片恋騎士団  3                 2006-02-04


霧の残る船着場では、人影もまばらだった。
そのまばらな人影の中に、彫像のように動かないスノウの姿があった。
(まさか……おれを待っていた?)
ケネスがこの日帰ってくることは、知らせてはいなかった。それなのに、ケネスは少しだけ期待してしまったのだった。

ケネスは友人のほうへ近づいていったが、すぐ近くに寄ってもスノウは、妙に空ろな表情で、どこか遠くを眺めている様子だった。
「どうした、スノウ。早いな」
友人ははっとした顔になったが、すぐに「ああ……おかえり。疲れたろ」とつぶやいた。だがその声には、かすかに落胆の響きが混じっていた。
「朝早くからどうした? 散歩か?」
するとスノウは、「そ、そんなとこだ」と答えつつ、未練がましく港を眺める。

「誰かを待っていたのか?」
そのときのスノウの表情の変わりようといったら、見ものだった。昔からこの坊ちゃんは、感情を胸に収めておくということが、一切できないのだ。
「いや、待ってるとかじゃないんだけど。無人島からの船が昨日、ここに着くはずだったんだ。て、手紙にさ、来るって書いてあったんだ。ケネスにも会いたがってたんだよ。それで船は着いたんだけどイリスは乗ってなくて……」
その声は次第に小さくなり、しまいに黙り込んでしまった。

「船の予定が多少変わることは、よくあることだろ? 天候が悪くて出られないのかもしれないぞ」と慰めながらも、ケネスは妙に嫌な気分になっていた。
こんなスノウは見たくないのだった。
スノウが、イリスを夜通し待っていた。そして朝になっても、まだ待っている。待ちぼうけを食らわせた相手に腹を立てるでもない、焦がれるような、物欲しげにとしかいえない表情を浮かべて、霧の残る港を見つめている。

(おれのためにだったら、夜通し待ってくれたりはしないんだ。)
そう思うと、胸のどこかがチリチリと焦げ付くようだった。
「船が入ったら知らせてやろうか?」
スノウはさすがに恥ずかしくなったようで、ようやく背筋を伸ばした。
「……いいよ、忙しいのに。イリスも忙しいんだろう。ま、来たけりゃ来るさ」
そんな強がりを言いながら、街へ向かって歩いていこうとする。

「おい、スノウ、待てよ。お土産があるんだ」
ケネスは急いで荷物を降ろし、一番上においてあった絵皿を取り出した。
「ミドルポートで見つけた。盗品だからって取り上げてきたんだ」
木箱に入れた絵皿を、スノウの手に押し付けた。
「これは?」
「絵皿だ。割れ物だ、落とすなよ。じゃ、ちゃんと寝ろよ、スノウ」
ケネスは言いたいことを言うと、スノウが何か言う前に、その場を立ち去った。
冷静さを装ってはいるが、それ以上とどまっていると、何かひどいことを言いそうだった。



その日の夕方遅く、スノウが海上騎士団の館にやってきた。
騎士団の館などに訪問するのは、ひどく勇気の要ることだったに違いない。ホールで待たされていた彼は、ケネスを見てほっとしたような顔になった。
「ああ、ケネス。お礼を言いに来たんだ。もしよかったらだけど、仕事終わったら、どこかで一杯……」
ケネスは皆まで言わせなかった。
「仕事ならもう終わったよ。行こうか」
そして驚くスノウをひっさらうように、ラズリルの市街地へと歩いていった。

二人は、居酒屋で肉の串焼きをぱくつきながら、少々強い、船乗りが好む酒を飲んだ。スノウは白い頬を赤くして、何度も礼を言った。
「本当にうれしかったよ。あの絵皿は、ぼくも初めて見たものなんだ。多分父がしまいこんでたんだと思うけど」
スノウはそう言い、ケネスのグラスに酒を注いだ。
「だんだん出てくるかもしれないな、ああいう盗品の出物がさ。これからも、お前ン家から盗まれたものを見つけたら、取り上げて来てやる。お前の狭い部屋を一杯にしてやってもいいぞ!」
スノウは「それは困る。寝るところがなくなっちゃうよ」と笑った。

「ケネス、無理しないで。思い出は、あの絵皿だけで十分なんだ。あれを見て母の顔も思い出した。父も生きてるような気がしてきたし、なんだか……両親に見守られてるような気がするんだ」
ケネスはそんなスノウを見ながら、(こいつがこんな風に、弱いところを見せられるのはおれだけだ。心を倒しそうになるのを支えてやれるのは、おれだけだ)と思った。

それは、けして悪い気分ではなかった。
「伯爵だけど、なんとかして探してみようか?」
すると、スノウは赤くなった。
「いや、この年で親が恋しいとかじゃないんだ。誤解しないでくれたまえ。父も年だし、心配ではあるけど」
「わかってるって、スノウ」
そのとき、居酒屋の一角でにぎやかに音楽と、踊りが始まった。ケネスは酒の勢いも借りて、「おれだって、スノウを見守ってるぞ」と口走った。
その言葉は喧騒にかき消されて、スノウには届かなかったらしく、「なんだって?」と笑って聞き返されただけだった。


