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2003.5.16日分

合同杯の次の日、香月は大学へ急いで行った。そして到着後、まだ現れぬ掛川を待っていた。ようやく現れた掛川に、
掛川さん、この前の結果は・・?」
「ははは。そう、急かすなよ。今現像から戻って来た所だ。今から説明するよ」

苦笑いしながら、掛川は机からノートを引き出すと、スライドの写真を見せながら、説明を始めた。
「これが10時ジャストに撮ったものだ。丁度公園の真上、高度1000メートル。これ以上は、望遠レンズの性能ではぼやけて無理だが、この一枚を撮る為にフィルム2本使ったよ。連続で一分おきに撮影したものの2枚に写っていた」
「その時刻だと分速2000メートル以上で飛翔している事になり、恐るべき高度ですね」
「あの付近の上昇気流がそうさせるのだろう。それにしても、天候が良くなかったのに、この高度は研究に価値あるものだね。この時刻に2機設置した望遠カメラが、東の低空に飛翔するもう一方の5、6羽の鳩群を捉えているよ」

その写真は、この合同杯を制した、総合優勝ランクの鳩群であろう・・香月鳩舎のスプリント号は、遠隔地にあり、総合優勝までは届いていないと予想されていた。集計は、シルバー杯が終わって、その週末頃と聞いている。2人の分析は長く、この日深夜まで続く事になる。
2日後シルバー杯はすぐやって来た。そこには上機嫌の佐野の姿が見えた。ほぼ香月と変わらない帰舎タイムは、総合上位を確実に予想出来るものであったから。
「やあ!今度こそ優勝って思ったんだけど、君の、菊花賞総合優勝の鳩だっけ?紙一重の差で負けちゃったよ」
「いよいよVロビンソン系の真価の年ですね。佐野さんが元気で嬉しいですよ」
「いやいや・・でもね、今年の交配は俺自身も凄く出来が良いと思ってるよ。何しろ今や、連合会を3分する強豪の一角に食い込めたんだから。」
「いえいえ・・とんでも無いですよ。ほら・・・色々あったから・・佐野さんの所」
「ああ・・。そうだね」

短い会話の中で、お互いの今春を誓う2人だった。最強のライバルが叉一人目覚めた。
連合会の参加羽数は、2540羽。中には300キロが終わって、叉このシルバー杯に参加させた鳩舎もあるらしい。それはそれで一つの狙い目だろう、会員も色々考えているなと、香月はそう思った。
そして・・シルバー杯は、ぶっちぎりでカズ・エース号が優勝。2位に川上氏、3位に佐野、4位、5位に川上氏、磯川は、6位、7位。8位に香月、9位川上氏、10位、小谷鳩舎が入った。主力をシルバー杯に持って来なかった会員も少なくなく、比較的天候に恵まれたレースの割りには、会員の盛り上がりは今一つであった。とにかく、カズ・エース号は100キロ2位、200キロ優勝、300キロ優勝と言う突出した成績を今期も発揮していた。運命は変わったのだ。カズ・エース号の未来にも。紫竜号の殆ど優勝同着である100キロ3位、200キロ3位入賞の成績によって・・。
400キロレース持ち寄り日の場所で、その前の300キロ合同杯の結果が発表された。香月の持ち寄り場所では川上氏が弾んだ声で読み上げた。
「えーーそれでは、合同杯の結果をBブロックの皆に発表します。参加3万4581羽中、総合優勝が東神原連合会より出ました!香月鳩舎です。更に総合3位に佐野鳩舎です。総合8位にも磯川鳩舎が入っています」
「おおーー!」

