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2003.5.20日分

「そんな・・もし、そうだとしたら俺達の今までの研究が大きく覆る事になるじゃないか」
掛川は大きく首を振って否定した。
「ですから、特異なケースとして今回は考えるしか無いんです」
「そうだとするなら、突出した規格外の鳩だと言う認識を持てば良いのか?」
紫竜号は確かに突出したレース鳩ですが、2位以下の数羽はこれも突出した鳩達です。陸上選手の100メートル競争で、10秒で走る選手が居たとして、他の選手が1秒と遅れる事は有りません。それほど力の差は無いんです」
「しかしだよ。君の言う妙高山までは、逆飛翔したとするなら50キロも離れている。そこから迂回して、確かに風裏となるこの谷間のコースを飛んだとしても、他の鳩群とは実距離で、50キロメートルのハンディを背負う事になる。それこそ、その陸上選手の比ではないじゃないか」
「ここで、妙高山からの下降気流を見る必要があります。それに乗れば恐らく・・」
「つまり、君の言うのは仮説の上に仮説だよね。でも、それは学者として採用出来る論じゃない。要するに君の言う規格外って事で処理するしか無いだろう・・今回の件は」
「そう言う事になりますね。」

結局・・結論は何も出なかった。だが、香月の胸の中では仮説は大きく信憑性を持っていた。そして、紫竜号に対する新たな彼の挑戦が始まったのだ・・。
そして、本命不在と言われた500キロの郵政大臣杯は、連合会参加1424羽中、カズエース号が、貫禄の優勝を遂げた。まさしくエースそのものの活躍だった。磯川が2位、5位に入り、川上氏が3、4、7、9位。佐野が6位、浦部が8位、郡上氏が10位の順であった。続く合同杯500キロ(ダービー)は、4日後に行われ、こちらは連合会でも2786羽参加と、数も多く、川上氏が優勝〜3位までを。磯川が4位、香月が5位、桐生氏が6位、高橋7位、川上8位、郡上氏9位、小谷10位となった。川上氏が、総合優勝を白泉エース号で勝ち取る事となる。白川系次代のエースである。総合20位内には、川上氏総合9位、総合12位、磯川総合13位、香月総合16位、桐生総合18位、高橋総合20位と言う上位を当に東神原連合会が独占した。
叉600キロレースは農林大臣杯と、合同チャリティーレースの2つ。農林水産大臣杯への連合会参加は1246羽。香月は、このレースには昨年度GP8位の紫竜号の参加への意思は、全く持って居なかった。順当ならばGPからCHレースへのステップこそが道筋であった。しかし、敢えて香月は紫竜号を参加させたのだった。限られたメンバー参加で、慌しくゴム輪を入れたりする中で、幸い紫竜号に注目が集まる事は無かった。そして・・このレースは悪天候に祟られる最悪のレースとなった。雨足の弱まらぬ中、放鳩時間9時半と言う600キロレースとしては遅い放鳩で、当日戻れるか・・そんなギリギリの時間だった。しかし、紫竜号は疲れた体で、戻って来た。夕刻5時半の事であった。それが、連合会当日唯一羽帰りであるとは、思いもよらなかった。
「叉も優勝か・・今度は唯一羽当日帰り。ドラマを感じさせる鳩だよなあ・・でも、何で華々しいレースを避けて、君がこの鳩を参加させてるのか、本意が分からないけどね」
磯川は嘆息気味に言った。そう言う磯川は翌日早朝帰舎で、連合会3位、6位、9位に食い込んだ。川上氏が2位、4位、佐野が7位。当日こそ一羽帰りだったものの、このレースは天候の回復した翌日に、かなりの帰還を見せ、そう悪い結果のレースでは無かったのだった。
「どう?その後、600キロ農林杯」
チャリティーレース持ち寄り日に、川上氏が香月に聞いた。
「ええ、6羽参加で、5羽戻りました。帰還率は悪くないです」
「私の所もだよ。18羽参加で、15羽戻っている。そんなに悪く無い」
「鳩の調子はどうですか?」
「ああ・・飼料の影響か、回復力が凄く良いように思える。すっかり調子は戻っているね」
「俺の所もですよ」

その横で聞いていた磯川が、
「飼料って?どう言うものですか?」
「あ・・ああ。香月君の大学で使っている、現在テスト用のものなんだが、栄養バランスを実に考えた合理的なものなんだ。香月君と友人が試作して、今は業者が大学納品用として作り始めたばかりなんだ」
「へえ・・っ・・何時の間に香月君?」

磯川は興味ありそうな顔で聞いた。
「鳩の嗜好を見てましたら、嫌いな餌があって、どうしてもそれが残るんですよ。何か良い方法はと考えてまして、ペレット状にしたものを作ったんです。そしたらあれよあれよと言う間に出来ちゃって」
「何かあると思ったんだ。今春の君の所、鳩の出来が凄く良いし、羽に艶があるから。使わせてくれよ、俺にも」
「はい!勿論ですよ」

その様子に、集まった会員達も多数申し込んだ。こうして、東神原連合会だけでも月に500袋近い数量が出る事となった。