剣士オルナンのつぶやき 13 2006/07/29
デスモンドと顔をあわせても冷静でいられるつもりだった。責められるべきはここまで追い詰めた私だ。
逆恨みなどするべきではない。
だが、夢のなかのおれは、そんな殊勝な人間ではなかった。
甲板から階段を降りていき、暗がりに立ちすくむデスモンドと目が合った。駆け寄って捕らえたつもりだったが、やつはするりと腕の中から逃げ出していた。
おれは追いかけた。略奪を働く兵士のように、ウサギを追いかけるハンターのように、ただ興奮してヤツの背中を追った。
大勢の人間がいるはずの船に人影がない。世界にはおれとデスモンド、ただ二人だ。おれの狼藉を止めるものはいない。
激しい喜びに満ちてどこまでも追い、最深部の甲板にある牢屋の中まで追い詰めた。
デスモンドは完全に腰を抜かしていた。下肢を開き、膝を立てて尻でいざりながら、「やめてくれ。乱暴しないでくれ」と哀願した。誘っているとしか見えなかった。
おれはデスモンドの肩を掴み、ズボンを引き破った。片脚を肩にのせて抱え上げ、無理やり犯した。裂けなば避けよとばかり根元まで突っ込んで腰を振りたくった。デスモンドは必死に体を起こし、動きを止めようとしてか両腕で抱きついてくるが、おれは背中を折らんばかりにきつく抱きしめる。デスモンドの苦痛でゆがみ、口が大きく開かれる。
もうどうしようもない。
狂った喜びに満ちて、開いた口をおれの唇で塞ぎ、舌を突っ込み、さらに腰を振った。
目が覚めたおれは、自己嫌悪に頭を抱えた。
デスモンドの言うとおり、医者に相談すべきときがきたのかもしれない。
われわれは4日後にオベルに入港し、停泊していた本拠地船の横につけた。調度昼時で、船は楽しげなざわめきのなかにあった。戦をする船でありながら、世帯じみた憩いをも乗せて走る船だ。
アカギがもの問いたげな顔でちらりとおれを見る。大丈夫だというように微笑んで見せ、先に立って乗船をした。
果たしてデスモンドは甲板に居た。多分、知らせを受けて飛んできたのだろう。土気色の顔、こけた頬。いったい何があったのか一気に老け込んでいる。
おれは息を吸い、ずっと考えていた言葉を発した。
「約束どおり帰ってきたぞ、もちろん仕事はきっちり済ませてきた」
デスモンドの目はふっと虚ろになり今にも倒れそうに見えたが、何があろうと失神するような玉ではなかったのだろう。続いて乗船した若者に、かすれた声で呼びかけた。
「アカギさん」
アカギは力なく首を振った。
「やっぱさ、あんな頼みは聞けねえよ。無理。悪いな」
オベル人は、深い色の目でおれを見上げた。
「私を斬りますか?」
「斬れないってわかっててそういうことを言う。残酷なひとだ」
これが最大限の恨み言だった。
「君の言うとおり、おれは病気だ。先生の治療を受ける」
デスモンドはうつむいて聞いていたが、やがて顔をあげ、「オルナン、あなたに会わせたい人がいます」と言った。
そのとき一人の若者デスモンドのそばに寄って来た。見慣れない少年なのに、その顔は妙に見たことがあった。
どこでだったか。
髪は黒っぽく、背が高くほっそりしている。大人びてはいるが、まだ少年だ。彼は声変わり真っ最中らしい、がらがらした声で叫んだ。
「デスモンドさん、ルイーズさんが呼んでるよ!」
デスモンドの顔は急に優しくなった。
「オルナン、ここにおいで」
デスモンドはそれから少し改まった顔になり、「これはオルナンです。オルナン、あなたの息子です」と言った。
オルナンと呼ばれた若者は、細い目をいっぱいに見開いておれを見つめた。日焼けした精悍な顔が、真っ赤になった。
「イリス様がネイ島に行ったとき、自分から船に乗せてほしい、と申し出たそうです。自分の父は剣士なので、生きていれば解放軍に居るはずだからと」
デスモンドは、それから「この子を、本当の孤児にしてしまったと思っていた」とつぶやくと、おれたち二人を残して、船室に戻っていった。
しばらく、沈黙があった。顔をまともに見れぬまま、おれはついに息子の名を呼んだ。
「オルナン」
自分の名でもある。別れた妻が、「長男は父親と同じ名でなければ」と言い張ったので、紛らわしいと思いながら自分の名を与えたのだ。
妻は心弱い女だったが、なんと賢かったことか。息子の名を父と同じにしておけば、いつか互いにたどり着けるではないか。
「母さんはどうしている。元気か?」
「半年前に病気で死にました」
「それは……残念だ」
「母さんは、」
おれを憎んでいたかと聞くのは、あまりにも辛かった。
「幸せだったのか?」
「食べるのには苦労しなかったし、病気になるまでは、元気でした。死ぬ少し前に、母さんが死んだら、父さんを探しなさいって」
強い風が吹き、息子の額にかかっていた前髪を吹き飛ばした。少したれ気味の細い目、おれとそっくりの細長い輪郭を持っている。
息子はポケットの中からロケットをだして、おれに渡そうとした。中には別れた妻と、息子の髪が入っている。おれの女々しさがいっぱい詰まった代物だ。
「デスモンドさんが、預かっとけって。もし父さんが死んだら、これが形見だって。けど生きて戻ったから……」
息子がロケットを差し出そうとするのを押しとどめ、それを手に握らせた。
「それは母さんにもらったものだ、だから母さんの形見だ。これからはお前が持っておけばいい」
すると若いオルナンは軽く頭を掻き、「それじゃぁ」と言ってネックレスを首にかけた。わが息子は、なんとでかくなって帰ってきたことか! 背丈は、もうおれとさして変わらないのだった。
「母さんと似たら美人だったのにな。本当にお前は、おれとそっくりだ」
「男だから不細工でもいいんだよ、父さん」
多分、そうそう抱きしめる機会もないだろう。おれは息子の肩を抱きしめた。息子からはかすかに、おれと同じような汗の匂いがした。
剣士オルナンのつぶやき 14(エピローグ)
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