医師とその弟子前編
H12.07.02


午後七時すぎ、最後の患者が帰ってから、私はカルテを整理していた。
診察室の片づけを済ませたトウタが、私にこう言った。

「先生、ちょっと買い物に行ってきます……」
「ん?明日は早いんだよ、トウタ。早く休んだほうがいいよ」
「でも先生、洗面用具を買っておかないと。荷物にならない、小さいのが便利でしょ」
「あ、そうだったな。じゃ、頼むよ」
「行ってきます。あ、それからおやつも買ってきます」

遠足ではないのだが、たまの旅行なので、この子もうきうきしているのかもしれない。
たまには、こうして年相応の表情も見せてくれるのだ。
「おやつ、好きなのを買ってきていいよ」

急な旅行なので、少しばたばたするのはしかたがない。
それにしても、トウタは心配性だ。洗面用具ぐらい宿に備えつけてあるだろうが、まあいい。好きにさせておこう。
カルテの片づけを済ませて、ふっと息をついた。

疲れた。
私はメガネを外して、みけんを軽く押さえた。それから、何気なく頬に手をやった。
すこし頬の肉が落ちたような気がする。
疲れたというより、疲れている、というべきか。

そのときふいに、ドアが開く音がして、私は振りかえった。
急な患者か、と思ったのだが、そうではなかった。
あの、まがまがしい男がそこにいた。
所用で出かけたはずの、あの男が、張り紙を手にそこに立っていた。
「休診のお知らせ」をドアに貼っておいたのを、ちぎってきたのだ。

ミューズにいるんじゃなかったのか?

万事休すだ。
私は運が悪いのかもしれない。
とりあえず私は、あいそよく笑って立ちあがった。

「お帰りなさい、シュウどの!ミューズのご用はもうおすみですか?」

シュウの表情は険しかった。
「速攻ですませてきたのだ。これは、なんだ?」
「ああ、すみません。研究会に出席するので、私は2日間お休みをいただきます。サウスウィンドウから、留守番の医師が来ますので、診察のことはご心配なく」

シュウはその紙を床にひらりと落とした。それを踏みにじって、私のそばに寄ってきた。
「手回しがいいな、ホウアン先生」
「それは、患者さんに迷惑をかけるわけにはいきませんからね」

やつは聞いてなどいない。そのまま私の、すこしやつれたあごを捕らえた。
2センチの距離に、やつの顔があって、旅のせいか、すこし埃っぽい匂いがした。

「おれの許しなしにどこへ行くつもりだった?」
押し殺した声だった。
「……だから、研究会に……」
「場所を聞いているんだ、おれは」

やつは、私のあごを捕らえた手に、力を込めた。
当然のように、腕を私の腰に回して、強引に引き寄せる。
疲れているはずの私の体に、電流が流れた。
肌をざわめかせる感覚だった。私は、思わず腕を突っ張った。
本当は、突き飛ばしたい。こんな男の腕に反応してしまう自分もろとも。

「…………恩師が……リュウカン先生が、研究会を開くとおっしゃるので……それにぜひとも参加したいと思うのです。昔の仲間と情報交換もしたいし」
「どこでするのだ」

あごにやつの爪が食い込んできた。
この乱暴なふるまいが……すでにこいつの前戯なんだ。

「何度も言わせるな!!」
「グレッグミンスターです!」
悲鳴のような私の声を聞いて、シュウは苦笑した。
「やっぱりな」
「わずか2日です……急を要する患者はいませんし……なにかあればすぐに帰りますから」

説明しながら、半分涙声になってしまう。
私は自由なミューズの生まれ、籠の鳥のような生き方はまっぴらだ。

「どうしても行きたいか?」
「そ、それは……もちろんです。こんな機会はめったにない。私も医学を生業とするもののはしくれですから。少しずつでも新しい知識を……」
「ふん。素直になれ。あの男に会いに行きたいだけだろう、ホウアン」
「ちがいますよ、シュウどの」

シュウはにやりと笑った。こいつがこんなふうに笑うのは、怒っているときだ。
「どの男だ?おれは誰とも言ってないぞ」

こいつといると、私は調子が狂う。
こんなやつ、その気になればねじ伏せることもできたはずだ。戦場で、暴れ狂う傷病兵を押さえつけて、脚を切断するくらいの力はある私なのに。

それなのに、今日もまた食われるのか?
取り乱して、涙まで流して。

「素直になれば、考えてやらんこともない。認めろ。あの男にあいたいか」
「よしてください。私は遊びに行くわけでは……」
「グレミオに会いたいか?」
私は、怒り狂ったシュウを見つめた。
「……会いたいです……とても」
「やっと認めたな。強情なことだ」
「会いたいですが……そんな時間の余裕はないでしょう。とにかくこんな機会はめったにない。患者のためになることですから、許可してくださいますね」
「患者のため?自分のためだろう、すけべ医者め!」

