あの橋のたもとで。3
たしかに酔っていると、演舞場が長く感じる。 最後の新町演舞場はきつかった。
解散したあと、誰かに呑みに行こうと誘われるより早く、おれたち二人はこっそり逃げ出した。
新町橋の上で、ものすごい数の学生たちがたむろしていた。
その横をすり抜けて行くんだけど、おれは人ごみが苦手だ。
ちょっと躊躇していると、坂東さんは先に立って歩いた。 何を思ったか、おれの手首をつかんで迷子にならないように引っ張っている。
何とか人ごみを抜けて、本社にたどり着き、おれの自転車を駐輪場から出した。
それから、坂東さんを後ろに乗せて、駐車場まで走った。
夜になって少し涼しくなってきた。 風が熱い顔に気持ちがいい。 でも先輩を後ろにのっけて走っていると思うと、どきどきして息が上がりそうだった。
駐車場のあたりは静かな住宅地だ。
空き地をあそばせておくのがもったいないから、アスファルトを敷いて駐車場にしてあるんだろう。
坂東さんはさっさとトランクを開け、後部座席を倒して自転車を押しこんだ。
ワゴン車はこういうときに便利だ。
のりこんだとき、かすかなココナツの匂いがした。 あのときとおなじ香りだ。
「気分どう? 平良」
「もうすっきりしました。 すいません、変だったですよね、おれ」
「弱いんだから、無理しちゃだめだ」
あんなふうに、人前で泣いてしまったのなんて久しぶりだ。
高校時代、野球の地区予選で負けて、悔し泣きしたのが最後じゃないだろうか。
「上司だからってさ、無理に呑まなくていいんだよ……」
「ん……でも断ると生意気だなんて思われそうで、ちょっと」
「気が弱いな、平良は」
「気が弱い?」
「そう。 平良は人ごみが恐い、高校生が怖い、上司に嫌われるのが恐い……怖いもんばっかりだ」
そんなふうに言われると、弱虫、と笑われているように感じる。
「ば、坂東さんは、恐いモンなんてないんですか」
「おれは、自分が怖い」
「え?」
「むらっとくると、自分を抑えられないから」
ズキン、と腰にくるささやき声だった。
坂東さんの車に乗りこんだ時点で、おれの理性はぎりぎりの状態だったのに。
今ので地面に落ちてしまったじゃないか。
もう頭の中は、えっちな妄想で爆発寸前で、ドアにしがみついていないと、坂東さんにふるいついてしまいそうだった。
そのあとのことを考えると、いま暴走するわけにはいかない。 このあいだみたいに、坂東さんに恥をかかせてしまう。 だっておれには、先輩を満足させることができなかったんだから。
「平良、どうした? 気分悪いのか」
先輩は静かに車を止めて、窓を開け、顔を覗きこんできた。
辛抱の限界だった。
「おれ……おれ……もうがまんできない」
そういって、坂東さんの肩に顔を押し付けた。
「学ばないやつだな。 またひどい目にあいたいのか」
「ひどい目なんかじゃ、なかったっす! よ、よかったです」
「辛そうにしてただろ。 顔なんか真っ青で」
「でもっ、でもっ! 夜寝てるうちに勝手にイっちまって、朝起きたらパンツかばかばで、めっちゃ気持ちよかったですっ!」
……ばか、おれ。 頭に血が上ると、言わなくてもいいことを……。
「ふうん。 時間差でイッたというわけか」
先輩は、おれのあごをつっと持ち上げて言った。
「女の子みたいだな」
茶色っぽい目が近づいてきて、ひやりとした柔らかい唇がおれのに重なって、押しつけられた。
おれの唇が柔らかくつぶれて、すごく気持ちがよくて……それだけで頭がぽおっとなってしまった。
気がついたら、車はおれのアパートとは逆方向に走っていた。
堤防沿いの道路を走っている。 右手に吉野川が見え隠れして、かすかに磯の匂いがしてきた。
「坂東さん、こっちはもしかして」
「小松海岸」
「それって、あの」
「ちょっとご休憩しましょう」
実はラブホ海岸だ。
急深で、溺死者が絶えないため遊泳禁止だったが、今年からなぜか解禁された。 一度泳ぎに行って、ずらっと海岸沿いに並んだラブホに呆れたことがある。
「あの……あの。 ギンコーの浴衣着て野郎二人で、めっちゃやばいんじゃ」
「大丈夫、誰も見ないって。 平良、アパートだと気を使うだろ」
や、優しいんですね、坂東さん。
ベッドじゃ優しくないけど。
河口付近で左折すると、行く手に派手な灯りが見えてきた。向こうから対向車が近づくたび、おれは坂東さんの膝に身を伏せて隠れた。
だって、男どうしだ、目立つじゃないか。
「そんなにびびらなくても……」
先輩は笑って、おれの頭を下から上へ撫でた。
あ、もうだめ……。 早くどこへでも、連れこんでほしい。
連れこまれて、そのあとは? どうするんだろ、おれ。
今度はぜひタチを!! なんて思ってなかったっけ?
……でもこの雰囲気だと……。
「あれ、全部満室ってか」
坂東さんの声に顔を上げてみると、確かにどこも満室のサインが出ていた。
「回ってみましょう、坂東さん。 一つくらい開くかもっ」
先輩はうなずいて、駐車場を回り始めた。 やっぱりどこも「使用中」だった。
「ったく、お盆だってのに他にすることがないのかよっ。 みんなスケベなんだからっ」
憤慨していると、先輩はくすくす笑った。
「もう夜中近いから、そりゃ一杯にもなるさ」
「あっ、あそこ! 出ていきましたよっ!」
やっぱり笑いながら先輩は、あいたばかりの部屋に車を乗り入れた。
しばらくして準備中、のサインが消えたので、二階に上がろうとすると、「そっちじゃない、それは隣」と坂東さんに呼びとめられた。
「ほんと、平良って天然……」
坂東さんは優しく笑っていた。
1)このあとの、何の変哲もない手続きを読む。
2)ええいめんどうだ、いきなりえっちシーンへ行く。
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