2003.4.21日分 「学者としては成功だが、競翔家としては失敗だと言う根拠は?」 掛川が興味深そうに尋ねた。 「いえ、失敗だとは言ってません。少なくても、長距離鳩に関しては、極めて有効な訓練でした」 「俺には、その短距離・長距離鳩の適性が、理解できて居ない。参考の為に教えてくれ」 「他の動物を見ても、そう大差はありませんよ。短距離鳩は、その力強い筋力で、スピード性を重視されますから、主翼の3枚が長く、竜骨が高く、長い等の特徴があります。人間でもそうです。大腿筋や、上腕部等、筋肉が発達してるのと同じです。特に、怖さを知らない若鳩の場合その傾向が強く、個体差はありますけどが、鳩舎方向を定めると、加速する様に飛び帰るのです。ところが、逆に長距離鳩はあのような谷間では、上流に向かって上昇気流に乗り、その豊かな副翼と密な羽毛によって、自分の筋肉を使わずとも、浮力を有効に使うのです。この対象は、面白いですね。日本のような気候風土では特に、顕著です。この訓練は確かに難コースでの想定としては、良かったですが、結果として、次の日の訓練は余分でした。何故なら、もう結果が出ていた事に対する、駄目押しのようなものですから」 「それ・・それ。今の論理は俺にも分かる。自分なりにある程度の習性なり、特徴は知っているつもりだ。帰巣メカニズムについての、俺なりの論文を6月までに完成させるヒントがそこにあると思うんだ」 「掛川さんが、もし、競翔家になったら、俺の連合会でもトップになるでしょうね。ヒントになる事でしたら、何でも言います。帰還コースとして、今回は、山あり、谷あり、池あり、どんな優秀なレーサーでも、直線的な帰舎は無理です。更に向かい風の吹雪と来れば、長距離タイプの鳩は、安全な帰還コースを選び、低空で、帰っている事でしょう。事実3羽の鳩が帰還タイムを大幅に遅らせました。又、短距離鳩は帰舎が早かったのですが、非常に疲れていました。これは逆風の中を突っ込んで帰って来たからです。羽毛も濡れて、非常に痛めております」 「ほお・・羽毛の損傷か・・レースまでに治るかな?」 「治ります。でも、これが短距離の訓練だから。この程度ですが、400キロ、500キロ、600キロと短、中距離に参加する鳩達ですから、若鳩の場合この経験はかえって逆効果。無理をして戻って来る事は死をも意味します。」 「もっともだ。だが、我々学者は結果で判断するが、競翔家の視点とは、万一の場合も想定してるんだね。」 「命・・預かるとはそう言う事だと思いますから」 「感服したね、その点では競翔家の君に。でも学者の俺としては、結果が出て成功したと思っているよ」 「ここで、掛川さんのヒントになるかどうかなのですが、今回訓練の鳩は全て若鳩。秋のレースにも参加させていない、2次鳩です。つまり体は大きくても、小学生並の体力なんですよ。今まで少しでも危険のある事は避けて来ました。冷静な判断を持つには、若すぎたかも知れませんね」 「うん・・そうだね、もう少し実地訓練を、大学内鳩舎の成鳩でやって見よう。今の言葉は参考になったよ」 「それと・・スタミナ的に、もう少し栄養バランスの取れた飼料が欲しいですね。体型バランスは、飼料によっても随分違うと思いますよ。」
掛川、香月は同時に思った。それは近い内に到来する飼料の革命を2人が同時に予期していた事だと・・。 「農学部の奴に相談して見るかい?」 「いえ、友人が農大に通ってます。そちらと相談するつもりですから」 「成功を祈るよ」 この日を一応の区切りとして、一週間後に迫る合同訓練を待つまでとなった。次の日大学での講義を終了した後、香織と待ち合わせて、坂上、木村の待つ喫茶店へ向かった。香月からの連絡で、坂上が資料を揃えてくれていると言う事だ。到着してすぐに、木村と、香織は奥のテーブルに行き、坂上と香月がテーブルに資料を広げて早々に検討を始めていた。 「急遽だったんで、十分じゃないけど・・」 「済まない。突然にこんな相談を持ちかけて」 「いや・・希望にそえるかどうか・・とにかくペレットに関する資料は集めて来たよ」 「出来ると仮定しても良いものだろうか・・?」 「少し、それは早計だね。つまり香月の求めるものは、今までの配合飼料を越えたものだと言う事。季節的な配合パターン・・となるとそれだけの需要があってのものだろう?簡単では無いさ」 「うん・・その点は俺なりに、3種類のタイプを用意してるんだ。種鳩用、シーズンオフ用、選手鳩用のスタミナ食。3パターンあれば十分だと思う。大きさは、せいぜいトウモロコシ以下、それでいて鳩が好んで食べる色、艶が欲しい」 「・・凄い注文だね。」 「聞きたいのは可能か、無理かと言う事だよ」 香月の提案が、単なる実験で無いものと感じた坂上は、頭を上げ、香月をじっと見た。 「試作して出来ない事は無いよ」 「そうか!」 「少し・・待ってくれ。その前に、君が本気で取り組むと言うなら、俺も全面協力を惜しまないが、最後は飼料会社との交渉になるんだよ?」 「申し訳ない。俺自身が出来ない相談かもって思ったから、そこまで踏み込んだ事を全く想像して無かったんだよ」 「ま・・その前にせっかく集まったんだから、彼女2人を呼ぼうよ。こちらへ」 「はは・・済まない。そうだね」 香月は笑って、香織、木村を呼んだ。 香織は笑って来た。 「相変わらずね。2人とも」 木村も言う。 「本当だわ。眼中に無いって感じ?」 「あはは・・御免、御免。お詫びにこれを」 香月が木村、香織に紙袋を差し出した。 「何?」 「あら・・・」 木村と香織が顔を見合わせてにこりとした。それは、香月の退院祝いである、スカーフであった。 「ま・・しょうが無いわね。これを出されちゃ」 そこで、坂上が話を続けた。 「簡単に見通しがついたって言うがね。簡単でも無いよ。飼料を細かく砕く、製粉機はあるさ。だけど、その後の加工なんだ」 「うん・・俺の思うにはだね。小麦粉で、色付け出来ないかって」 「成るほど・・それは難しい事では無い。」 「そこでだね、ただ漠然と今までの飼料を使ってたんじゃ、面白く無いから。君の推薦する新しい栄養価のある、種子は無いかと思ってね」 「脂肪分の割合とかは?」 流石に坂上は即座に理解した。可能な食材が頭に、何種か浮かんでいるようだ 「20%・・30%は種鳩用にしても良いと思う」 「鉱物飼料は別に与えるんだろう?」 「うん・・抗生物質は個人的には混入したくないけど、構わない。とにかく形をまず作って見たいんだ」 「じゃあさ、聞くけど、鳩が好んで食べる餌は何だい?」 「麻の実か、コーリャンだね」 「主成分比率が問題だね。君の事だ。資料は用意してるんだろう、預かっておくよ」 「助かるよ」 坂上は頭を掻きながら、答えた。 |