剣士オルナンのつぶやき 12          
われわれの乗った船は、ミドルポートの港に入り、日暮れを待った。。
港の隅に、大型の貨物船が停泊していた。おれたちはその船に乗り込むと、甲板長がにこやかに出迎えてくれた。
「本当にご苦労様です。さ、こちらが貨物室です。大事な積荷に被害が出ないよう、念入りにお願いしますよ!」
拍子抜けするほど協力的だった。コートの下のクールークの軍服が効いたのか、それともアカギが示した偽の文書を信じたのか。
間抜けな甲板長だ。
おれたち3人は、デスモンドから託された器具を使い、穀物の袋の上から「薬剤」を噴霧した。

船からおりて裏通りの歩く途中、あたりに人影がないのを見て、アカギに聞いてみた。
「なんであんなに協力的なんだ?」
アカギは声を潜めてこう言った。
「口を利いてくれる人間がいたんだろ。おれもよく知らねえ」

次の目的地は、ある貿易商の事務所で、実はそれが本当の目的地でもあった。

貿易商はクールークの出身で、祖国の出先機関のようなことをしている。
貿易からの上がりや、少なくはないクールーク系の住民から集めた金、ミドルポートの銀行からの借入金という名目での援助金で買った物資を、本国クールークに送っているという。
見上げた愛国心ではないか。

「時間通りだな」
物陰から、若い女が現れた。しなやかな体を、赤い服で包んでいる。
アカギは、「マキシン」と声を掛けた。
その顔にも、名前にも見覚えがあった。確か、病室の衝立の陰に隠れてばかりの、風変わりな女だ。
マキシンは無表情のまま、響きを消した声で言った。
「所長は金髪で小柄、太った初老の男。これが机の配置図だ。」
そして、われわれにメモを見せた。所長と女事務員、男の事務員と護衛が一人ずつだ。
「抜け道は?」
「ミズキが塞いだ。私がドアを開けさせる。今なら客は居ない」
アカギはおれたちのほうを振り返り、小さな声で「トリスタンは男の事務員を、オルナンは女事務員を頼む。おれは護衛を倒す」と言った。
「女も斬るのか?」
するとアカギは早口で、「女はおれが殺る。オルナン、あんたは護衛の係りだ」と言った。押し問答をする時間がもったいなかったのだろう。

5分後に、クールークの出先機関に踏み込んだ。マキシンのおかげで、むしろ客人のように中に入れてもらった。
おれたちがコートの下に着込んでいる軍服も、警戒を解く効果があったのだろう。
マキシンがかすかに笑って「元気だったか」と言い、貿易商が何か言う前に魔法を放った。腹部に魔法を食らった所長は、うめき声を上げながらその場に倒れた。
立ち上がった護衛に向かって、匕首を放った。
放った匕首は急所を反れて、男の肩に当たった。ああ、腕は確実に鈍っている。喉を狙ったのに肩に当たるとは! 
「こんなもの、効くかい!」
護衛は罵りながら、剣を抜いてこちらに2、3歩歩いた。だがまもなくそこに座り込み、咳き込み始め、やがて床をかきむしって苦しみ始めた。
前の晩、匕首の切っ先に毒を塗っておいたのが効き始めたのだ。
ほっといても30分くらいで絶命するだろうが、苦悶を長引かせるのは人道的ではないし、万一死ねなくて発見されたりすると厄介だ。おれは男の背後に回り、2本目の匕首を延髄に打ち込んだ。

振り向くと、大柄なトリスタンが、逃げる事務員を追い詰めていた。事務員は仰向けに倒れ、こちらを見ながら哀願した。
「……同じクールーク人なのに……あんなに尽くしたのに、なんで……」
トリスタンは無言で男の胸を踏みつけ、首を裂いて止めを刺した。

「止めを刺したら、行くぞ」
アカギがそう促した。トリスタンは剣を収めたとたん、激しく咳き込み始め、やがて嘔吐した。
月明かりで、トリスタンの顔に何かが光っているのが見えた。
アカギは忌々しげに舌打ちをした。
「あんた散々戦場で戦ってるだろうが!」
「……無抵抗の人間を斬ったのは初めてだ……」
「しっかりしろよ、偽病人!」
おれは注意を促した。
「おい、アカギ、女事務員はどうしたんだ」
おかしい。もう一人居るはずではないか?

すると、アカギはこともなげに答えた。
「あ? どうせ仕事が終わって帰ったんだろ。荷物もなかったしな」
言い終わると同時にドアが開いて、若い女が顔を覗かせた。
「皆さん、差し入れですよ。焼きたてのパ……!」
「悪いが、皆さん、もうそれを食べることはできない」
おれは女の手首を掴んで、部屋に引っ張り込み、床にうつぶせに押し付けた。

「運の悪い女だ」
アカギは剣を女の首に当てた。おれはアカギを制し、女に問いただした。
「女。クールークのものか」
クールーク訛りをことさらに強調した、硬い発音を使った。女は床に顔を押し付けたまま、強いラズリル訛りで哀願した。
「ミドルポート人です、殺さないで!」
おれは「嘘を言うな!」と怒鳴り、女の方を膝で押し付けた。女はすすり泣き始めた。

