不言実行1
そのミューズの医師は、三十過ぎという年齢よりは、かなり若く見えた。
童顔と言ってもいいかもしれない。
「はじめまして、ホウアンと申します」
ふっくらした頬と下がり加減の目が、この男をよくいえば親しみやすく、悪くいえば、間抜け面に見せていた。
ミューズで開業して、ずいぶん成功していたそうだが、こういう荒っぽい戦場で、使い物になるだろうか。
その医師の仕事ぶりを確認したくて、おれは診察室に向かった。
診察室といっても、広間の床に板を敷いて怪我人を収容した、いわゆる野戦病院だ。
なんとかソロン・ジーの軍を押し戻したが、こちらの怪我人も半端ではない。
水の魔法で直しきれない重症患者を、ここに収容してあった。
ホウアンは広間から少し離れた小部屋に、衛生兵といた。
たしか黄色い着物を着ていたはずだが、それは脱いで、動きやすそうな薄い着物に、割烹着のようなものを重ねていた。
髪は後ろで縛り上げ、白いスカーフを巻いて、まるでこれから料理でもするかのようないでたちだった。
どうやら素材は、テーブルに乗せられた兵士らしい。
右足が膨れ上がり、ズボンは股から切り落されていた。
おれを見て軽く会釈をし、テーブルに横たわった兵士を指差して、
「右足が壊疽を起こしかけていますが、すぐに切断すれば助かるかもしれません」
と説明してくれた。
「麻酔が効きにくい体質のようです、酒を飲みすぎるんでしょうね。かわいそうですがこのまま切断します」
それを聞いていた兵士が、突然暴れ始め、取り押さえようとした衛生兵を投げ飛ばしてしまった。
「おやおや。兵隊さん、死にたいんですか?せっかくここまで生き延びたのに」
ホウアンは冷静だった。
「脚を斬られるなんてまっぴらだ!このまま死なせてくれえ!」
「そうですか?でも脚一つで命が助かるんですよ。生きていればいいことも」
「いやだ!片足で何ができるって言うんだ!」
ホウアンは淡々と続けた。
「……壊疽で死ぬのって、半端じゃなく苦しいんですよ。これからどんどん辛くなりますよ。痛み止めも効かないくらいね……」
「……」
なんて男だ。患者を恐がらせてどうするんだ。
「まあどんな死に方も苦しいですが、体が膨れ上がって、そりゃあもう。生きながら、どんどん腐っていくわけですから。棺桶にも収まらないくらいになるでしょうね、ふふ」
「…………」
「なんなら、一思いに楽にしてさしあげてもいいですよ、兵隊さん」
かばんの中から、注射器を取り出した医師を見て、兵士は悲鳴を上げた。
「ひいっ……なんだ、それはっ」
ホウアンは、豊かな頬に笑みを浮かべた。
こいつ、楽しんでないか?
「安楽死用のお薬ですね。長く苦しまずに死ねますよ、でも一応は苦しいですから、死に顔はものすごくなりますが。特別に使ってあげましょうか」
「や、やめてくれっ」
「じゃあ、どうしたらいいですかね?自分で選んでください」
「た、助けてくれ……切ってくれ!」
「わかりました。最善を尽くしますから、あなたもがんばってください」
ショックを受けたためか、兵士はそれから、おとなしく消毒をされていた。気付の酒を含まされて、いよいよ斬るだんになり、衛生兵たちがおさえにかかると、医師はおれを振りかえった。
「すみませんが、ちょっと出ていてください」
有無を言わせぬ言い方だ。
部屋から出てまもなく、男の叫び声が2度ほど聞こえてきたが、それきりだった。
名医かどうかはわからないが、見かけより図太いことはわかった。
執務室に戻って数時間後、ビクトールが呼びに来た。
「すまないが、軍師さんよ」
「どうした?」
「先生なんだが、すごい勢いで仕事をしてくれたんだが。怪我人はこれで全部か、と聞いてきたんで、衛生兵が『牢に怪我をしたハイランド兵を収容してある』と教えたらしいんだ」
「ふむ」
「先生、そいつらも手当てするとおっしゃってる。どうしたもんだろうな。確かにほっとくのもどうかとは思うが」
「……」
「勝手にやっても、あとあと先生がやばいんじゃないかって思ってな。兵士らの手前もあるし」
