剣士オルナンのつぶやき 3

午後、軍主の少年はサロンにやって来るなり、「オベルにお使いをお願いしたいんですが、いいですか?」と言い出した。
別に用事もないし、外はいい天気だ。いい気晴らしだと思い「いいですよ」と請合ってしまった。
しかし、ビッキーの鏡の前に来て、軽率さを後悔した。デスモンドが箱を下げてそこに立っているではないか。
「じゃ、行ってらっしゃい、気をつけて。といっても鏡であっという間ですけどね」
軍主はそういうと、忙しそうに歩き去ろうとする。

「おい、おれにこいつと行けってのかい」
思わず声を荒げると、軍主は振り返り、やはり忙しそうに言った。
「デスモンドさんは1人で行くって言ったけど、重いものを持って歩くのは大変だし、崖道にはモンスターも居るからね」
「だけど、別におれでなくてもいいだろう?」
イリスは細い眉をちょっと上げた。青い、有無を言わせぬ強い目でおれを見る。
「二人は友達なんでしょ。昨日、甲板で腹ごなしに修行をしてたって聞いたけど、あれは修行じゃなかったのかな」
「……わかったよ、行くよ」
おれは承知するしかなかった。去り際にイリスは、「仲間なんだから、仲良くしてくださいよ」と釘をさすのを忘れなかった。


オベル島は、素晴らしい日和だった。家々の庭にハイビスカスやブーゲンビリアが咲き乱れ、ミツバチが行き交って軽い羽音を立てている。
乾いた風は潮の香りを含んで、暖かく身体を包んでくれる。

港から王宮へ続く道を歩きながら、横を歩くデスモンドを見下ろした。額のあたりにいつもある、険しい表情が消えていた。
それもそのはず、ここはこいつの故郷だった。
「いいおっさん二人、子供に叱られてしまったな。実に立場がない」
昨日は確かに、俺も悪かったし、いつまでも仲間といがみ合っていても何の得にもならんだろう。
「私もそう思っていました。私の半分しか生きてないイリス様に呆れられるようでは……年甲斐がない」

すると、前方からにぎやかな太鼓が聞こえてきた。陽気な歌も聞こえてくる。
デスモンドは目を輝かせた。
「オベル踊りの練習をしているんですよ」
腹に響く太鼓の音、乾いた弦楽器の音。そしてひなびた歌を、何十人もの若い声が声をそろえて歌っている。どこかで戦争をしているとは思えないのどかさだ。
「どっから聞こえてるんだ、これ」
「こっちですよ」
デスモンドが指差した方角には、広場がある。
おれがいつも暇をつぶしていた物干し場のあるところだが、さして広くもないそこに、20人ほどの若者が集まっていた。
太鼓を叩きながら歌い、足を高く蹴り上げながら回転したり、次の瞬間低く腰を落としたりと、おれがまねをしたらぎっくり腰を起こしそうな踊りだが、手足の動きが影のように揃っている。
風に舞う赤い鉢巻の動きさえ同じだ。その横で少女たちが、やはり歌いながら踊っており、手は蛇のようにくねらせていた。そして皆、足は裸足だった。
練習というより、ほとんど完成された形であって、直前の通し稽古といった雰囲気だった。

「本当にありがたい。クールークがいなくなったので祭りができる。私もずっと参加していたので懐かしいですよ」
「ふうん。ところで、あの歌はなんていってたんだ。何言ってるのかわからなかったぞ」
「古代オベル語ですからね。恋人が漁師でイルヤにまで出かけるが、留守がさびしいから自分も船に乗って着いていきたいとか、できないから風が吹いて船を戻してほしいととか、まあそんな感じの歌です」
「そうか。感動的な恋歌のようだな」
おれは皮肉を込めて言ってやった。まったく、こいつが説明すると、味も素っ気もない歌だと思えてくるから不思議だ。

するとやつは喜んでしまって、ぺらぺらと喋ってくれた。
こういう歌は何種類もあってすべて覚えるのは至難の技だとか、普段は夜、仕事が終わってから練習するが、今は直前なので昼間やってるとか、本番は港から家々を回って、最後に王宮前で、王様の御前で披露するんだとか。
ひさしぶりに踊りを見て、よほどうれしかったのだろう。

「デスモンドは踊らないのか?」
するとデスモンドは笑い始めた。
「30過ぎて踊ってる人はいないですよ。あれは25歳でおしまい。若い者が主役のお祭りなんです」
「女の子もいたな。仲間内で恋愛して結婚、なんてこともあるんじゃないか」
「まあ、そういうこともありますね」
気のない声だった。
「デスモンドにはそういう機会はなかったんだな。気の毒に」

するとこの30男は、ぶわっと赤くなり、ムキになって否定し始めた。
「失礼な。あれは神聖な催しなんです。オベルに500年も前から伝わる祖先を祭る踊りですよ。彼女を見つけるために参加してるんじゃないんです」
「ふふ、君は堅物すぎる。おかげで彼女いない暦30年か」
「よしてください。私だって恋愛の一つや二つ」

そう口走った末、青くなったり赤くなったりと、妙に面白い。
この堅物というかむっつり野郎の恋愛話、もっと聞き出して、ルイーズに報告してやらねばならん。二人で笑いのめしてやろうじゃないか。

オベルの空気のせいか、頭も気分も、こいつの口も少し軽い。
妙に楽しくなったころ、われわれは王宮に着いた。


剣士オルナンのつぶやき 4

top