「お願いです、殺さないで。あたし、ラズリルに年寄りの母親がいるんです」
「この貿易商は、皇国の臣民でありながら、オベルに寝返ったため、上意によりわれわれが処刑した。男どもも刃向かったゆえ斬った。かわいそうだがお前も、生きて帰すわけにはいかん。われわれの顔を見た以上……」
「わ、わ、わたしは何も知りません、あんた方の顔も見てないし」
「では一生、何もしゃべるな、今日見たことは墓まで持っていけ」

おれは念をおした。
「もし何かしゃべれば殺す。第一艦隊が到着すれば、ここもまた皇国の版図に入る。ラズリルまでも追いかけて、お前の親も含め皆殺しにする。逃げ道はないぞ」
女は何度もうなづいた。おれは彼女の首を手刀で叩きつけ、意識を失わせると、アカギを見上げた。
「ぐるぐる巻きに縛って転がしておいたら、2時間くらいは稼げるんじゃないか? おそらくおれたちの顔は見ていないだろうし」
「甘いな」
アカギはため息をついた。


おれたちの船は月明かりの中、出港した。
外洋に出た後、クールークの軍服を脱ぎ、海の水を使って甲板で体を洗い流した。強い酒を飲むとトリスタンの機嫌も少し直った。
いい風が吹いていた。
星の位置を頼りに、懐かしいオベルの巨大船へ、その中でひっそりと暮らす仲間たちの元へと、ただ海の上を走る。久しぶりにぐっすりと眠ることができた。


早朝、おれとアカギは海上に碇を下ろし、無人島に上陸した。ここは以前、ラズリルを追われた軍主どのが、最初に漂着した島だという。その浜辺で木切れを集め、血にまみれたクールークの軍服を焼いた。
「あんた……どういう人間なんだ?」
アカギが、火を見つめながらつぶやいた。
「ただの酔っ払いのおっさんだよ。見てわかるだろ?」
「おっさんってのはわかるけどさぁ。いつも酒飲んで寝てるくせに、毒を使ったり、変な訛りを操ったり。やけに手慣れてるじゃねえか。殺し屋でもやってたんじゃねぇのか?」
「手慣れなくてへまをしたほうがよかったのかい?」
アカギは嫌な顔をして、燃え残る軍服と燃える薪をかき混ぜた。
「ま、いいや。おれたちがやったことは、ただの殺し屋だからな……」

軍服がすっかり燃え尽きたので、それを砂に埋めて、立ち上がった。
アカギに続いて小舟に乗り込もうとすると、抜き身の剣を突きつけられた。
「悪いが、あんたをこの舟に乗せるわけにはいかない」
「アカギ?」
アカギは目をそらした。
「あんたに恨みはないが、頼まれたので断れない」
「待て、おれが何をしたのだ?」
アカギはいらだって叫んだ。
「おれが知るか! てめえの胸に聞いてみろよ!」

おれは静かに問いただした。
「軍主殿の命令なら仕方ない。ただ、教えてほしい。おれは、どんな罪を犯したんだ? ミドルポートでの一件の口封じというのなら、きみも同罪だと思うがな」
アカギはしどろもどろになった。
「命令じゃねえよ。頼まれたんだ。あんたをどこか島に、置き去りにしてくれって。岩みたいなところがいいって。それじゃすぐ日干しだろ? おれも後味悪いからよ。ここなら、多少食い物はあるし、船も通るだろ、死にやしねえって。だから、恨むなよ?」

鈍い頭にも、ようやく、ある人間の面影が浮かんだ。うかつだった。すぐに気づくべきだった。
頼まれた、ということは、さほどの権限のない人間だ。そして、そんなことを頼みそうな人間は、ただ一人しかいない。
デスモンドよ。
そこまでおれを嫌うのか?
こんな若者におれの始末を押し付けるほど、全身全霊でおれを拒否するのか。
胸が痛い。恨む気持ちが起こらない。ただ胸が痛いだけだ。


「て、抵抗してくれるなよ、おっさん! 怪我をすることになるぜ!」
どのくらい、うつろな目でアカギを見ていたのか。アカギは怯えて、おれに向かって剣を構えた。
「抵抗などしない」
「お、おい?」
「恨んだりもしない。行ってくれ」
天を振り仰ぎ、涙をこらえた。
「あんたに頼んだ人に伝言を頼む。どうか幸せに、それから……いろいろと申し訳なかったと伝えてくれ」
「じゃ、悪いが行くぜ!」

アカギの乗った舟はすごい勢いで漕ぎ出して行ったが、半時間もしないうちに戻ってきた。
「とっとと乗れ、オルナン!」
「命令違反していいのかい?」
「よく考えたら、軍主殿の命令じゃない、これじゃ仲間割れで私刑だ。おれも、頼んだ人も縛り首だ。ラマダさんの顔もつぶしちまう」
アカギはそう叫んだ。
「若作りのオバサン一人のために、いいおっさん二人、何やってんだよ。……かっこわるいぞ。帰ったらデスモンドとオバハンと、3人でちゃんと話し合えよ? ケンカすんなよ?」
「ああ、本当にそうするよ。誰も不幸になってほしくないんだからな」
おれは静かにそう答えた。


剣士オルナンのつぶやき 13


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