どよめきが上がった、東神原連合会は最遠隔地に位置し、圧倒的不利と言われるこの300キロで総合優勝を成し遂げ、更に10位内に3羽と言う大記録に驚いたのだ。ちなみに、この総合3位がタンギ号、8位がパイロン3世号と言う、次世代のエースが揃って名乗りを上げたレースとなった。
「ちなみに、この総合優勝鳩は秋の菊花賞全体総合5位、北地区総合優勝の鳩です。」
川上氏が紹介をした。
「凄い、中距離競翔の銘鳩の誕生だ」
口々に会員はそう言った。
・・中距離レーサー・・・?香月はその言葉を胸の中で否定していた。
400キロ衆議院議長杯のレース。今期は2つある400キロの一つで、香月はこのレースに12羽を参加させていた。
「香月鳩舎の鳩、綺麗だねー、羽色がつやつやしてる」
小谷氏が、ゴム輪を入れるのを手伝いながらそう言った。
周囲の会員が顔を向けたが、慌しい中、その言葉に対して、興味を持つ者は居なかった。このレースは昨秋難レースとなった、東神原連合会の独自のコースとは違う新設コースであった。参加数は東神原連合会独自コースの3倍の3800羽が集結していた。
この春は比較的天候に恵まれて、この400キロレースも快晴との事で、どの顔にも笑顔があった。ここまで好調と言う事もあった。新コースは、香月にとっても、短距離鳩にはうってつけのレースだった。勿論、この中にカズ・エース号を参加させている。恐らく・・綺麗だねーと言った、小谷氏が言った鳩はカズ・エース号であろうと香月は思った。それほど今春の出来は素晴らしかったのだ。そして、今春を証明するかのような400キロレースは、やはり高分速が続出のレースとなり、又もや、カズ・エース号が優勝を遂げた。ただ、この優勝は、殆どタッチの差で、2位〜7位までを川上鳩舎が入賞。佐野が8位、9位が磯川、10位に高橋鳩舎が入った。大量入賞を続ける川上鳩舎。優勝、上位を占める香月鳩舎。4日後には、東神原連合会会長杯となった、400キロレースに香月は、スプリント号と、紫竜号を参加させている。今春のGP、CHを占う大事なレースと位置付けていた。古豪と呼ばれる東神原連合会の、鳩舎の多くは、このレースに主力を持って来ていた。磯川がパイロン3世号を。佐野がタンギ号を、川上氏も主力の白輝号白星号のエースを投入。参加羽数こそ1765羽と少なかったが、東神原連合会を代表する鳩舎とエース鳩が顔を揃えていた。
他にも、高峰号(高橋鳩舎)、ライディーン号(小谷鳩舎)、郡上237号、郡上314号(郡上鳩舎)、浦部クイーン号(浦部鳩舎)、北昇号(北村鳩舎)、渡辺ビーナス号(渡辺鳩舎)等々・・。
昨秋の玉砕に近いレースの結果を受けても、この通り会員達はこの白川氏の遺産である、放鳩地を重要視している。しっかり東神原連合会には根が生えている証拠なのだ。
「よお!調子良いねえ、香月君」
高橋会長が、香月に声を掛けた。
「いえ、今からですよ。春は」
「ははは。そうだよな。しかし、300キロの合同杯は見事だった」

磯川が熱心に紫竜号を触っていた。
「なあ・・香月君。どう言う血統なんだ?この鳩は」
スプリント号には目もくれず、磯川は紫竜号を触診していた。
「アイザクソン系×オペル系です」
そこへ、郡上氏も加わった。氏も紫竜号を触った。
「ほお・・・この異常に柔らかい筋肉・・長い主翼、体を覆い尽くすような副翼・・昔触った記憶があるなあ・・」
香月と川上氏の顔が凍った。
磯川が、郡上氏に質問した。
「どんな鳩だったんですか?」
周囲に会員が集まった。佐野が香月に目配せした。こくんと香月は頷いた。
「・・うーーーん・・・ネバー号に良く似てる気が・・しかし、その体型とは叉少し違うが・・」
ネバー号はオペル系だから、筋肉は近いかも知れんな、オペル系と言っても、飛び筋の系統によって色々あるからなあ」
会長は余り興味を示さなかった。磯川は更に熱心に触診していた。
「この鳩が要注意だな、やっぱり」
磯川がそう言った。
「おいおい・・香月君の所には秋の菊花賞、春のダービー総合優勝の鳩が居る。なのに、何で、この鳩なんだ?」
会長が笑いながら言う。
「何言ってるんですか、会長。この鳩も、文部杯日本記録全国優勝で、昨春のGP総合8位ですよ」
「ええっ・・!」

会員が改めて、紫竜号に注目した。それほど紫竜号からはオーラが出ていたのだ。特徴的な羽色と共に・・。
「確かに・・この鳩は違うねえ・・。体型、副翼、主翼、羽毛・・」
紫竜号の前に人が集まった。その内と閉函時間も迫り、そこで話は中断となったが。紫竜号は輝きを一段と増してこの春に望んでいた。