数日後の午後、この冬一番の寒さという午後だった。ケネスは船着場にいた。
訓練船が傷んだため、出入りの船大工に修理を頼んでいたのだが、一ヶ月ぶりに修理が終わったというので、港に確認に来たのだった。
実戦用の船と比べ、何かと後回しにされがちな訓練船は、かなり痛んでいた。戻ってきたのを見ると、見違えるようにきれいになっている。船大工はいい仕事をしてくれたのだ。
ケネスは修繕箇所を厳しく確かめ、チェックをしていく。船大工を信頼しないではないが、記録はかならず残しておかねばならない。これも、ラズリルの市民評議会に報告をするためだ。

「痛んでいたのは外だけで、骨組みはしっかりしているが、なにせ古い木造船ですからね。これから5年先を目処に、買いかえることを考えといたほうが、いいかと思いますぜ」
「……うむ。訓練船もご老体だからな。そのときは、ぜいぜい勉強してくれよ」

そう思いながら、ケネスは(彼はいい船大工だが、ためしに、別のところからも見積りさせてみるか。そうだ。トーブにも相談してみよう)と考えていた。
品質を落とさず価格を下げるには、競争させるのが一番だ。
(海上騎士団の船を造ったといえば、船大工にハクがつくはずだ。多少儲けが減っても文句は言うまい)
以前は、海上騎士団には伯爵家というパトロンがいた。今は、ラズリル市民からの寄付でかつかつ運営されており、無駄金を使う余裕はない。
ケネスの頭の中は、早くも、訓練船のための資金計画をめぐらしていた。

そのとき、港のほうで騒ぎが起こった。
「しつっこいな、もう船は満杯だ。帰れ!」
穏やかではない言い方だった。思わずそちらのほうに目をやると、スノウが大きな荷物を抱えて、必死の表情で訴えていた。
「頼む、乗せてくれ。甲板の隅でいいんだ」
「くどい!」
スノウが乗せてくれと頼んでいるのは貨物船だが、安い運賃で乗客も乗せている。ただ航海中のサービスは非常に悪い代わりに、船賃は安い。
必死で書き口説いている相手は、この船の船長のようだった。船長ははしごの前に立ちはだかり、スノウを怒鳴りつけた。
「どうしてもっていうんなら、10万ポッチ出せ。それなら乗せてやってもいい」

スノウは絶句した。
「薬を買っちゃったんで、持ち合わせはそんなにないんだ。だけど、イリス島までたしか、2千ポッチだって聞いたんだ」
すると、
「フィンガーフートの若様が、金を出せないってのか? 落ちたもんだな」
スノウはぐっと詰まったが、船長の挑発には乗らなかった。
「甲板磨きでも、荷物運びでも、何でもするから、船に乗せてくれないだろうか?」

ケネスはついに見かねて「おい、どうした?」と尋ねると、スノウは泣きそうな顔になった。
「ケネス。助けてくれ。イリスの島が大変らしいんだ」
「大変、とは?」
「昨日、道具屋で聞いたんだ。今、無人島に特効薬を持って行ったら、儲かるよって。よくわからない病気が流行って、大勢死んでるっていうんだ! 悪くすると全滅だって、だからありったけのお金で特効薬を……」
スノウは言葉につまり、荷物をきつく抱きしめている。

船長はそれを鼻で笑った。見たところラズリルの人間のようだった。そしてスノウを罵っていた割には、騎士団の副団長であるケネスには敬意を払い、深く一礼をした。
ケネスが問い詰めた。
「船長、そんな病気の流行しているところへ、客を積んだ船を出すのか? 危険じゃないのか」
すると船長は手を振った。
「流行る病気じゃない。あの辺一帯、魚が猛毒を持ったらしい。あちこちドンパチやったから、海も怒ったのさ。それを食った住民がやられてる。あっちは魚しか食うものないからな」
スノウが叫んだ。
「だからイリスも来られなかったんだ! きっと寝込んでるに違いなんだ! 土下座でも何でもするから、船に乗せてくれ!」
船長はスノウをちらりと見たが、さすがに土下座しろとは言わなかった。
ケネスは船長に向き直り、真剣にかき口説いた。

「船長。スノウは、確かにラズリルを裏切った。大きな罪だったが、許されてこの島に住んでいる。それは市民の合意でなされたことだ。ここはひとつ、怒りを納めて、大きな心で彼を船に乗せてくれないか?
「もちろん、これはあなたの船だ。客を選ぶ権利はあなたにある。だが、クールークとの決戦で、おれたちが、どんなにスノウに助けられたか、いくら言っても言い尽くせないのだ。あの場所に居たら、あなただって、彼を許しただろうと思う」

船長は困惑の表情を浮かべた。騎士団の副団長相手では、失礼な態度も取れないらしい。だがスノウに対する嫌悪感が勝っているのか、「乗れ」とは言ってくれない。

「船長、イリスはスノウの親友なんだ。あなたも、親友が病気かもしれないと思ったら心配だろう? それにスノウは腕が立つ。航海中、何かあったら頼りになるぞ」

ケネスはついには、「どうか、ここは船に乗せてやってくれ。頼む」と深く頭を下げた。
船長は、「わかったよ……あんたの顔を立てる。顔を上げてくれ、ケネス」としぶしぶ船に乗ることを了承してくれた。

スノウはひどく喜び、喜びのあまり度を失ったのだろう。
「ありがとう、ケネス!」と抱きつき、両頬に何度もキスをした。
ケネスが何か言う前に、荷物を引っさげて、飛ぶように船に駆け上がって行った。

片恋騎士団 4



ゲンスイ4インデックス

付き人の恋 トップページ