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2001.4.13日分

 佐伯氏が帰って行った。尊敬する川上氏の潤む眼を見た時、やはり彼も愛鳩家であった事を悟ったのだ。
「ああ・・そうだった。今日君が来たら、是非案内したい所があったんだよ。香織も待ってる。おーい!香織!」
 川上氏の言葉に香織が外へ出てきた。
「もう・・・お父さんたら!さっきは、あんなに大きな声を出して。香月君、びっくりしたでしょ・」
 ふくれっ面で、香織は言った。
「いや、何とも無いよ。お客さんはにこにこして帰ったんだもん」
 香月は答えた。放鳩籠に先ほどのB♀を入れたまま、香月、香織を乗せた車は、やがて大きな日本庭園を思わせる古風で立派な家に着いた。
「・・なあんだ・・白川のじいちゃんの家だったの」
香織はがっかりしたように言った。
「嫌なら車の中に居なさい。私達は鳩の事で来たんだからね」
「いじわるね!お父さんは!」

 鼻に皺寄せながら、香織はついてきた。
 出迎えた人は、70過ぎの真っ白な顎鬚を長く伸ばした老人だった。この人はS工大の名誉教授もされていた、白川正造と言う、著名な学者であった。連合会の顧問をされて居り、数年前から体も悪くされて、今は自宅での読書三昧だと言う事だ。香月にはまだどんな人なのかも想像出来なかった。奥さんも2年前に他界され、子供も居ないので、通いのお手伝いさん以外に、広大な屋敷には他に人も居なかった。
 3人の顔を見るなり、顔をくしゃくしゃにして、出迎えた白川老人だった。
「おお、香織ちゃんだね?久しぶりじゃないか。益々美人になったなあ、高校生になったんだってねえ」
「お久しぶり、おじいちゃん」

ぴょこんと頭を下げて、少し照れ加減に香織は白川老人を上目で見た。
「ドンちゃんは元気?」
 その香織が聞く。
「ああ、元気だよ。おーーいドン!」
ドンとは?香月が目をぱちくりしていると、
 向こうから、一目散に走ってきたのは、シェットランドシープドックの「ドン」と言う雄犬だった。香織に嬉しそうに尾を一杯振りながら飛びついてきた。
「きゃあ♪ドンちゃん、大好き」
香織がドンを抱きかかえると、どうせ、鳩の事だから、私は、あっちでドンと遊ぶと走って行った。
 そんな様子をまぶしそうに、にこにこしながら眺める白川老人だった。川上氏が、
「今日は私の倶楽部に入会した、香月君と言う子に鳩を見せていただこうと来ました」
「はじめまして、香月です」
「おお、これは又、香織ちゃんと同じ位の年かな?良く来たね」

 優しそうに、眼を細める白川老人に、香月は小学校の頃他界した祖父の優しい笑顔を思い出した。
香月君、この方はね、稀世の名鳩『白竜号』の作使翔者でも知られる、動物学者の白川さんだよ」
「えっ!では、あのGN1100キロレース2年連続総合優勝の!」
「そうだ、まさしくその稀代の銘鳩の使翔者だ」
「白川さん、この子も非凡な競翔家でしてね、初参加で、文部杯の全国優勝した子です」
「おお・・聞いてる。どうりで、並の子では無い目をしていると思ったわ」

香月は少し顔を赤らめた。こんな著名な方に認めて貰っているとは嬉しかったのだ。
 川上氏が白川氏と談笑してる間を待ちきれずに、香月は一礼をすると鳩舎に向かった。大きな庭園にはサツキの花が満開に咲いていた。大きな堀にも、色とりどりに大小の錦鯉が泳いでいる。向こうには香織とドンが遊んでいる姿が見える。
 白川氏と川上氏の話はこうであった。
「中々のハンサムじゃないか、香月君は礼儀も正しいし、香織ちゃんとお似合いじゃのお」
「はっはっは。それはまだ早いですよ。でも、彼は不思議と人を魅了する力がある。成績も優秀で、E高校でもトップらしいんですよ」
「君がそこまで、惚れ込むだけの子には違いないのお」
 白川氏も一目で香月を気にいった様子だ。