東の拝殿 6

2006/09/10
王の言葉は戯言ではなかった。行いは無慈悲であり、形相も変わり果て、また王の荒い息も恐ろしかった。
(本当に鬼だ)
寂しい、慰めてくれ、と弱みを見せられ、幼い頃の愛称を呼ばれては、手向かいする気が失せるではないか。なんというずるい男なのだろう。

いつか視界がぼやけ、唇も痺れ、腰の感覚もなくなった。目の前に転がっている剣に気づいたが、手を伸ばす、という考えも浮かばなかった。
だが王は底意地悪く、その剣をデスモンドの手に握らせようとした。小役人は拳を硬く握り締め、剣を握ることを拒んだ。

「おれが憎くないのか?」
「私は姫を愛しています。姫の大切な父上を、王様を愛しています。だから、憎みません」
すると王は眉を上げた。険しい顔が少しだけ、優しくなった。
「フレアをあきらめるか? そうしたら引き立ててやろう……どうだ?」
「王、どうかわかってください。姫を幸せに出来る男は、群島の海で、いえ、世界中で、このわたしだけです」
デスモンド自身にも思いがけず、自信満々すぎる言葉が飛び出してしまった。極限の事態には、人間は思っていることしか言えないものだ。

王は一瞬動きを止めたが、次の一撃は怒りを表していた。
「強情な!」
王はそう叫ぶと、デスモンドの脚を肩に担ぎ、懐剣を突っ込んできた。
「あ、ぐっ!」
鞘は木製だった。何年か前に竜の彫刻を施してもらい、黒い漆で塗り上げた。太さは王のものほどではないが、硬さが違う。それでギリギリと回されたら、悶絶するしかなかった。
「リノさま、リノさま、痛い、痛い、痛い!」

王は体の動きを止め、小役人を見下ろしている。圧迫感はもうなかったので、剣は抜いてくれたらしかった。
だがそれ以上攻め立てることもせず、ただデスモンドの胸に顔を伏せ、黙って体を触っているだけだった。

しばらくしてデスモンドは、王の髪の中に指を入れてみた。見た目より柔らかい、しなやかな髪だった。
王は不思議そうに見下ろしてくる。
憎しみも恨みもないのは、不思議だった。額に張り付いた金髪に触れると、ぼたぼたと水滴が伝わってくる。水蒸気なのか、汗なのか、どちらなんだろう。とデスモンドはぼんやりと考えていた。



目を開けると、眠るリノ王が腕枕をしていれていた。
下半身には白い着物を掛けてくれていた。血や体液で土で汚れて、もはや白いともいえない着物だった。
枕元に、拝領の懐剣がきちんと置いてあった。
デスモンドは王の耳元でささやいた。

「いいんですか? そんなに隙を見せて」
だが、王の寝息は安らかなままだった。
小役人はもう王の眠りを妨げようとはしない。揺らめく灯りの下で、王を眺めた。眠っている王の顔は精悍で、美しい。
それでも、短い金髪には半分以上、銀色のものが混じっている。

日に焼けた胸板の盛り上がった肉の上に、古い傷や新しい傷が交差している。オベルと群島を守り続け、傷だらけになった漁師の体。

長い太腿は無防備に広げたままで、その間には例の一物が、取り忘れられた苦瓜のようにぶら下がっていた。
寂しい、慰めてくれ。そう王は口走ったが、あれが本音なのだろう。

「寂しいんですね」
デスモンドは弛緩した一物をそっと指先でつついた。
「ここが寂しいんですか、それとも心が寂しいんですか」
密に生えた金色の陰毛に混じり、銀色のものが見えた。
王も苦労しているのだ。金髪は変わりがないが、もしかしたら染めているのかもしれなかった。

デスモンドは顔を寄せて、その毛をそっと撫でた。柔らかい感触だった。すると王の手がデスモンドの頭にかかった。
「デス」
デスモンドは「はい」と答えたが、手は止めなかった。項垂れていた苦瓜が、更なる愛撫を求めて立ち上がるのを、手で慰め続けた。

王がため息をついて、頭に置いた手を肩まで這わせてきた。
「おれを恨んでいるだろう」
「ちっとも」
デスモンドは首を振り、白髪の混じる茂みに唇をつけ、舌を伸ばした。嫌悪感はなかった。

「デス。おれは昔、お前に手を出そうとした」
「また随分、昔のことをおっしゃる」
デスモンドは、くぐもった声で答えたが、王を慰める手は止めない。
「お酒に酔って、ふざけて、抱こうとなさったんですよ。私は子供で、ただ恐ろしかった。今夜もあなたが、恐ろしかった」

そういいながら、王のものを、少し強めに握ってやった。
「知らないものは恐ろしいけれど、知ってしまったら恐ろしくはない」

王は体を振るわせ、ため息をついた。王の一物から溢れた透明なものが糸を引き、デスモンドはその分泌液をそっと塗り広げ、愛撫を続けた。
「あなたが大事だし、好きですよ。姫の……次くらいにね……」
「デス、あの夜も、今夜のこれも戯れではない。おれは、お前が欲しかった。憎いわけではない」

デスモンドは微笑んだ。
そのときは、やはり憎かったのだろう。また、寂しかったというのも本当だろう。そして煩悩を吐き出して、ようやく人間に戻ってくれたのだろう。

「鬼退治はまだ終わっていません」
冗談めかしてそういった後、こういいなおした。
「ですが、私の鬼退治は、今夜限りです」

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