剣士オルナンのつぶやき 6
首から重い酒の包みを下げ、背中に具合の悪いデスモンドを背負って歩いた。
地獄のように重かったが、自分のやったことの罰だと思って耐るしかなかった。
王宮まで戻ると、イリスが待ってくれていた。イリスはデスモンドを見て顔色を変えた。
「港に来ないって言うから迎えに来たんだ。デスモンドは、どうしたんだ。その怪我はまさかオルナン、あんたか?」
「むささびにやられたんです。彼は助けてくれたんです。ご迷惑かけてすみません」
背中でデスモンドがとりなしてくれた。
「それより早く、薬酒をフレア様に」
ありがたい瞬きの手鏡を使うと、一瞬で船の中へ入ることが出来る。おれはデスモンドに肩を貸して、階下の診察室へと連れて行った。
それから2日ほど、デスモンドは108星の表の前に戻らなかった。
ビッキーに聞いてみたら「具合悪くて、病室で寝込んでるらしいですよ」と教えてくれた。
罪の意識がちくちくと胸を刺してくる。やつを痛めつけたのはむささびだけではない、おれもその責任を負うからだ。
ここは見舞いのひとつもするべきだろうと、階下へ降りていった。
やつは、ドアの一番近くのベッドで眠っていた。頭を包帯でぐるぐる巻きにされていたが、血色は幾分よくなっていた。
胸の上には、両手を行儀よく置いている。手の甲にはケモノのものらしい引っかき傷がついており、べたべたに薬が塗られていたが、そこも腫上がっていた。
だが眠る表情は、この世の苦痛から開放されたように平和だ。少し口をあけて、小さないびきをしている様子は、子供っぽくさえ見えた。
包帯の間から黒い髪がはみ出している。やつの呼吸に合わせて小さく上下しているのだが、その根元がごっそり白くなっていた。あと数ヶ月もしたら、白髪をそよがせて歩くことになるなるのだろう。
それではもはや青年とは言えまい。
この影の薄い男が、どんな苦労をしていたのか。おれはずっと酒場に入り浸りだったから見当も付かない。
そのとき、衝立の陰から先生が現れ、おれを見て濃い眉を上げた。
「おや、お久しぶり」
おれはあわてて、デスモンドから少し離れた。
「先生、こいつどうなんです?」
「ミイラ取りがミイラというか、姫以上に自分が重症だ。彼女なんて寝てりゃ治ったんですよ、ったく。要らぬ仕事を増やしてくれたとはこのことです」
「フレアさんはどうですか」
「ああ、彼女は部屋に戻りましたよ。もう起きて元気に歩き回ってるんじゃないかな。薬酒を飲んだとたん起きられたよ……あんたたちの苦労も報われたってものだが」
ユウ医師はかすかに笑みを浮かべた。この先生が笑うと嫌な感じになるのは不思議である。
「ま、あれは半分以上、暗示ですね。デスモンドが持ってきた薬だから効いたんだな」
そう言って先生は人の悪い笑顔を浮かべて、眠るデスモンドを見下ろした。
「彼も案外、隅に置けない」
「デスモンドはフレア姫の側近だ。姫も信頼してるからだろう」
「信頼ってことにしとこうか。だがデスモンドが与えたのなら、小麦粉でも効いたんじゃないかな。……愛の力ってやつですよ」
おれは肩をすくめ、「臭い冗談だ」と一言で片付けようとした。
「あんたもあの場所に居合わせたら、そう思ったでしょうよ」
おれは胸がむかむかしてきた。
まったく、患者のプライバシーをぺらぺらしゃべるとは、この医師も修行が足りないのではないか。
「ま、おれはどうでもいい、他人のことなんか。先生もめったなことは口にしないほうがいいぞ。特にオベルの王家には世話になってるんだろ? 首が飛ぶぞ」
医師はさすがに顔を引き締めた。おれは早々にその場を失礼した。
暗い階段を上がりながら、妙に面白くない気分に悩まされていた。
あの日、懸命に髪をなでつけ、顔の血を拭い、おれを見上げて「私は元気そうに見えますか?」と尋ねたデスモンドの顔を思い出す。
おれが、「さっきよりは元気そうだ」と答えると、やつは、薬酒を持って軽い足取りで、病室に飛んでいったではないか。
立っているのもやっとのくせに、フレア姫の前で「元気そう」だったら満足なのだ。
本人は、雛にえさを運ぶ親ツバメのつもりだろうが。
おれには、デスモンドは「病んだ恋人のもとへ走る、盛りのついた若者」にしか思えなかった。
剣士オルナンのつぶやき7
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