剣士オルナンのつぶやき 5
December 04, 2005
「オルナン」
どこからか女の声がする。蜜をたらしたように甘く優しい、女の声だ。
目を開けると、目の前にルイーズの小さい顔があった。
まぶたは薄赤く、目のふちは赤く、薄い青い目はどこか焦点が合わない。
見たこともないほど、情欲に浮かされたような悩ましい目だった。こんな目でおれを見てくれたことが、一度でもあったか、いや、ない。
確かに色っぽい目でおれを見てはくれたが、商売上のテクニック、鍛え抜かれたプロの技だった。
それが証拠に、手ひとつ握らせてくれたこともない。隙を見せつつ実は、付け入る隙を与えてくれなかった彼女だ。今のこのしどけない様子はどうだ、まるで人が変わったようだ。
「焦らさないで、オルナン」
桜色の唇の間から、小さな白い歯が覗いていた。彼女は、薄いドレスの胸元を止めているボタンを、細い指でそっと外した。
小ぶりの乳房が露わになって、内部から発光でもしているかのように白く、おれの目を射た。そればかりか、長いスカートのすそを少しだけたくし上げて、白い足をちらりと見せてくれた。
「船が来るまで私を抱いていて、オルナン。私はあなたのものよ」
彼女はそうささやいて、おれを見上げた。
「ルイーズ」
そう呼ぶと、彼女ははらはらと涙をこぼした。
「なぜ私を、もっと早く見つけてくれなかったの? あなたを待っていたのに」
「ル、ルイーズ」
「いろんな目にあったわ。どこへでも流れていって、汚れるだけ汚れたわ。あなたと会ったころの娘はどこにもいないの。だけどオルナンを忘れることなどなかった」
彼女はそうささやいて、目に涙を浮かべた。
「誰に抱かれようと、誰を抱こうと、あなたのことを思っていたわ。あなたと会った夜を忘れたことなどない。ずっとオルナンを待っていたのよ……何年も、何年も……」
頭の中の何か、はじけるのを感じた。やはりルイーズはおれの探していた女だった。
おれはルイーズの上に覆いかぶさって、渾身の力で抱きしめた。
「オルナン、オルナン、やめてください」
彼女はいまさらのように抵抗し、おれの胸を押し返してきたが、強い力ではなかった。それに、一度走り出したものを、男がなんで止められるものか。
焦らしているんだ、なんとかわいいじゃないか。強引にされるのが好きなのなら、好みにあわせてやるのが男というものだ。
そして体を合わせたとたん、ルイーズはとんでもない強さでおれを締め付けてくれたのだった。
「相性最高だ、お前は最高にいやらしい。」
おれは絶好調でスラストを繰り返しながら、ルイーズの耳元でささやいた。彼女はびくっと体を震わせ、悩ましく首を振った。おれはラストスパートの激しさで腰を振りたくった。
「おれとこのまま逃げてくれ。二人でどこまでも落ちていこう」
「……やめてください、オルナン」
ルイーズが男の声でしゃべった! おれは肝をつぶして、彼女の顔を見下ろした。
顔の上半分が血で汚れた、恐怖で引きつった男の顔が、おれを見つめていた。
男は顔色の悪い唇をかすかに動かして、消えそうな声で「むささびが」と訴えてきた。
何なんだ。むささびがどうした。何がなんだかわけがわからない。
何でこんなことになったんだ。今までおれを悩ましい目で見上げたルイーズは、どこへ行ったんだ。
だが今、崖に押し付けて組み敷き、自分の一部をくわえ込ませている相手は、いかつい顔をしたデスモンド以外の誰でもなかった。
頭の芯がぐらぐらして、吐きそうになった。
どう見てもデスモンドだ。何度見ても同じだ。顔の上半分は血だらけだったが、泥と涙でも汚れていたのだろう。こっちも泣きたいくらいだ。
おれはいったい、何をしたんだ。
「抜いてください」
そう言われるまで気づかなかったほど、こっちは思考停止の状態だった。あわててやつから離れると、デスモンドは「死ぬかと思った」とつぶやいた。
そして崖にもたれかかったまま目をつぶり、動かなくなった。
死んだかもしれない。
おれは、こいつを殺してしまったかもしれない……。
剣士オルナンのつぶやき6
ゲンスイ4 インデックス
付き人の恋 トップページ