シュウはすごい勢いで、私を床に引き倒し、馬乗りになった。
もどかしそうに、私の帯をとこうとしたが、うまくいかなかった。なんて不器用なやつだ。
そのうちにあきらめて襟を乱暴にはだけ、すそを広げ、下半身をあらわにした。
反射的に立ちあがってしまった私のナニを見て、やつは表情をやわらげた。
それはいい。いや、いいことはないのだが。
ほこりっぽい手で、私のデリケートなセガレをしごかないでほしい。炎症でも起こしたらどうしてくれるんだ?
それでも、やつの荒い息づかいは妙に官能的で、荒々しいあつかいも、今となっては認めざるを得ないのだが、けして嫌いではない。

「出国を許可する。可愛いお前のたのみだからな。惚れた弱みだ」
「……気色悪い冗談を言わないで下さい……シュウ、痛い……もうちょっと優しく」
「許可しよう。その前に……お前に種付けしておいてやる。それから……間違っても浮気なんかできないカラダにしといてやるよ」
「た、種付け……ば、ばかな……こと……」
「二度とおれから離れられないように。急いで帰ってきておれに尻を差し出すくらいに」
「ん……痛っ……噛まないで……」
断続的に肌に走るものを感じて、私は目を閉じた。

「あんな腰抜けのナマッチロイ男より、おれのほうがいいに決まってるんだ」
「グ、グレミオさんはこんなことはしません……」
「ほう……ではお前がタチを?似合わないな……先生はかわいいネコさんだろう?あ?」
※タチ=攻め。ネコ=受け。

私はだんだん腹が立ってきた。
「おれに尻を攻められて、いい声で鳴くネコさんじゃないか?そうだろ?」
「……シュウ、やめてください、下品な」
「ところで、先生……おれがいなくて、相当たまってたみたいだな、かわいそうに……」
「いいかげんにしてください!おとなしくきいていれば、勝手なことを!」
「ふふ……そんなきつい目もするのか、お前は」
「放して……ください!」
「そそる目だ、先生」

「先生、旅行用品買ってきました……!!」
最後のほうは、息を呑みこんだのがわかった。なんてことだ……。
トウタにこんな醜態をさらすなんて。床の上で、しかも、立ちあがった股間を晒したすがたで。

「お、いいところに助手が来た。おい、小僧。こっちにこい。有能な助手の、トウタ君、だったな。で、君は何を買ってきたのかな?」
「……せ、洗面用具です。石鹸とか、歯ブラシとか、剃刀とか……」
「ほう。気のきく子だ。石鹸と、剃刀を出せ」

私は飛びあがって叫んだ。
「なにをする気です、シュウ!止めてください、この子に罪はない!」
「この子には何もしない。この子には、な。安心しろ。さてトウタ君。ちょっと水を汲んできてくれ」
「は、はい?」
言われるままに、トウタはあわてて、洗面器に水を汲んで持ってきた。
「いい子だ。ついでに、刷毛はあるか?」
「ありますけど……何をするんですか?」
「石鹸を泡立てるんだよ」
黙ってトウタは、髭剃り用の刷毛を持って来て泡立てた。
「よし、おれにそれをかせ」
シュウは私の上にかがみこむと、ショックで萎えてしまった私の股間に、泡を塗り広げはじめた。
「ちょ、ちょっとシュウどの」
「動くな。服が汚れるだろ」
「何するんです。止めてくださ……いっ……」
「よそで変なことをできないようにしてあげるんだよ、先生」
「……や……あっ……」
なんてことだ……トウタの前で嬌声を上げてしまった。
冷静なシュウの声が響いた。
「トウタ、剃刀」
「……はい」
はい、って?トウタ、なにを素直に従ってるんだ?
「ナニは切らないように、きれいに剃り上げてくれ。後ろのほうもな。つるつるにしてやってくれるか」
「……わかりました」
「トウタ君?」
どうしてそんなに冷静なんだ、トウタ?
「先生、がまんしてください……」
そういうと、トウタは剃刀を手に私の横にかがみこんだ。青ざめてはいるが、冷静な表情だった。
「大丈夫、先生。心配しないで」
「ト、トウタ……」

トウタは私のことばには答えず、手術前にいつもしているように、あざやかな手つきで私の股間を剃り上げはじめた。
シュウは私のナニをつかんで、トウタが剃りやすいようによけてやったりしている。
それはいいのだが(よくないのだが)、微妙に握りこんだりするので、またナニが脈打ち、立ちあがりかけてしまう。ああ、気持ちいい……ではない、気持ち悪い。

「脚を広げてください、先生」
ちらっとトウタの顔を見て、はっとした。紅潮して、目が潤んでいるのはなぜだ?
困惑のあまり、私は膝を固くしていた。

「先生、お腹、真っ白だね……太腿も白くて、きれいなんだね」
「…………」
「……先生、脚、開いて」
トウタが、そっと私の膝に手を掛け、造作も無く押し広げた。

「医師とその弟子」後編へ


先生のお部屋へ戻る
幻水小説のお部屋へ戻る
トップへ戻る