剣士オルナンのつぶやき 11 2006/06/03
達するときのデスモンドの締め上げ方は、もはや暴力的なほどだった。
抵抗できたのはほんの数分、いや、数秒か。あれには参った。引き抜くという一瞬が待てずに、デスモンドの中に全部放ってしまった。まったっく、年は取りたくないもんだ。
体をつないだまま髪を撫でてやると、やつは低くうめいた。
「人の誇りを、踏みにじるのは……楽しいですか?」
おれは驚いて、手を止めた。
「ど、どうした。気持ちよくなかったのか?」
「気持ちいいとか良くないとかじゃない。気持ち悪いほうがマシだった! さっさと抜いて、出てってくれ!」
おれは、デスモンドの突然の怒りに、おろおろしてしまった。
「よ、余韻を楽しむのも大事だぞ?……」
「知らない、何それ。私は女じゃないから、そんなもの要らない!」
やつは涙声で毒づき続け、肩を抱こうとしても、がんとして肘鉄で拒まれた。
「私だって夢があったんです。所帯を持って、大勢子供を作って、踊りを教えて、歌も教えて、肩車して歩くんだって!」
「デ、デスモンド。今からだってできるだろ? この戦いが終わったら」
彼はすごい勢いで首を振った。真っ赤になった頬から涙が零れ落ちた。
「もうだめだ。ただでさえ私には何にもなかったのに、もう男ですらない」
「デスモンド、お前は今でも男だよ」
「気休めはよしてください」
デスモンドはまたベッドに突っ伏してしまった。
「男にヤラれてイっちゃうやつに、結婚なんてできやしない! どんな顔をして女の人の手を取れるんだ!」
鈍いおれでもようやく悟った。
おれに抱かれながら、達したのを悔いているのだ。気持ちよかったので自分を憎んでいる。なんてことだ。ただ犯されてるほうがましだったとは……。
「デスモンド、お前はマジメでいい男だ。いい父親になれるだろう。大丈夫だ……おれですらいっときは親だったんだ。お前ならもっと上手くやれるとも」
デスモンドは返事もしない。
おれは首飾りを外し、ロケットの留め金を開けた。この中には、愛した者たちの髪が入っている。
未練がましく下げているくせに、ずっと開ける勇気もなかった、別れた妻と子供の髪だ。
妻だった女の、美しい金髪がひと房。
息子の髪は、薄茶色でふわふわしている。今年13、いや、14歳か。どんな若者になっているだろうか……。元気に育ってくれてるだろうか。
「別れた妻と、長男の髪だ。長男は今年14になる」
デスモンドはやっと顔を上げた。
「親の決めた結婚だったが、子供も産まれて、何の不満もなかった」
こんなことを話すのは、島を出て以来、ほぼ初めてだった。
まあ、おれのような風来坊の身の上話など、誰も聞きたがらないのだが。
「赤ん坊は、可愛い男の子だった。朝から晩まで、必死で働いたよ。家族にいい暮らしをさせたかったのだ。だが……一年もしないうちに二人目の子供が生まれて、3日後に亡くなった。それだけじゃない、息子が言葉をしゃべらなくなって、女房はおかしくなるし、いろんな不幸がいっぺんにやってきて……おれは、まだ若くて、支えきれなかった」
デスモンドは眉をひそめた。
「女房はしまいには、長男はおれの子ではない、恋人の息子だと言い出した。髪の色が恋人にそっくりだとも言った。最後には、父親が連れて帰った。おれは島を離れた」
デスモンドから返ってきたのは、同情の言葉などではなく、あきれたようなため息だった。
「具合の悪い奥さんのうわごとを、真に受けたんですか。ひどい人だ」
おれは微笑んだ。
「そうだよ。おれは、ひどいダンナで、バカな父親だった」
「奥さんにだって、よっぽど嫌われるようなことをしたんでしょう」
「そのとおりだ。全部おれが悪いのさ」
頭を撫でてやると、すっかりされるままだ。もう毛を逆立てて怒ったりはしなかった。
尖った肩甲骨と、かすかに形のわかるまっすぐな背骨、小さな腰の骨のくぼみ……。
さしたる肉もついていない、滑らかな背中。おれの噛み跡の残る、薄い肩。
オベルの男はしばらくして、ぼんやりとつぶやいた。
「……ぼくなんかの……子供を産んでくれるって人がいたら……どんな人でも大事にするのに。大事にするのに……だけど相手がいないんじゃどうしようもない……イルカにでも生まれたほうがよかったのかな……それでもやっぱり、あぶれたかな?……」
そんなことをつぶやきながら、泣き寝入りのように眠ってしまった。薄い月の光の中で、鼻の頭と額に、かすかに汗をかいているのが見えた。
おれは、そっと窓を空かして、風を入れてやった。
イルカか。
海の底を泳ぎまわり仲間と遊びほうける、あの美しい生き物は、今のデスモンドよりは幸せかもしれない。
だがおれたちは人間だ。
不思議な運命で知り合ったり惹かれあったり、一方的に惚れこんだり。そしてつかの間の儚い縁を結ぶのだ。
おれは、月夜に白く浮かぶ背中を見ながら、しばらく寝付けないでいた。
(おれじゃ、だめか? デスモンド)
おれはそっとデスモンドの手を握った。静かな寝息を聞いていると、だんだん気持ちが落ち着いて、ほんの少し眠った。
目が覚めたときは、やつの姿はなく、すでに日が昇り始めていた。
首にかけていたネックレスもなかった。おれは走って港に行き、何とか出航には間に合ったのだった。
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