剣士オルナンのつぶやき 2

翌朝、目が覚めて思った。

決闘禁止というが、決闘した場合の罰はどうなっているのか? 
過去に「お触れ」ないし「通達」があったはずだが、年中居眠っているおれにはまったく覚えがない。
(気になる……決闘って、どの程度の罰なんだ?)
昨夜の、デスモンドの狼狽振りからすると、軽い罪ではないことはわかる。

図体はでかいが、おれは性格繊細を自認している。
何かが気になりだすと、とことんまで気にする性格だ。こだわりが強い、といったほうがいいだろう。初恋の女性にこの年までこだわって、諸国を経巡っているのも、この「異様にこだわりの強い」性格のせいなのだ。

気になりだすと飯がまずい、とりあえず聞きに行かずにはいられない。聞く相手は当然、この決まりごとを発案したという、デスモンドだ。

作戦室の前に居るはずのデスモンドに会いに行ったが、ヤツはあいにく留守だった。定位置の壁際には、「すぐに戻ります」とメモが貼ってある。

「デスモンドさんなら、ジーンさんのところに行きましたよ」
ビッキー嬢が、親切にもおれに声をかけてくれた。彼女は、手に美しいワンドを持っている。姿といい着ているものといい、そこだけ光が差しているような愛らしさ、少し鑑賞して行きたいところだが、「ジーンさん」のところに行ったというのが気になる。
ルイーズに気があるそぶりをしながら、大本命は恐れ多くもジーンなのか。

「ねえ、おじ様たち。昨日なんで喧嘩してたの?」
「いや、あれはねえ、ちょっとした腹ごなしなんだよ」
「ええ? 残念、つまらない」

彼女の可愛らしい声を背中に聞いて、おれは階下へと急いだ。



第三甲板通路は、体を斜めにしなければならないほど人通りが多かった。

その雑踏の中、紋章屋だけが中から煌々と輝いている。美しすぎるジーンが、今まさにデスモンドの手を取り、なにやら呪文を唱えているではないか。
「うふふふ……さあ、これで取れましたよ」
ジーンは涼しげな声でこう言うと、外したらしい紋章をデスモンドの手に渡した。
「残念ね、うふふ。うまくいくかしらと思ったのだけど」
「私も残念です。だけど日常生活で本当にいらいらしてしまって……頭に血が上りっぱなしでして。怒りの紋章でこれだから、イリス殿はそれは苦しいでしょうね」
「そうね。……あれは本当に特別ですもの。よく耐えていると思いますわ」
ジーンはおれに気づき、「あら、いらっしゃい」と艶な微笑を浮かべた。
振り返ったデスモンドは、おれを見たがまったく無表情だった。
「何を外したんだ?」
デスモンドは黙っている。するとジーンが換わって教えてくれた。
「怒りの紋章ですよ。オルナンさんも言ってあげて。怒りの紋章を宿しても気が強くなるわけではないし、それまでして戦場に行くことはないでしょう。人それぞれ、向き不向きがあって、役割もあるんですから」
デスモンドは間接的に諭されたと思ったらしい、顔を真っ赤にしている。
「ですが、気が弱すぎて同行すらできないというのでは、フレア様をお守りできないので……」
「フレア様といえば、お具合はいかが?」
「まだ病室から出られません」
ジーンは美しい顔をかすかに曇らせた。
「もし体にご負担があるのでしたら、病室まで出向いていって紋章を外して差し上げます。少しは楽かもしれませんものね」
「ありがとうございます」

歩き始めたデスモンドに、「おい、待てよ。聞きたいことがあるんだ」と呼びかけた。
「何ですか?」
「ああ。決闘罪ってどれくらいの罪なんだ? 昨日はあやういところで助かったけどな、おれの機転のおかげだが。もし決闘ってばれてたらどうなるんだった?」
デスモンドは真っ青になった。
「あんた、馬鹿ですか。声が高いですよ」
「で、どのくらい食らうんだ? 牢屋入りか? 罰金か?」
「人が死んだ場合は、相手は斬首。怪我をした場合は、怪我の回復を待って無人島へ置き去りです。水も食料もなしでね」
デスモンドは嫌な笑みを浮かべた。
「そんなことも頭から抜けてしまうほど、腹が立ったわけですよ。怒りの紋章のおかげです」

紋章のおかげ、というより、紋章のせいで、といったほうがこの場合正しいのではないか。下手をしたらこいつは、おれに殺されていたわけなんだから。

「話がそれだけなら、姫をお見舞いに行きますので、私はこれで失礼……」
「診療室なら俺も行くぞ。二日酔いの薬がほしいんでな。どうせだから一緒に行こうか」
デスモンドは頬を引きつらせていたが、「勝手にどうぞ」といって歩き始めた。


ユウ先生の診察室には様々な薬草の匂いが満ち、掃除が行き届いている。何かと不自由な船の中では、例外的に清潔な場所だ。それが先生の性格によるものか、キャリーの努力の賜物かはわからない。

さて、若い医師は私の脈を取り、口の中を調べて言った。
「10年先も生きていたいなら、酒は止すことですね」
10年先というが、戦争をしている今、10年先など考えられるだろうか。大した力もないおれだが、総力で白兵戦となったら出ないわけにはいかないだろう。
そういうと先生は、にこりともせずにこう答えた。
「まあ、ぼくがこの船にいる限り、大丈夫と思ってください。負けそうだと思ったら一番に逃げ出しますから」
偽悪的な先生らしい慰め方だが、悪ぶっているやつが本当に悪いとは限らない。そして逆もまた然りである。

処方してくれた薬を手に立ち上がろうとすると、ふいにデスモンドが入ってきた。
「先生、お世話になります」
いつもの真面目そうで、しかも気弱そうな微笑を浮かべている。昨日の邪悪な目つきはどこへやらだが、おれのことは完全無視である。
「おや、デスモンドさん。フレア姫にご面会ですか。まだ起きられないでしょう?」
「ええ。私を見て無理をして起き上がろうとして、まためまいを起されて……」
医師は顔を曇らせた。
「お怪我より、過労なんですよ。船を下りて、王宮で養生なさることをお勧めしているんだが、承知してくださらない。あなたから言ってもだめですかね」

2人の会話を聞きながら、いまさらながらに「ここはオベルの船」という感慨を持った。
戦闘があれば瀕死の人間も運び込まれる場所で、大の男が2人、若い女性のめまいに大騒ぎしているのは、奇妙な風景だ。
まあおれも「二日酔い」で薬をもらいに来ているのだから、何もいえないんだが。

「姫は、ここにはオベルの者も大勢乗っているので、自分が一緒にいて、いろいろ相談に乗らねばとお考えなんです」
ユウは苦笑した。
「その気苦労がまたよくない。休養が一番なんですがね……」
するとデスモンドは、妙なことを言い出した。
「先生、オベル王家に伝わる薬酒などはどうでしょうか。以前、姫が麻疹に罹られたとき、その霊酒を含ませて命が助かったことがあります」
「ほう、霊酒とはまた古めかしい」
ユウの目がきらりと光った。
「何が入っているのかな?」
「さあ、私にはさっぱり。姫が生まれた日に生薬を漬け込んだものですので、古いものですが、15年前の戦いで、秘法を伝えていた家が絶えてしまったので、何が入っているかわからないのです」
「試してみる価値はあるな。どっちにせよ一度見せていただきたい、それから飲ませられるか考えて見ます」
ユウはうなづいた。
「それに、オベル王家に伝わる富貴薬、是非拝見したいものです」
わけのわからない話になってきたところで、おれはようやくその場を辞した。


剣士オルナンのつぶやき 3

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