白衣の天使」 「似合うよね、君にぴったりだ」 「ふふ。でも、香月君って随分変わったわよね、大人しくて、目立った方じゃなかったけど、S工大で、何を目指しているの?今度は私の質問。尊敬しちゃうわよね。現役で合格する人だったなんて」 「獣医なんだ。生態学も専攻してるけど」 「きっかけは?」 「憧れ・・かな?」 「まあ!ほほほ」 「はははは」 体に障るからと、その後斎藤は病室を出て行った。香月も再び深い眠りに襲われた。 |