片恋騎士団 1



火災から一週間を過ぎて、瓦礫はもう熱を持ってはいなかった。
「気をつけろよ、足元が悪いから」
ケネスはスノウに注意を促し、焼け跡に入っていく。かつて瀟洒さを誇った屋敷は、わずかな基礎部分を残して焼け落ち、廃墟となっていた。
スノウは瓦礫の山を見て「全部焼けちゃったんだね」とつぶやいた。
ケネスは「ああ。だけどその前に略奪にあって、何もかもなくなっていたらしい」と答えたが、慰めにもなりそうになかった。

略奪にあった、というのは婉曲的な表現だ。略奪をしたのはラズリル市民というのは公然たる秘密だった。
屋敷を接収して使っていたクールーク軍が去った後、一部の市民が屋敷に押し入り、中のものを根こそぎ持っていったらしい。

始めは夜にまぎれて、やがておおっぴらに昼間から家具や衣類を持ち出す。そしてそれを止めるものもなかった。盗人は誰一人、罰せられることはなかった。
スノウがラズリルに戻ってきたとき、屋敷に入ることは許されなかったが、その時点で内部の調度品一切は既になくなっていたという。
戦争が終わった時点で、屋敷はラズリル市民評議会の所有物になっていた。評議会は屋敷を改装して、会議場や集会所として使う心積もりをしていた。しかし館はそれを拒むように火事になり、燃え落ちた。酔っ払いの火の不始末という。


スノウは、火災の数日後、屋敷跡に入ることを許された。評議会に許可を取り付けたのもケネスなら、しぶるスノウを引っ張っていったのもケネスだった。
跡地がすっかり更地になる前に、スノウに見せておかねばならないと思ったのだった。

「広かったんだ、うちって」
焼け跡を見たスノウは、落胆するでもなく興奮するでもない、ケネスが拍子抜けするほど淡々としていた。ケネスは、静かに歩くスノウの後を、ただ黙ってついていけばよかった。
「この辺が、ぼくの部屋のあった辺りかな」
ケネスの目にはもちろん、瓦礫の山にしか見えない。
「ここが居間だったところ、ここが台所だったところ」

スノウのほっそりした背中に、冬の午後の日差しが当たっていた。背中がふと丸くなったように見えたと思うと、その場に座り込み、何かを拾い上げている。
「何か見つけたのか?」
スノウは、焼け焦げた石のかけらをケネスに示した。石は割れており、その割れ目から美しい青い模様が現れた。
「パイプだよ。多分。父はこれがとてもお気に入りで……お酒を飲みながら、まるで煙突みたいで……」
スノウの言葉は途中で途切れたが、次に顔を上げたときはかすかに笑顔を浮かべていた。

「ありがとう、ケネス。おかげで形見ができたよ」
「よせ、お前のおやじさんは死んだわけじゃないぞ。ただ行方が知れないだけだ」
「ケネスは優しいね。だけどもういいんだ。覚悟は、できてるんだ」

スノウは、今度ははっきりと笑顔になる。苦しい生活の中でいつのまにか身に着けたのだろう。このラズリルの町で彼を守るのは、この魅力的な笑顔だけなのだろう。
だが、こんなときまで笑うことはない。
(きっとこいつは、部屋に帰ってから一人で泣くんだ)
ケネスは必死に言葉を探した。たった一人ではないとわからせるには、なんと言ってやればいいのか。

昔、ケネスの父が戦死し、葬式が済んですぐに、知らない人がやってきて、ケネスと母を家から追い出した。花のように美しい街の人の心は、氷のようだった。
病弱だった母を亡くして本当に一人になったとき、手を差し伸べてくれたのはラズリルの騎士団だった。
今目の前にいるのは、自分より大柄な青年で、かつての自分のような幼い孤児ではない。それでも昔、誰かに言ってほしかった言葉を、ケネスはスノウに向かって口走ったのだった。
「スノウ、おれがついてるから!」
友人は少し驚いたように、目を見開いて、しばらくしてうつむき、「ありがとう」と答えた。


屋敷をあとにしたときは、遅い午後になっていた。ケネスはスノウと肩を並べて、柔らかい光が差す石畳の道を歩いていた。
気の早いどこかの主婦が、夕餉の支度をする香りが漂ってくる。先日から吹いていた強い風は、すっかり止んでいた。

スノウがふとつぶやいた。
「いい匂いだね。魚のスープ、かな?」
沈黙が苦しくなっていたケネスは、内心ほっとして話を合わせた。
「そうかもな。そうだ、そろそろ腹が減っただろ。ちょっと早いけど晩飯一緒にどうだ。今日はおれがおごらせてくれ」
スノウは拒まなかった。
「じゃあ、あれ」

指差す先に人がたむろして、焼いた魚や貝を立ち食いしている。
港の近くにはよく、こういう屋台が出ているのだ。魚と一緒に、熱いワインも供される。ラズリル庶民の冬の味覚だった。
「一度食べてみたかったけど、一人じゃちょっと、ね」
「よし、行こう」
二人は早足で屋台に歩いていった。


片恋騎士団 2

ゲンスイ4インデックス

付き人の恋 トップページ