恋人よわれに帰れ 2     Baby come back to me 2
 グレミオは今度は広い階段を降りて、一階の玄関を目指した。
 一階にも、やはり人の気配はなかった。
 誰かに阻まれたら、リアムをかばって戦い抜けるのは苦しかっただろうが、幸いにも邪魔は入らず、あっけなく玄関から外に出ることができた。

 リアムを背負って宿にたどり着くまで、リアムはまったくしゃべらなかった。
 グレミオは、とりあえず熱いお茶と甘いビスケットで落ち着かせると、きれいなお湯をもらって、リアムの傷の手当てをはじめた。
「ちょっとしみるかもしれませんけど、がまんしてくださいね」
 横になったまま、リアムはやはり黙っていた。
「手首……ちょっとすりむいてますけど大丈夫、包帯をするほどじゃないですね」
 上半身を拭き、あちこちに残る噛みアトにも薬を塗った。
「リアムさま、すみません。 ちょっと失礼します」
 断ってから、グレミオはリアムの下着を下ろして、傷つけられた脚の間の部分を拭き消毒をし、指で薬を塗りこんだ。
 このような作業は、自分のためにすることはあっても他人にすることははじめてで、自然にグレミオも無口になった。 口を開くと、口を極めてジョウイを罵りそうで、黙っているしかなかった。
 自分の痛みはがまんできても、リアムの痛みはがまんできない。
 手当てを終えて、借りた寝巻きを着せるまでグレミオは口もきけなかった。
 
 グレミオの沈黙をリアムは違うふうにとったらしい。
「グレミオ、怒っているだろ」
「え?」
「おれに……腹を立ててるだろ……あたりまえだよな」
「そんな。 私は坊っちゃんが戻っただけで充分なのに。 あなたから離れた自分に腹が立つだけです」
 すると、リアムは顔をそむけた。
「おれはばかだった。 ばかだったんだ……」
「坊っちゃん、もう忘れましょう。 ゆっくり休んで、元気になったら家へ帰りましょう。 少し眠ってください、晩御飯まで時間がありますから」
「そうだな」
 グレミオがリアムの額に手を置くと、リアムはいったん目をつぶった。
 しばらくして小さい声でリアムは言った。

「あの屋敷で、おまえのことばかり考えてた」
「…………坊っちゃん」
「おれはお前にひどいことをしてた。 自分だけよくて……お前にひどいことを、この何年か……ずっとしてきた。 おれは、知らなかったんだ」
 疲れ果てたリアムのことばは支離滅裂だが、言いたいことはわかった。
 ショックで貧血をおこしそうだったが、グレミオはとぼけた。
「坊っちゃん?」
「あんな……ひどいことを……痛いだけでちっとも……」
「もう、いきなり何をいいだすかと思えば」
 グレミオは首を振った。
「あのね、坊ちゃん。 痛かったり苦しかったりするのは、するほうがヘタだからなんですよ」
「……え?」
「坊っちゃんはとても上手だから、グレミオはちっとも辛くなんかないんです」
「…………」
「はじめだけは、ちょっと大変でしたけどね、正直言って!」
「そうか?」
 リアムは驚いてグレミオを見た。
「そうですよ。 でも、こんなこというと、びっくりするかもしれませんが。 するよりされるほうが……少なく見積もっても二倍、いや三倍くらいですね、気持ちよさは」
「さ、三倍って……」
「だから、私はするほうに回るのはいやですからね! あれは大変なんです、腰も腕も疲れますし。 坊っちゃんは私よりずうっと若いんだから、今さらこのトシヨリに苦労させないでくださいね!」
「…………ばか」
 リアムは赤くなって、ちょっとふくれてみせた。
「疲れたら、少し眠ってください、坊っちゃん……」
 リアムの呼吸が安らかになり、寝息になった。
 グレミオはしばらくリアムの顔を見つめていた。 
 ぐっすり眠っているのを確認して、足にはめていたテオの腕輪をそっと外し、サイドテーブルのメモを手にした。
……坊っちゃんへ。 万一私が戻ってこなかったら、この腕輪を売って、家へ帰る旅費に……
 ここまで書いて、グレミオはそのメモをぐしゃぐしゃにつぶした。 そして新しいメモを書き始めた。
……坊っちゃん、ちょっとお使いに行ってきます。 すぐに、戻ります。
 そして外した腕輪を足首にはめ、注意深く防具を身につけて、静かに部屋を出た。
 

 アトレイド邸のドアを叩くと、出てきたジョウイはグレミオを一瞥して言った。
「リアムなら、いないよ。 君が連れて帰ったんだろ?」
「あなたに用があるんです、ジョウイ・アトレイド」
「なに?」
「武器を持って、庭に出てきなさい」
「……果し合いでもやろうってのかい?」
「そうです。 リアムさまは、私が長年仕えてきた家の当主です。 あなたは私のあるじをはずかしめた。 許すわけにはいきません」
「リアムが、君に泣きついたのかい」
「私の一存です」
「……泣かせるはなしだね。 尻奉公の下男が、腰抜けの主人の仇討か」
「ハイランドの田舎者のことばは、よくわかりませんね」
「誘ったのはリアムだし、大して抵抗もしなかったよ。 据え膳食って悪いか?」
「……武器をとりなさい、ジョウイ!!」
「かわいそうに、リアム。 君がいなくなったら、どうやっておうちに帰るんだ?」
 グレミオは誓いの大斧を構えた。
「一人にはしません。 私は、死にませんから。 首が飛ぶのはあなたですからね……」

