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2003.5.14日分

第5編 春風と英傑の息吹

新緑の若葉が一斉に息吹を奏でる頃、香月達の競翔も始動する。
レース前の舌戦も火蓋を切って、教育部活動も熱気を帯びていた。大連合会の風巻連合会をも今や凌ぐ勢いの、有数の強豪連合会として、東神原連合会は大成長を遂げていた。中核を形成する一流競翔家も多く、各総合レースにも軒並み顔を出しそうな勢いであった。白川氏の名血群の子鳩達も既に第2世代が出て、強豪の中に名を連ねる学生競翔家も増えていた。熱心な学生競翔家の手によって、レベルは更に上がっていた。そして、佐野鳩舎のビクターロビンソン系も真価を問われる年となった。川上氏は既に白川系飛び筋の一群を駆使しており、恐らく最高の出来と思われる。勿論磯川も相当出来が良いと聞いている。秋のような展開にはなるまい、香月は感じた。磯川は、アンダーソン系のナショナルレースの上位の選手鳩4羽を導入して、この春に直仔を間に合わせている。叉、図抜けた銘鳩「パイロンエース号」も円熟期を迎えた最高の出来だ。言葉からも自信が溢れていた。強気だけの磯川ではもう無かった。しかし、香月にもエース鳩が3羽居る。
そして・・100キロレースが7400羽の参加羽数で開始された。郡上鳩舎362羽、高橋鳩舎246羽。川上氏164羽。その他にも小谷、桐生、渡辺鳩舎等大羽数参加鳩舎も多い。
香月は結局最終的にスタートを、46羽に絞った。それは厳選に厳選した選手鳩で、流石に経験鳩はしっかり体が出来ていて、これ以上に無い仕上がり状態であった。使い始めた飼料の効果もあるのかも知れない。
そして、まずまずの好天の空模様の中、快分速となったレースは、各鳩舎一線に並ぶ大混戦になったが、その中でも香月鳩舎では、紫竜号カズエース号が殆ど同時に帰舎して、香月を驚かせた。佐野からの連絡によって、その中でも頭一つ抜けているのは、磯川鳩舎、香月鳩舎、川上鳩舎の3強だと言う事であった。川上氏宅へ着くと、
「いやあ、今日のレースは凄いよね。私の確認した所でも2分以内に4、5百匹のトップ集団が居る。分速も1800メートルは出ているだろう。私の所でも30羽ほど殆ど同時に戻って来たので、どの鳩をタイムしたのか、しばらく確認に迷ったよ。ははは」
好調のようで、上機嫌の川上氏だった。質、数とも揃った川上氏は、ここ数年の白川系試翔期間を経て、強大な存在になっていた。国内に於いても、既に有数の鳩舎となっている。香月はどうしても、現鳩群だけでは、一歩を譲らざるを得ない。ただ、香月には天才的手腕がある。類まれな洞察力がある。
「今日は参加羽数の多い総合レース並ですから、好天も幸いし、レベルの高いレースになったようですね」
「私の所は若鳩が良かったよ。君の所は記録鳩が良いみたいだね」