要するに敵を手当てする許可を、おれに出せと言いに来たわけか。
「お前ならどうする、ビクトール。仲間を殺した敵だぞ」
「……だが捕虜だからな。あこぎなことはできないな」
「敵さんは十分あこぎだがな」
「それでもよ。最低限のことはしておかないと、後味悪いじゃないか、軍師さん」
「……」
まったく。どいつもこいつも甘い。
「わかった、ビクトール。おれが許す。目立たないようにやってくれと、先生に伝えてくれ」
夜、天幕で囲っただけの仮設風呂で、偶然、その童顔の医師に行きあわせた。
あの子供と、楽しそうにおしゃべりしながら歩いてくるさまは、仲の良い親子のようだ。
おれを見ると、ホウアンは会釈をした。
「今日は本当にありがとうございました。無理を、申しまして」
敵の捕虜を治療したことを言っているのだろう。
「こちらこそ礼をいわねばな。良く働いてくれた。これからも頼む」
もう一度会釈をして、ホウアンは後ろを向いた。
実は、こういう共同浴場は好きではない。
シャワーでもいいから、一人で体を洗いたいと思う。
しかもこの仮設風呂は、草の上に大きな風呂桶をおいただけのものだ。湯だけはどんどん沸かしてくれるが。
しかし医師はまったく無頓着らしく、黒い帯をといて、くるくる巻き始めた。子供に至っては、脱いだものをたたみもせずぽんぽん籠に放りこんで、医師に叱られている。
「おやおや、トウタ。ちゃんとたたまないとシワになるでしょう」
子供はそそくさと着物をたたんで、
「はやく入りましょうよ、先生」と急かした。風呂がそんなにうれしいのか。
やはり難民として苦労して、風呂も不自由する生活が続いたからだろうか。
「先に入っててくださいね。すぐに行きますからね」
医師はそういいながら、するっと着物を滑らせて脱いだ。
山吹色の着物の下には、絹ものとおぼしき、ごく淡い色の襦袢を重ねている。
リラックスできないのは、これも理由だ。他人の体つきが気になるのだ。
この小柄な男は、いったいどんなモチモノを持っているのか。
しかしじっと見るのははばかられ、おれは目をそらした。
「お先に」
眼鏡も外した医師が、おれの横をすり抜けて風呂に向かった。
手ぬぐいで前を隠した姿に、思わず瞠目した。
柔らかそうな……。
ホウアンの太腿は、夜目にも白かった。
その白磁のような太ももが、こんもりと丸く盛りあがった尻へと続いていた。
少し離れたところで体を洗いながら、かけ湯をするホウアンをひそかに観察した。
うっすらと脂が乗って、柔らかそうだが、弾力もあるに違いない。
その柔らかそうな太ももに歯を立てれば、さぞ甘い味がしそうだった。
そして、立ちあがって湯桶に入るときに見えた。
股間のものは慎ましやかな風情で脚のあいだに収まり、湯の熱のせいか、恥らうようなピンク色になっていた。
い、いかん。鑑賞しているうちに、腰に来てしまったではないか。落ち着かなければ。
おれはざっと体を流すと、前を隠してこそこそと風呂につかった。
こういうことがあるから、共同浴場は困る。
「ふう……生き返りますよ」
なにやらオヤジ臭いため息をついて、医師は目を閉じている。
「いや、まったく」
おれもオヤジ臭く返事をした。
至近距離からいやらしい目で見られていることを知れば、おちおち温まってもいられまい。
だがホウアンは、視線に気づかぬ様子で、無防備に湯から上がり体を洗い始めた。
おれも多少離れたところでせっけんをあわ立てていたのだが、ふと若い弟子がおれとホウアンのあいだに割って入った。
若い弟子は当然のように、ホウアンの背中を流している。気に食わん。
それもえらく時間をかけている。なんだ、このガキは。
ちらちらと視線を送っていると、そのガキと目があった。
大きな目が、妙に挑戦的だ……こんなガキが、おれの深遠な意図?に気づいているはずがないのだが。
それ以上は鑑賞することもままならず、おれはおとなしく風呂を使った。
不言実行2へ続くv
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