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2003.6.2日分

SKペレットの毎月のロイヤリティーと、アルバイトをして貯金していたお金で、香織に婚約指輪を買った香月であった。そして、叉月日は流れて行く。この年の秋・・競翔は既に終了していた、連合会では、磯川のペパーマン系、川上氏の白川系、佐野のVロビンソン系が、大活躍をして、新御三家と呼ばれる程素晴らしい成績を上げた。香月はと言うと、出来が悪かった訳では決して無いが、昨秋のような、頭を取ると言うような鳩の出現は無く、どのレースにも、入賞はしたが、凡庸な成績であった。それは血統の層の厚みが、圧倒的に違うと言う事でもある。香月は新たな異血導入や、目指す香月系への早期基礎鳩作りの必要性に迫られたのであった。来春のレースで、スプリント号は種鳩候補となっている。GNのメッシュ号も既に、種鳩鳩舎に移っている。来春は、スプリント号パンナ号を中心とした鳩達が主力になる。ところで紫竜号はどうなっているのか・・紫竜号は大怪我を負いながらも奇跡的に助かり、香月の懸命の治療によって、今選手鳩鳩舎内に居るが、胸の傷は、相当深く、その部分は薄い毛に覆われただけで、完全には癒えた状態では無かった。この物語の紫竜号の字は確かに白竜号から貰ったものだが、名前の由縁は、暗闇の中でも爛々と光る眼光にある。紫竜号とは、ダークレッドのDRの羽色と、銀白色に輝く喉の毛色から命名した。その喉は今、竜がうねるような、眼光とあいまって紫竜号紫竜たる由縁を表現しているかのような風貌になっていたのだ。
そんな日だった。佐野が突然香月宅へ来た。丁度、種鳩鳩舎内の掃除をしている所だった。早くも春の偵察?香月はそう感じたのだが・・
「やあ。今日はね。紫竜号の様子を見に来たんだ・・いいかな?」
「え・ええ、勿論です。選手鳩鳩舎の最上段に居ます。今、タラップをくぐったばかりですから」
佐野の言葉は思いもかけない事であった。
「そう!じゃあ、もう傷は治ったんだね?」
「ええ・・ほぼですが」

香月は、種鳩鳩舎から外へ出ると佐野と一緒に選手鳩鳩舎に入った。薄暗い鳩舎の最上段に紫竜号が泰然として2人を見ていた。
「相変わらずの鋭い眼光だね・・うん・・?体がでかくなった?」
「今、筋力トレーニングをしています。」

「傷・・凄いね。喉元から肩口まで、裂傷だったの?」
「猛禽類の鋭い嘴で、引きちぎられたような傷でした。その部分の肉が削げ落ちてましたので、腹の皮膚を取ってきて、移植しました。今は産毛のような毛が生えてます」
「凄い重症だったんだね、君が獣医さんで助かったんだろうなあ。不適切な言葉だけどDRの羽毛に、紫色した蛇・・いや・・眼光と言い、竜がうねっているようだ。まさしく・・紫竜号。傷を負って、この名前どおりになるなんて皮肉だけど・・。触らせてくれる?構わなければ」
「あ、良いですよ。」

香月は手を伸ばすと、紫竜号を捉えた。全く無抵抗で、香月の手に収まった。紫竜号を佐野に手渡す。
「体・・本当にでかくなったね。特に肩幅が広くなって、胸筋が凄い。今は換羽期だから、主翼も揃ってないけど、この手触りは一種独特のものがある・・・」
佐野は熱心に紫竜号を触って、叉定位置である最上段に、静かに戻してやった。
「今日はね・・紫竜号を君が今後どうするのか、確かめに来たんだ。筋力訓練をやってると言う事は、春に出すの?」
「本来は、紫竜号には筋力は必要ないのかも知れません。気流に乗れる恵まれた資質があります。しかし、それは、いかなる条件にも順応出来ると言うものではありません。この孤高の気性は、過去短距離でも常トップに立てる分速で戻って来ましたが、この鳩舎の短距離鳩カズ・エース号には同レースで負けましたし、他の鳩にもそう言う事もありました。それだけ、資質だけに頼った競翔をさせていると、恐らくそこそこの成績は残せるとは思いますが、GCの時のような、単独飛翔の末の事故・・とかもあります。紫竜号をこれから使翔するとすれば、やはり他の鳩群と協調できるような・・浮力を殺す筋力をつける事・・今はそう思ってやってます。」
「じゃあ・・やっぱり使うんだ、競翔で。間に合うの?」
「今の状態では未知数ですね。傷を被う為に少し肉をつけてますが・・」
「俺の考えを言うね」
「ええ・・」

「俺は、白竜号ネバー号の子鳩と知った時驚愕した。俺が競翔鳩に興味を持ったのは、小さい時から昆虫や動物が好きで、昆虫博士って呼ばれて居た位で、小学校高学年になって、ペットショップで偶然に鳩の雑誌を見て、その時、その綺麗な姿に見とれたんだ。その中に掲載されていた、「ミィニュエ号」その偉大な鳩に目は釘付けになったよ。それは、スーパーマンや、アトムや、鉄人28号や、その他のヒーローより、俺自身の中で、スーパースターになったんだ。お父さんに頼んですぐ鳩を買って貰ってね。俺が競翔鳩の世界へ足を踏み入れるのは、すぐの事だったよ。色んな本を読み漁り、色んな鳩舎を訪ね・・俺が今日あるのは、川上さんや、この日本でもミィニュエ号に劣らない程のスーパースターを作出した、白川さん所有の「白竜号」だったんだ。俺が加入する同時期、白川さんは、競翔を止めたけど。俺もいつか・・こんな鳩を競翔して見たい・・そう思ってやって来たんだ。だから、その白竜号と言う偉大な競翔鳩の子である、紫竜号は俺にとって、新たなヒーローなんだよ。それは、磯川さんが競翔家として機敏に察知しているような紫竜号の資質よりも、むしろ憧れに近いものなんだ。だからこそ、俺は、香月君の紫竜号に対する思い入れや、白川さんとの深い交流の歴史を大事に見守っていたいと思ってる。それは俺自身の勝手な思い入れなんだけど、同じ夢を見たいんだ、君と」
香月の胸は熱くなっていた。鳩友として嬉しい言葉だった。
「・・有難う御座います。正直、大怪我をして戻って来た
紫竜号をこの時失ってしまうかも知れない・・と言う辛さを俺は、体験しました。俺はやっぱり紫竜号が一番好きなんだ、愛してるって思い知らされました。その時、だからこそ思ったんです。この先紫竜号を競翔に出せば、そんな辛い思いを背負いながら過ごして行かねばならない自分が居る。でも、失いたくないからこそ、紫竜号を訓練する自分も居るって事を・・。紫竜号が参加する競翔結果、成績なんて俺には関係ないです。紫竜号に飛び続ける意思がある限り、どんな結果になろうとも俺はトレーナーとしてこの鳩を見守るつもりです。」
佐野と香月は握手を交わした。偉大な鳩、偉大な師の種はやはり残った。若い競翔家達に・・。