Missing 12                        2007-04-28

枯れた林を抜けたところに、石造りの家があった。家の前には草が生え、煙突からも煙は出ていない。空き家のように見えた。想像通り、屋根は半分落ちている。
それでも、野宿より少しはましかもしれなかった。
その空き家で一晩を過ごすことにして、火をおこしたとき、不意に足音が近づいてきた。
「消せ!」
とっさにイリスが叫んだ。アカギは慌てて足で火を消した。
足音が近づいてくる。しばらくして足音が止まった。
「誰かいるのかい?」
ケネスが叫んだ。
「旅の商人です、一晩、この空き家をお借りしたい」
しばらく沈黙があってから、戸口に老人が顔をのぞかせた。
「おやまあ。水浸しじゃないか」
そういうとフードを被りなおした。
「ついておいで、若いの。屋根のあるところに泊めてやろう

夕暮れの中に集落が見えた。その中央には高く、石造りの丸い塔がそびえている。
鐘が響いていたが、やがて鳴り止んだ。老人の妻は何も聞かず、茹でた芋とスープを供してくれた。
その後、与えられたのは飼い葉の小屋だった。隣の馬小屋から臭いがしたが、贅沢はいえない。野宿と比べたら、居心地は、比べ物にならないほど良い。

「親切過ぎ、なんじゃねえか?」
しばらくして、アカギが呟いた。イリスも案じていたことだった。見ず知らずの旅人に、親切心だけで世話をするだろうか。
ケネスは小屋の隅の跳ね上げ窓に近づき、中から押して、開くことを確かめた。
「万一閉じ込められても、ここから逃げられるな」
イリスは特効薬を掴み、立ち上がった。
「どこへ行く?」
「爺さんと話をしてくる。何か企んでるのなら、顔に出るだろう?」
様子を見てくるのは、少年に見えるイリスが最も適任だからだった。

家のドアをそっと叩くと、老人が顔を出した。白いヒゲにはビールの泡がついている。白い顔は上機嫌に赤らんでいた。
「どうした、坊主。追い出されたか? 一緒にビールはどうだ……というわけにはいかんか」
「これをお礼に渡してくるようにって」
老人は首を振って、受け取ろうとしない。
「いいんだよ。これは商売道具だろうが」

横から老婆が手を出して来るまで、押し問答が続いた。後から婆さんが怒鳴った。
「貰っときゃいいんだよ、爺さん。でないと、この子が兄さんたちに叱られるだろ?」
そういう老婆も、ビールで赤い顔をしている。
「どうしてそんなに親切にしてくれるんですか? おれたちが盗賊だったら、なんて思わないんですか?」

すると老人は笑い出した。
「おお、そりゃ大変だ。だが『奴ら』より恐ろしい盗賊はない。それに、ウチは何も盗むものはないよ。だから、妙に気を回さんでいい……よけいなことは考えず、さっさと寝なさい」
老婆は戻ってきて、干したリンゴを一袋、イリスに押し付けた。
「明日の朝、薪割りしてくれおくれ。そしたらお弁当を作ってやるから。早起きしなよ。それでチャラさ」
イリスは飼い葉小屋に戻ってくると、「何も疑わしいところがないが、念のため交代で番をしよう」と提案した。



イリスは仲間たちの寝息を聞きながら、スノウのことを思っていた。
窓をそっと押し上げると、冷気が吹き込んでくる。老人の家の窓が、月に白く輝いていた。
(スノウ)
ケンカは些細なことが原因だった。それからスノウからの連絡が途絶えた。手紙をよく寄越すスノウが、全く手紙を書いてこないことに、不安になった。
だがスノウも、手紙を待っていたという。
(おれは馬鹿だ)
頭の芯がじんと痛んだ。
どうして自分から手紙を書かなかったのだろう。それより、何故、会いに行かなかったのか。ただ待っているうちに、取り返しのつかないことになったのではないか。

窓を静かに下ろしたときに、ドアを叩く音があった。
それから、飼い葉小屋のドアがそっと開いた。老人のうろたえた声がする。
「おい、起きてくれ。大変なことになった」
イリスは飛び起きた。
「どうしたんです」
「『やつら』が来る、国境の守備隊がやられた。隣村が略奪されているらしい」
「え?」
「つぎはこの村に来る!」
爺さんがそういうと、「教会の塔に登れ。もう婆さんも行ってるんだ。神様が守ってくださる。早く、あんたらもおいで、わしはその辺に触れ回ってから行く」
イリスが「『やつら』って誰だ?」と叫ぶと、「異教徒に決まってるだろう!」と叫び返された。

仲間たちは、既に起きていた。たたき起こすまでもない。だが3人は塔には行かず、そのまま村を脱出した。西から何かが来るのなら、東へ逃げるまでである。
まもなく村を遠く望む、山の上に居た。
平地の国には珍しい、小高い丘の上である。そこから見ると、確かに西のほうに、燃える火が見えた。
光の列が移動するのが見える。松明を持った兵士だろう。
遠くからでも甲冑の音が聞こえる。
集落の、あの塔にも明かりがついていた。
その様を見ていると、頭の芯がぐらぐらした。今からあの村は焼かれる。守備隊は居ない。戦えるものがいる様子もない。

「異教徒といったな」
ケネスが苦しそうに言った。
「神様が助けてくれる、か。礼拝所の塔に集まるなんて、殺してくれというようなもんだ。気の毒だが仕方ない、おれたち3人だけじゃ、何も出来ない」
その通りだった。

しばらくすると、村の前で松明が並ぶのが見えた。自分に出来ることは何もない。たった3人で、大勢の軍勢に立ち向かって、あの集落を守ることなど、不可能だ。
罰の紋章を使わない限り。
(そんな暇はない、あんな村に、構っている暇はないんだ)
自分にはスノウを連れ戻すという目的がある。

老人の村はまだ無傷だ。しかし、あと数刻のうちに地獄が起きるのだ。村人が逃げ込んだあの塔の下に、兵士らが飼い葉を詰め込んで、火で燻すだろう。小さな窓に向かって火矢を打ち込むだろう。
煙に追われた人間が、窓から飛び降りる。まるで手に取るように分かる。

助けられる。
兵隊の松明の列に、罰の紋章をぶっ放せば。
(おれはスノウのことで手一杯だ。)
イリスは手のひらを押さえた。そこは既に熱を持ち、発動寸前になっていた。

(落ち着くのだ。おれには何も出来ない!!)
「イリス! 何をする気だ!」
後からケネスが叫び、イリスの腕を掴んだ。手の甲は剥き出しだ。いつ手袋を外したかも記憶がない。日焼けしていない手の甲に、罰と赦しの紋章が赤黒く浮き出ている。

次の瞬間、腹部に衝撃を受けた。
「すまねえ……」
アカギの声が、頭上から聞こえてきたが、後は何も分からなくなった。


Missing 13

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