剣士オルナンのつぶやき 9
2006-05-05


神聖な作戦室を、おれたち二人のいかがわしい匂いで満たして以来、おれは毎朝のように思い知った。
自分がいかに青いかということと、中年になっても、男は賢くはならないということをだ。
気づいたら階段を下りかけている。暗がりにあの男の姿を探している。おれは必死に自分を抑えるが、抑え切れなくて爆発しそうだ。


あの男はおれを見ると、怯えたように目をそらすだろう。そんな目をしてもだめだ。
(お前はもう一方的な被害者などではない、立派な共犯者なのだ)
デスモンドに会い、こんなところで寂しくはないか、と耳元にささやきたい。
あの髪の襟足を掻き揚げて、生え際に息を吹きかけてやりたい。幾分日焼けをした首筋を、舌でなぞってやりたい。おれの熱い息を聞かせたい。


やつは亀のように首をすくめ、気味悪がって「やめてください」といい、逃れようとするだろう。
おれは手首を掴み、いかがわしい暗がりに引きずり込まずにはいられない。
「し、仕事があるんです」
「仕事ばっかりか。そのうち、干からびてしまうぞ」
おれは日向くさい上着を引っ張りあげ、胸の肉をいやらしい指使いで撫で回してやろう。
「男がそんなところ感じるもんですか」とやつは言うだろう。
そしたらおれは、やつの股間を指先でさすりあげて、「じゃあこれは」と言ってやる。
デスモンドはつらそうな目をしておれを見上げ、訴えるだろう。

「あとで仕事にならない。重いもの持てなくなるし」
「重いもの? そんなものおれが持ってやる。な、いいだろ? いいだろ?」
「あなたは絶対、病気だ、オルナン。もう……は……ぁ」
おれは、あいつのかすかな、かすかなため息に耳を澄ませ、もっと声を上げさせるために必死になるだろう。
デスモンドの熱い体内におのれを埋没させ、爆発させるまで止められないだろう……。


デスモンドに言われるまでもなく、おれは病にかかっていた。船にあまた潜む美女も目に入らない。日々病は余計悪くなるばかり。ほしいものを手に入れても治らない、よけいにほしくなるという病だった。
デスモンドの顔と声を思い出すと、一気に腰に来る。おれはモップを持つ手にぐっと力をこめ、いっそう強く床を磨いた。
だが、どんな労働も、おれを抑えることはできはしない。気がついたら階段を降り、デスモンドの姿を探していた。


降りたとたん、デスモンドと目が合った。そのときのデスモンドの顔ときたら!
想像した通り、いや、それ以上の反応だった。女の子が何か気持ちの悪い虫をみたら、きゃっと叫んで飛びのく。犬に噛まれた経験のある人間が、犬を見て飛び上がる。
そういう感じの表情だ。ただ、きゃっと言わないだけのことだ。
(そんな顔をするなよ)
情が移ってしまったというやつか、気持ち悪がられるのはやっぱり辛い。
だけど、体の相性は絶対いいはずなんだ。

(この間はどうだった? そんなに悪くなかっただろ? なぁ、どうなんだデスモンド)
誰も居なかったらそう言って肩を抱いて口説いたのだが、あいにく周りには人がいた。
すると、デスモンドはなにか必死の笑顔で、しかも明るい声で、こういったのだ。
「ちょうどよかった、オルナン! あなたを待ってたんですよ」
「え?」
「あなたにお願いしたい仕事があります。場所を替えましょう、説明します」


部屋に入ると、デスモンドはすぐに説明を始めた。
「ミドルポートに行って、商船に水や食糧を積み込む仕事をお願いしたい」
「港で人足か」
「そうです。その服は少し派手ですね」
おれの服をちらりと見ると、「用意しておきましょう。出航は明日の朝、5時です。寝過ごさないようにして下さいね」と釘を刺してきた。
「もう少し説明してくれ。ミドルポートに行くのはおれだけか? どこに行って、どの船に食糧を積み込むんだ?」
「アカギさん、トリスタンがあなたに同行します」
「うむ?」
「積み込む相手は、ミドルポートの商船です。エルイールへ行く食糧を運んでいます。クールークは今年凶作で、ミドルポートから食糧を買っています」
「おい、それって本当か?」
「そう。そしてミドルポートには、いまだにクールークの出先機関があるそうです」

オベルの役人は、いかにも役人的な口調で淡々と続けた。
「彼らは中立ですから、どこと商売しようと、どこに戦費を提供しようと、基本的に文句は言えません。今までは黙認してきました。彼らは、こちらにも多額の戦費を出していますから、文句はないだろうと言うわけです。ただこっちも戦費が逼迫しています。船を襲うことも考えましたが、それだとミドルポートを敵に回すのでまずい」
「デスモンド」

そして、厳重に密封した箱と、妙な器具とを示した。
「これは、穀物に特殊なカビを生やす薬です。船に穀物を積み込んだあと、この粉を穀物袋に散布してください」
「そうすると、どうなるんだ」
「あなたには何一つ、危険はありません。ゆっくりと倉庫に拡散して、穀物全体に広がります」
「本当にそれでおわりか?」

デスモンドは暗い色あいの目でおれを見上げ、「それだけですよ」と繰り返した。
「ただ、絶対にこの船では開けないでください。箱の中では厳重に密封されていますが、万一船の中で広がったら、大変ですから。そして仕事が終わったら、そのときに着てた服はミドルポートで捨て、宿で体をよく洗ってから帰還してください。以上です」

バレバレだ。あやしさ満点だった。この薬をばら撒いたら、ばら撒いた当人はどうなるのか。
「君のために命も捨てるといった。その約束を果たせというわけだな」
デスモンドは顔をぴくりと引きつらせた。
「おっしゃる意味がわかりませんが」
「これを撒くと船の中に広がって、人間が病気になって死ぬのだろう? 当然、撒いた人間も無傷では済むまい。それで惜しげのないやつばかり選んだんだろう」
「アカギやトリスタンに失礼でしょう。けっして『惜しげのない』やつらではありませんよ。寝てばかりいるあなたと違ってね」
だが、役人はもうおれと目を合わせようとしない。半分以上、図星なのだろう。

おれは、デスモンドの前にひざをついて、そっと手をやった。デスモンドはびくりと震えたが、逃げようはしなかった。
「おれはろくでなしだが、嘘はつかない。あのときの約束は守ろう」
少し静脈が浮いた手の甲を両手で受け、唇をつけた。
「可愛そうなデスモンド。おれにしか言えなかったんだろ」
それからかがみこんだまま、右手で袖をゆっくりと捲り上げて、唇と舌と手のひらで、腕の裏側の白い部分を、血管の流れに沿って愛撫してやった。
「任せておいたらいい、しっかり撒いてきてやるよ、デスモンド」
デスモンドの腕の産毛はすっかり逆立っていたが、びくりとも動かない。

だが両手で腰を掴み、布に覆われた股間に顔を埋めようとすると、思い切り髪を捕まれた。
「いい加減にしてください!」
「この世の名残に。せめてもう一度」
「ばっ、ばかですか!」
「何とでも言っていい。おれは、君のことばかり考えてるんだ」

デスモンドはしばらく黙っていたが、やがて、「今ここでというのは、本当に困るんです」とつぶやいた。
「どこでならいいんだ?」
やつは箱をポケットに納めると、また少し考えて「今夜7時、オベルの王宮前に来て下さい」とささやいた。 まだ続く!!! ===>>  剣士オルナンのつぶやき10



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