佐野からの連絡である程度情報を得ている氏に、香月は詳しくは言わなかった。
結局その日に開函の審査を立ち会う川上氏を残して、香月は一人席を抜けて家路に着いた。審査会場が大勢の会員でごったがえしていたせいもあった。
香月はこのレースの結果を、実は余りに喜んで居なかった。カズエース号が予想通りの帰舎を見せたが、紫竜号が殆ど同着のタイムで帰舎した事にある。香月は紫竜号を息の長い競翔鳩として育てる為に、あらゆる訓練をこなして来た。だが、その類稀な資質に翻弄されるばかり、もう若鳩では無い紫竜号がその天性ゆえか、常に先頭集団を形成する位置に居ると言う事だ。長距離経験鳩は、長く競翔をしていると、ある程度のレース配分を体で覚えているかのように、短距離等は悠々と戻って来るのに、紫竜号は常に全力・・否・・それは紫竜号の資質の中では、全力では無いのかも知れない。だが、典型的な超距離鳩としてこの世に生を受けたからには、その資質を伸ばしてやる事こそが、香月の競翔家としての使命だと思っている。この天才競翔家にして、紫竜号は、全く今もってどの鳩の規格には収まらないのだった。
200キロの持ち寄り日に100キロレースの発表が行われた。
優勝は磯川鳩舎であった。2位が香月のカズエース号紫竜号が僅差の3位で、この上位3羽は図抜けて早かった。川上氏が4位から8位までを占め、佐野も9位に入賞、磯川が10位だった。
続く200キロレースも好天の高分速で叉々大混戦のレースとなった。このレースでも叉同じ3羽が殆ど同着で、今度はカズエース号が優勝、2位が磯川鳩舎、のちの「パイロン3世号」3位が紫竜号であった。4位に佐野が入り、川上氏が5位〜13位までを占めた。白川系は、正に黄金期を迎えるような、優勝こそ逃しているが大羽数の中で、上位を占めるように、一団で戻って来る、横綱相撲を取っているような成績を残している。香月も磯川も、優勝こそ分け合っては居るが、ひしひしと重圧を感じているのであった。しかし・・・何と言う・・紫竜号の成績だ・・香月は、予想を遥かに上回るこれまでの帰舎に、ジャンプを決定した。この成績故に、のちの香月鳩舎の最高傑作と育つスプリント号と、紫竜号の運命はこの時大きく変わる事となる。底知れぬ才能を発揮する紫竜号は、全く違う道を歩むのである・・・。
そして・・・300キロの合同杯レース。近隣40連合会が参加する春レース序盤の総合大レース。運輸杯とのダブル杯の掛かるこのレースには、スプリント号が参加された。本来なら紫竜号が参加したレースでもあった。このレースにもしかして・・・紫竜号が参加されていたなら、紫竜号は、短・中距離の銘鳩として全国に名を馳せたかも知れない・・が、それは、人間の勝手な想像の産物であって、スプリント号が、持ち合わせた、これも資質ゆえの結果なのでは無いだろうか。
低気圧が張り出した、ややスピードが落ちるであろうこのレース。こう言うレースこそ紫竜号だな・・、香月はそう思った。これまでのレースでは、圧倒的に他鳩舎を引き離す成績は出ていない。大混戦の高速レースだった。だが、こう言うレースこそ、鳩の真価がはっきりする。香月自身の中では、一番信頼できる鳩は第3世代の新鋭では、無かった。参加羽数はこの3日後に開催される、シルバー300キロレースと言う西コースの新設レースのストックで、5400羽と、数的に連合会では減っていたが、合同杯は、50000羽近くの大レース。当然狙いの鳩舎は多かった。運命の別れ道は「カズ・エース号」においてもそうだった。このレースは、700キロGPを狙うスプリント号の参加で、500キロ、600キロのチャリティーレースに照準を絞る、カズ・エース号は、シルバー杯に回ったのだ。
放鳩が7時20分になった事で、香月は、すぐ掛川に電話した。それは、このレースを左右するであろう、帰還コースに位置する小高い丘にある公園へ掛川が直行する事、即ち、訓練を行って来た、本来は仮想紫竜号の帰還コースを確認する事にあった。思えば、高地訓練から唯一紫竜号に匹敵する帰舎を見せた、スプリント号は、まさしく長距離鳩としての図抜けた資質を持って居たと言える。それは高地同時訓練をした紫竜号から受け継いだ物であるとも言える。そして、この上空を通過する事は、見えない鳩レースの長距離鳩の帰還コースの一端を捉える事でもある、絶好の機会であった。紫竜号に最も近く高いデータがあるスプリント号だから、今後のレースにも大きく関係してくる筈だ。掛川は望遠カメラを用意して待っていた。帰舎予想時間が11時前後と、この天候でも比較的早い帰舎タイムを予想していた香月であった。そして・・・香月の目の前に一羽がタラップに舞い降りた。それは、予想通りのスプリント号であった。この予想は完璧に香月の読み通りで、タイムを打つ。結局3羽のタイムをして香月は打刻を止めた。それは、スプリント号のタイムから20数分も遅れて4番手の集団が戻って来たからだ。掛川の報告を待つまでも無く、予想コースをスプリント号は戻って来たのに違いない。2番手、3番手の鳩は短距離で秋に活躍した鳩群だった。短距離鳩では無いスプリント号が飛び抜けて早かったのは、別コースからの帰還を意味している。
参加24羽全鳩の帰還を確認後、香月は川上宅へ向かった。
「お・・今日は随分早いねえ。私の所は何羽かまだ戻って来てないよ。君の所は全鳩帰還のようだ。好調だね、今春も」
香月に聞くまでも無く、川上氏は言った。そう言う川上氏も、相当今日は良い見たいだと、香月は感じた。
「君の所のカズエース号は叉も200キロで優勝だね。今度も早かったの?」
「あ・・いえ、カズ・エース号はシルバー杯に出すつもりです」
「ほお・・西コース狙いか。なるほど」
「今日はどうですか?」
「ああ、悪く無いよ。11時半までには20羽戻って来てるよ」
「良いですね。正に、束になって戻って来ると言う感じですよね」
「君の所も早かったんだろう?勿論」
「ええ、一羽は早かったです。3羽打刻しましたが、2、3番手が11時20分前後ですね」
「ほお・・今度こそ優勝の文字もちらついたんだが、逃したかなあ・・・ははは」

川上氏は笑った。大羽数参加の川上氏は、既に視点は中距離から長距離レースに主眼を置いている。この短距離は、上位に食い込むスピード性を評価の対象としているようで、それは同じく大羽数参加の郡上鳩舎、高橋鳩舎も同じ手法だ。
数百羽の記録となって、早々と香月は帰ったが、3日後のシルバー杯300キロの持ち寄り時の発表では、このレースは連合会で、香月鳩舎のスプリント号が優勝、2位が佐野鳩舎、3位が磯川鳩舎「パイロン3世号」4位〜8位が川上鳩舎、9位が香月鳩舎、10位が磯川鳩舎で、上位は叉殆ど3人が独占した。この時の佐野の2位鳩がのちに佐野鳩舎を代表する長距離鳩、タンギ号であった。この年には数多くのエース鳩が出現する事となる。