 ジョウイは、まもなく棍棒を持って庭に出てきた。
 対峙してすぐ、ジョウイは激しく打ちこんできた。
 ジョウイは動きが非常に素早い。 グレミオは、懸命によけながら、斧を構えて隙をうかがった。
 一度だけ、ジョウイの肩先を掠めた斧が、わずかにジョウイの服を切ったと見えた。
 次の瞬間、グレミオは棍棒で背中を叩きのめされていた。
 咳き込みながら、まだ斧をかまえるのを、ジョウイはあざ笑った。
「なんだ。 がっかりしたよ。 弱いじゃないか」
「…………」
「君に勝ち目はなさそうだよ?」
「……うるさい」
「今降りたら、命は助けてやろう。 リアムに免じてね」
「黙れ!!」
「どうやら死にたいみたいだね」
 跳躍して殴りつけてきた棍棒を、力いっぱいなぎ払うと、ジョウイは少し顔をしかめた。
「なかなかやるじゃないか。 育ちすぎたお稚児さんにしちゃね」
「お前に言われたくない!」
「……望みどおり死なせてやるよ」
 地をけってジョウイが飛びかかってくる。
 それをよけきれずに、グレミオはまともに斧で受けた。 斧が弾き飛ばされなかったのは奇跡としかいいようがない。
 しかしそのまま競り合いながら、グレミオはしだいに力負けしていった。
 ジョウイの棍棒に押され、斧を取り落としかけたときだった。
 グレミオは左足を思いきり蹴り上げていた。 腕輪をはめた足首が、鈍い音を立ててジョウイの急所に当った。
「うっ!!」
 声も上げられずに、ジョウイはその場にへたり込んだ。 グレミオはその手から棍棒をもぎ取り、遠くに投げ捨てた。
「……ここまでか」
「…………」
「やれよ。 グレミオ。 切り刻んで野原にまくんだろ」
 苦しそうに見上げる、ジョウイの目をぎりりと見据え、グレミオは斧を握りなおした。
「お前にいわれなくても!!」
「やめて!! グレミオさん!!」
 誰かが叫んだ。 かまわずグレミオは斧を構えた。
「カイル、来るな!!」
 ジョウイが叫んだと思うと、なにか赤いものがジョウイにしがみついていた。
 カイルだった。
「ジョウイを殺すんなら、先にぼくを!!」
「どきなさい、カイル君! 邪魔すると君も斬りますよ!」
「ジョウイがこんなになったのは、ぼくのせいなんだ、グレミオさん!」
「ほんとに怪我するよ。 カイル……グレミオさんは本気なんだから」
「ジョウイ、いいんだ。 君のためなら、ぼくは何でもする!」
「カ、カイル」
 カイルに抱きしめられると、ジョウイは別人のようになった。
 さっきまでの傲慢でたけだけしい若者は、どこへ行ったのか。
 青い目に涙まで溜めているではないか。
 そしてそのかもし出す雰囲気は、どうみても、なよなよと、しなしなと女っぽいのだった。
 もと皇王ジョウイ、さすがに奥が深い男だ。
(こ、これでは斬れない……どうしたらいいんです、テオさま……)

「カイル……グレミオさんがぼくを楽にしてくれるんだ……放してよ」
「だめだよ!! もう放さないよ!」
「カイル……」
「ぼくが悪かったんだ。 ぼくが君をむりやり。 でもあれから、すごく苦しんだんだよ。だから、もう許してくれ」
「…………」
「君のためなら何でもする! ナナミとふたりで、絶対君を守ってみせる! だから!」
「そんな。許すなんて……ほんとうは、はじめから恨んでなんかいないよ」
「え?」
「ずっと、ずっと好きだったんだから」
「ジョウイ」
「でもぼくは、いろんな人を殺しちゃったし。 それに……」
 ジョウイは唇をきつく噛み締めていた。 その肩が震えていた。
「な、なに?」
「い、いろんなやつに、やられて……」
 ぶわっとジョウイの目から、大粒の涙があふれた。
 そしてそれは嗚咽に変わった。
「も、もう……ぼくは……君にふさわしくなんか……」
「ジョウイ!!」
「さ、さわると……よごれるよ……」
「君は汚れてなんかいない! ぼくが全部忘れさせてあげるよ。 幸せになろう」
「ああ、カイル」
「さあ、行こう。 ナナミが酢豚を作って待ってるよ。 にんじん抜きのね」
「うん……」
 カイルは、ジョウイの肩を抱いて立ちあがり、茫然と立ち尽くすグレミオに近づくと、瞬きの手鏡を取り出した。
「そういうわけなんで、よろしく。 すみませんが、この手鏡、レパントさんに返ししておいてください。 じゃ」
 そして、ふたりは仲むつまじく歩いていった。

 グレミオがわれに返ったのは、それからしばらくたってからのことだった。
 なにか背中がぞくぞくして、風邪を引いたような悪寒がする。
「見てはならないものを、見たのかもしれない……」
 手の中には、かつてお世話になった手鏡があった。
「坊っちゃん……すぐ帰りますからね」
 帰りに何か果物を買って帰ろう、とグレミオは心に決めていた。
 

まるで大衆演劇のようだ(涙)

そして坊っちゃんとグレさんは、ラダトで一泊vv「ラダトの吐息」へ。

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