小舟 1


エルイールから無数に飛んでくる弾にぶつかって、甲板の上で人が死んでいく。数時間前まで一緒に戦った兵士たちだ。ここまで来て、勝利は目前なのに、おれたちは死んでいくんだ。
巨大樹の最後の仕返しだった。

「イリス!」
オベルの王様は、すがりつくような目でおれを見た。紋章を使ってくれと目で訴えている。
使わなくてすむと思ったのに。
恩赦を取り消された死刑囚のような気分だった。

震えながら、左手の紋章を高くあげたが、力が出ない。トロイとの斬り合いで、気力も体力も尽きていたのかもしれないが、それだけじゃない。
おれは死ぬのが怖かった。

この瞬間、おれは自分の力に見放されたと思った。甲板の下で、子供たちの悲痛な悲鳴も聞こえる。怯えたジュエルが泣き叫んでいる。
勝気な彼女が、「死にたくない」と泣いている。彼女を死なせたくない、もう誰も死なせたくない。

それなのにおれは力が出ない。おれは必死で何かに祈った。今この瞬間だけでいいから、力を貸してください。
ずっと付いてきてくれた仲間たちを死なせたくない。たとえこの身が消し炭になっても守ってやりたい。

(違うだろうが)
誰かが、おれの耳元でささやきかける。
(お前は、死にたくないんだ。だから力が出ない。認めろ、みなしごよ)
腹の底が裂けて、内臓が全部落ちていくのを見るような恐怖だった。これはおれの心の中の声。本当のおれは、こんなことを考えているんだ。

(一人で死にたくないだろう?)
(寂しいだろう?)
(いっそ、この船を道連れに海の底へ)
(お前の、あの彼も一緒に。)

「やめてくれ、イリス! 撃たないでくれぇ!」
スノウの高い叫び声が聞こえた。周りがもう見えなくなっているのに、彼だけが見えた。
怪我をした足から血を流し、剣を杖におれに這い寄ってくるのが見えたのだ。
「逃げるんだ、帆を揚げて取り舵一杯だ、間に合うじゃないか!」
帆なんてもう燃え尽きているのに、そんなバカなことを言っている。
「使うなあぁあ!!」
涙でぐちゃぐちゃの顔だった。

すごくうれしかった。スノウが泣いてくれた。

これでもう、満足だ……。これで生きてきた甲斐があったんだ。おれは左手を高く差し上げて、今までに一番強い力で紋章を放った。


小舟2

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