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2003.4.18日分

香織が病室へ現れたのは、翌日の昼頃であった。母親が丁度帰った後で、香月の体調もかなり回復していた。
「大丈夫?熱がすごくあったって聞いたから」
「ああ、もう殆ど無くなった。若いからさ、回復も早いや」
「本当に?」

香織は心配そうに顔を覗き込んだ。
「本当さ、ほら、この通り」
そう言うとベットから出て、柔軟体操をして見せる香月であった。
「いい・・。元気だって分かれば、安心したから。でも、何だか気が抜けちゃった見たい」
「それは・・俺がもっと病人でなくちゃ困るって事?」
「馬鹿・・心配しちゃった分、損したって気分なの。本当は昨日来る予定だったけど、お父さんが、明日にしなさいって」
「御免・・」

香月は素直に謝った。香織が一瞬泣きそうな顔になったからだった。
「先生がさ・・この際だから、ゆっくりして帰れだってさ・・あはは」
「まあ、いい先生ね」
「おいおい・・」
「貴方の事良く分かってるわ。退院したら、又貴方は忙しく動き回る筈よ。だから」
「昨日・・坂上にも約束した。まずは学業だって」
「私の家にも坂上さんから電話があったわ。同じ事を私も言ったの」
「そうか・・そうだよね。」

そんな会話をしている所に、斎藤が入室して来た。
「香月君!」
巡回では無く、花を持って来てくれたようで、振り向いた香織と、斎藤の目が合った。それは、一瞬の事で、女性同士がどのような感覚であったか、香月には分からなかった。斎藤は、
「こちらの綺麗な方は、ガールフレンド?香月君の」
「お世話になっています。」

香織は、香月が答える前に頭を下げ、その質問を肯定した。斎藤は、香織に花を渡すと軽く頭を下げると、お大事に・・・その言葉と共に、退出した。
その時、
「ねえ・・あの看護婦さんて香月君と知り合いなの?」
敏感な女の勘は、見抜いたようだ。
「ああ・・中学校の同級生なんだ」
「綺麗な女性ね」
「そうだね」

香織は、花を花瓶に活けながら、後ろ向きに香月に言った。
「あの人、香月君に気がある見たい」
「え・・?よせよ・・変な事言うの」

香月が少し眉間に皺を寄せた。香織はそれ以上はもう言わなかった。夕方まで香織は病室で過ごし、帰って行った。
その晩、個室である香月の病室の電気が消えた、9時半頃であった。少し疲れてうとうとしかけた香月の耳に、病室のドアが開く音が聞こえた。ベッドの横のスイッチを入れようとした香月だったが・・
「点けないで!お願い・・」
その声は斎藤であった。
「斎藤さん・・」
「御免なさい・・こんな顔見られたくないから・・」
「・・どうしたの?」
「構わない?このままで・・」
「あ・・ああ。そこのソファにでも座ってくれよ。俺もベットに座るから」

少し沈黙があった。
「私ね・・思い違いをしてただけなの。いきなり再会した貴方を見て、余りに素敵過ぎたから」
「・・・・有難うと言えば良いのかな・・?」
「昼間に来てた方、一目で分かったわ。輝くような綺麗で明るそうな彼女。完璧に貴方とお似合いだって」
「・・うん・・」
「私ね、自分勝手に想像して浮き上がってて。貴方に彼女が居るなんて事を考えても居なかった。ただ嬉しかったの。この2日間」
「うん」
「もう、私なんか入る余地の無い位、親密な貴方達の雰囲気を感じて・・失恋した訳・・私は今日」
「嬉しいよ、君のような素敵な女性にそんな言葉を貰うなんて。・・もっと違う形で君とは会えば良かったかも知れないね」
 「止めて・・そんな優しい事言うの、泣いちゃうから・・」

斎藤和江のすすり泣きが聞こえた。
「御免・・」
香月はつぶやくように言った。
「私ね、香月君が私が絵を描いてる事覚えてるよって言ってくれたの、凄く嬉しかったの。だって、もう忘れてるでしょうけど、美術部の文化祭の発表の時、一番熱心に私の絵を見てくれたのは香月君だった。だから昨日その言葉が本当に嬉しかったの」
「・・君は覚えてないでしょうって言ったけど、その絵の事覚えているよ。凄い才能のある人だって思った。」
「嬉しいわ。」
「俺の話・・少し聞いてくれる?」
「ええ・・」
「君と再会した一昨日、その絵を描いてた君と、看護婦さんのイメージが重ならなかったんだ」
「絵は今でも描いてるわ。来生先生に頼まれて、今、病院に飾る絵を描いてるの」
「そうなんだ。じゃ・・君の絵に感動した俺の当時の気持ちを言っても良いかな?」
「是非!香月君ならきっと理解してくれると思うから」

「・・あの絵は白馬と老人だったよね。白馬は老人の夢、老人が追い求めて来た理想。老人は現実を見ている自分。きっと、夢を未来に託そうとしたんだよね、白馬に乗せて」
「その通り!嬉しい。やっぱり香月君は私の王子様だった。あの時勇気を出して、声を掛ければ良かったわ・・」
「そう言って貰えるのは本当に嬉しいよ。でも、今の俺は香織しか居ないって思ってる。君には有り余る絵の才能があるし、叉素晴らしい白衣の天使であって欲しいと俺は思う。君さえ良ければ、こんなサークルがあるんだ。参加して見ないか?」

斎藤が歩み寄った。香月が薄闇の中、資料を渡す。斎藤が香月に抱きついた。
「斎藤さん・・・」
「少しだけ・・このままで居させて。お願い」

香月の行く所出会いがあり、心揺るがす何かがある。斎藤はこの後、ボランティアサークルに積極参加し、香織とも親友になり、サークルの香織と並んでマドンナ的存在になり、そして、来生医師と幸せな結婚をする事になる・・。
翌日になって、サークルの仲間が続々と訪れ、坂上と会った斎藤は、その場で入会した。改めて、香織と互いの自己紹介をすると、同年齢と言う事もあり、何年来の知己のように打ち解けて、たちまちの内に会話の華が咲いた。2人が親友になるのはすぐの事であった。
皆が帰った後、香織が・・
「どうしちゃったの?彼女昨日と別人ね」
「別に・・何も感じなかったけど」

香月が笑った。香織も笑った。良き友人が出来たような嬉しさもあった。
そこへ来生医師が入って来る。
「よお!さっき看護婦詰め所で、聞いたけど、俺も参加させてくれよサークル」
「喜んで!光栄ですよ、先生に加入いただけるなんて」
「ま、それはそうとして、退院は明後日にするかい?」
「ええ!」

香月は嬉しそうに答えた。
「ははは。一男君もうらやましいね。可愛い彼女が居て」
来生医師はそう言いながら、病室を出て行った。
「ねえ・・?来生先生って独身?」
香織が聞く。
「ああ・・大学出て何年かだろう・・そろそろ30歳近いかな?」
「なるほどね・・。そう言う事か」
「何・・?」
「良いの。良いの。ふふふ」
「変な香織・・ははは」

香月も笑った。