家出娘3
 
 
なぜか眠れないまま、朝が来た。お姫様はまだ起きてこない。妙に胸騒ぎのする朝だった。
その日の朝飯は、昨日のカニを入れた雑炊だが、それに野生のハーブを細かく刻んで入れ、適当に塩で味をつけた。
「こんなもんだろ」
それにしても変だ。デスモンドはおれとフレアさんを結婚させたいはずだ。なんでラインバッハさんが出てくるんだろう? それでフレアはそれを嫌がって家出し、偶然飛び乗った船がここに来た。出来すぎじゃないかと思うくらいだ。

しばらくして起きてきたフレアは、申し訳なさそうにしていた。
「ごめんなさいね、イリス。寝坊してしまったわ」
そして用意した雑炊をうまそうに平らげると、「洗うのは私が」といって海へ向かった。
二人で食器を洗ってしまうと、何もすることがない。することが考え付かなかった。
女の人が喜びそうなところといっても、思いつかない。釣りなんて興味ないだろうし。
するとフレアは、思い出したように言い出した。
「朝、雑炊に入っていたハーブ、いいにおいだったわ。イリスが育てたの?」
「いや、ちょっと丘を上ったところにいくらでも生えてるんだ」
「まあ。ぜひ見てみたいわね」
おれは心底ほっとした。
「案内するよ」


おれたちは丘に上り、籠に一杯のハーブを摘んだ。それから、フレアは小さな椰子の実を器用に矢で射落とした。
小高い丘からは海が見渡せる。フレアは水平線を見つめていた。そのようすは気のせいか心細そうで、海の青さに見とれているというより、船の影でも見えないか探しているように見えた。

海岸に戻って椰子の実を割り、中の果汁をカップに開けた。
摘んできたハーブは、レモンのような涼しい匂いがするので、それも少し足し、日陰で休んでいたフレアに差し出した。
フレアはそれを飲み干し「おいしかったわ」と言ったが、かなり顔色が悪いのが気になった。やっぱり黙って出てきたのが気になるのだろう。
しばらくして彼女は、「ちょっと部屋を貸してね」と言って小屋に入っていった。

それから、1分も経っていなかったと思う。
「キャアアア!」
フレアの悲鳴が聞こえてきて、飛び上がった。
「どうしたっ!」
不用意に飛び込んで行ったおれが見たのは、上半身が真っ裸のお姫様だった。おれは仰天して後ろを向いたが、遅かった。
「ごめんっ。見てないからっ」
それは、大嘘だ。しっかり記憶に残ってしまっていた。イルヤ島名物の、特大の桃饅頭を二つ並べたような……。思い出すなといっても無理だった。

だがフレアにとっては、それどころではなかったのだ。彼女は、虫、虫と叫んでいた。
「髪に毛虫が! 背中にも毛虫が!! お願い、取って! 私、虫はだめなのっ」
「わかったから、取るから、服を着てくれ」
「いやっ。服にも虫がついてるかもしれないものっ」
こういう場合はしかたない、勇気を出して振り返った。フレアは胸を抱えたまま、丸くうずくまっていた。「髪の中に毛虫がいる」と彼女は言った。髪を掻き分けて探すと、大きな毛虫がフレアの肩に落ちた。フレアがまた悲鳴を上げたので、すばやくそいつを払いのけて、足でつぶした。

それは、いかにも嫌らしい、黒と黄色の毛虫だった。長さは8センチ、毛の長さは1センチもあった。それより、フレアの背中が、真っ赤に腫れはじめているのが気になる。
「効くかどうかわからないけど」
おれは傷薬をポケットからだして、フレアの背中と首に塗ってやった。
フレアの髪からは、甘い花のような匂いがしていた。背中のかぶれていないところは、あのスノウと同じくらい白い。
誘ってるような淫らな背中だった。きっと胸のあたりも、赤くかぶれているに違いない。あの、イルヤ名物の特大桃饅頭みたいな……。

おれはあわてて頭を振り、頬をパンと叩いた。こんなときに変な気持ちを起こしては駄目だ。とっさの判断で、大きなタオルを持ってきて、フレアの肩にかけてやった。フレアは力なく項垂れていた。気分も悪かったのかもしれない。
「……イリス、本当にごめんなさい。大騒ぎして」
頬も、なんとなく腫れてきたようだった。ということは傷薬では効いていないのだ。とにかく毛虫の毒を洗い落とす必要がありそうだ。洗い落とすには、海の水だろうか。いや、それより温泉だ。
「ねえ、フレア」
おれは、フレアの背中に声を掛けた。
「この先に洞窟があるんだけど、そこの奥に温泉がある。温泉に入れば少しマシになるかもしれないよ」


家出娘4

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