剣士オルナンのつぶやき 8
船はきしむ音を立てながら、大きく右に傾き、それから右へと傾いた。
おれはデスモンドの太ももを掴み、後ろを指でほぐすのに夢中になっていたのだが、3度目に大きく船が傾いだときは、さすがに波が気になった。
風の音も大きくなってきた。嵐が来るのかもしれない。
海が多少荒れるのは今更恐ろしくもないが、怯えた誰かが、この部屋に駆け込もうとするかもしれない。
だが大丈夫だ。たしかさっきデスモンドは鍵をかけていた。
デスモンドはふと目を開けて、おれの顔を見、ドアに目を走らせた。
なんてわかりやすい男だ。
おれが手を止めたのを、「隙ができたか」と思い、逃げ出そうとでも思ったのだろう。
だが彼はそうはしなかったし、できなかった。おれがしっかりやつの太ももを掴んでいたから。
それに一瞬でもこちらに隙ができたとしても、下半身をさらしたその姿で、どうして逃げ出せるものか。
「何。何か気になる仕事でもあるのか?」
そう聞いてやると、デスモンドは、低い声でぼそぼそと言い募った。
「つい何日か前、オベルから乗り込んだ人たちがいます。怯えているかもしれません」
酔い止めの薬草がある。気休めでしかないが、それを配りたいというのだ。
そういうことを、すがりつくような黒い目で訴える。
ところがおれが手を止めない、それどころかよけい手を動かすので、やつはおれの手をつかんだ。
「人が話しているときは聞くもんです!」
「オベルの島の人間が嵐が怖いはずがない。それに海が荒れるのはかえって好都合だ。怖がって下で騒いでくれたら、君の声が目立たなくなるだろう。好都合だ」
そうささやいて、おれは指を二本に増やしてやった。するとデスモンドは怒ってこう言い放った。
「最低のスケベ野郎」
望むところだ。おれは皆まで言わせず、デスモンドの口をふさいだ。デスモンドは目を見開いておれの頭を掴んだが、それ以上の抵抗はしなかった。
思ったとおりだ、やつはキスに抵抗できない。唇を重ねるたびに、やつの体の中が熱くなるのを感じる。
深く舌を入れると、控えめではあるが答えてくれさえする。硬く目をつぶり、おれを見ようともしないが。
本格的にあきらめて、誰か他の人間のことでも考えていることに決めたのだろう。それならこっちも遠慮はしない。
もう指などもどかしい、少々苦しんだとしてもなんとかなると思い、指をゆっくりと引き抜いた。デスモンドは絶句したが、おれはためらわず、やつの体にのしかかった。
太ってはいないが痩せてもいない、若くもなく年寄りでもない、絶妙に中途半端な、それでいて骨格のしっかりした体を組み敷き、おれは年甲斐もなく興奮していた。少々のことでは壊れないだろう、遠慮などするものか。
外にいるはずの数人の仲間のことも、揺れ始めた船のこともどうでもいい。自分でもありえないくらいに育ったおのれ自身を、このオベル人に食わせてやるのだ。
デスモンドは途中、苦痛を訴え、驚き呆れ、体をよじって逃げようとした。暗い明かりの下、黒い髪がいっそう黒く輝きを増して見えた。
「ほんとにもう勘弁してください。あきらめてください。無理です。不自然です。何でこんなことをしたいんですか」と、少々裏返った、しかし抑えた声で早口に訴える。
不惑を過ぎても惑うおれは、そんな様子にますます興奮するばかりだ。年齢にふさわしい思慮も品位もへったくれもなく、こういってなだめようとした。
「頼む。おれを好きに使っていい、お前のために命も捨てるから!」
デスモンドは驚いたように、黒い目を見開いておれを見た。
それは大人なら鼻で笑うような口約束だった。だがデスモンドはその一言を間に受けて、本当に言うことを聞いてくれた。おれは自分をコントロールしようとしたが、無理だった。
はじめのうちは、やつの口を手でふさいで声を殺してやる余裕もあった。だが、途中からは自分の声すら制御できたかどうか、まったく自信がない。おれはともかく、やつの評判を落としたくはなかったのだが。
すべてが終わったあと、やつはゆっくり体を起こし、服を着、髪を直し、ふらつきながらも立ち上がった。そのころはもう船のゆれは収まっていた。
「先に部屋を出てください。灯の始末があるので」
「デスモンド、また……」
「次はないですよ」
即答なのは、少しショックだった。だがデスモンドは、いつもより優しい声で繰り返した。
「これっきりですよ、多分」
まだ赤みの残る頬は笑ってはいなかったが、黒っぽい目は優しかった。
そのとき、おれの胸の中に何かが落ちた。そしてあっというまに根を張り、発芽してしまった。
それは身に覚えのある甘い痛みだった。
剣士オルナンのつぶやき9
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