Missing 18 
(ヴィンスが公爵を、愛している?)
ディルにとってはもっとも気持ちの悪い冗談だった。罰の紋章を使って、公爵を自滅させようと企んだ、そのはかりごとのパートナー。この世でいちばん公爵を憎んでいる男が、当初の企みを突き抜けたところに走り去ろうとしている。
こんな茶番は、2人の計画ではない。
(いったい何を考えているんだ)
公爵の天幕に飛び込むと、公爵が立っていた。
「何を血相を変えている、ディル」
フィンガーフートの跡取りは「爆音がしたので」とあえいだ。公爵は不審そうに眉をひそめた。
「音くらい珍しくもないだろう、お前らしくない」
「申しわけありません。弟が心配で」
後ろに控えるヴィンスが、ディルに向かって慇懃に頭を下げた。
「ご心配頂き有難うございます」
他人行儀そのものだった。
ディルは顔が引きつりそうなのを、「弟をねぎらってやりたいのです」と言い訳をして、ヴィンスだけを天蓋から連れ出した。
「よくやった、わが弟!」
ディルは大げさに叫ぶとヴィンスの肩を抱き寄せ、「何を考えているんだ」と囁いた。
「ろくなことは考えていませんよ。下手に策士のあなたと同じです」
義弟は微笑みながら、ディルの手を掴み、自分の股間に押し当てた。ディルは息を呑んだ。
「寒い日には、いい感じに古傷が痛んで最高ですよ。こんなに私を愛してくれた、公爵様が愛しくてなりません」
ディルは唇をかみ締めた。
公爵は、寵愛する子どもが、ごつごつした大人になっていくのが、何よりも嫌だった。
それを防ごうと、お気に入りの子ほど去勢してしまうのだが、しかし自然の摂理はどうしようもない。少年が大人になるのを止めることはできない。
「もう私を自由にしてくれませんか、フィンガーフートの若様」
「自由になって、また籠の中に戻るのか。そんなところに自由も、幸せもない。わかってるだろう」
ヴィンスは目を冷たく細めた。
「つまらないことを言ってないで、早くラズリルにでも逃げなさい」

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旅人は、イワドリで遠出をするのは大好きだった。空はどんなものからも自由だし、何しろ面倒な国境がない。

海上騎士団にいた頃、マストの上がお気に入りの場所だった。イワドリに乗って、空を行くのもまた大好きだった。

群れの先頭を行く強いイワドリは、ケネスが大切に育てた鳥だった。
一度、森の中で、子供に見つかった。耳の長い、鮮やかな金髪の旅人を見て、子供は「妖精さん」と叫んだ。

「私を見たこと、誰にも言わないでね」と口止めすると、子供はおとなしく帰っていったが、しばらくすると干した果物とパンを持ってきた。親に黙って持ってきたので、あとで問い詰められることだろう。
異国の子供の贈り物をポシェットに入れると、娘はゆっくり立ち上がった。子供でも、人間に見られた以上、長居は無用だ。もう少し鳥の羽を休めたかったが、何しろ目的地は、もうすぐだ。
「さあ、トリさん。行きましょう」
娘は、先頭を行くイワドリの背中を撫でた。イワドリは自慢の翼を広げてみせた。



夕方、ケネスは、匿われていた修道院の庭で、ロバにえさをやっていた。イリスが姿を消した今、ここに留まるべきか、探しに行くべきか判断がつかなかったからだ。アカギは不機嫌に黙り込み、武器を磨いている。すぐにでも塀を飛び越えて、イリスを探しに行きたいのに、止められたので機嫌が悪いのだ。
ケネスは頭を掻き毟った。ひとりで出かけてしまったイリスに、深い考えがあったとは思えない。
このガイエンの大地には、群島の男を阿呆にする磁場でもあるのだろうか。ケネスですら、考えがまとまらないのはどうしたことか。

「ケネス! 助けにきたわ!」
上空から、誰かに呼ばれたような気がした。見上げたとたん、巨大な鳥の姿が目に入った。鳥はエサを見つけたというように、ケネスの肩を掴み、飛び上がった。修道院の高い塔がはるか下界に見えた。そうしてつかまれたまま、空中散歩の末に、干草の山の中に落とされた。

ポーラは、まだイワドリの背から見下ろしながら、「平気な顔をしているのが気にいらないですね」と言い放った。気が強い娘である。だが長い耳が真っ赤になっている。非常に怒っているらしかった。

「平気なもんか。あやうくチビりそうになったぞ」
「じゃあ許してあげます」
ポーラは、ようやくイワドリの背から降りてくる。彼女はひとりで、たくましいイワドリを5羽も連れていた。明らかに無茶だった。
「ジュエルは、一緒じゃないのか?」
「スノウの果樹園をみています。私はカタリナ団長にお願いされて来たんです」
「団長は元気か」
「副団長が脱走したんですよ、元気なはずありません。これは、カタリナさんからの伝言です」
ポーラはそう言うなり、白い手を振り上げた。あ、殴られる、とケネスは思った。避けられたが、避けてはいけない気がした。
頬が音を立てて、じんとした熱い感触が残った。生まれて初めて女に頬をぶたれた。それはとても不思議な感じだった。

しとやかだが勝気なポーラが、目に涙を溜めているのも、驚きだった。
「副団長が持ち場を放り出して、何を考えてるの」
「す、すまない」
「どんなに心配したか」
ケネスはポーラを必死になだめながら、(この尻に敷かれる)という妙な言葉が浮かんでくるのを、止めることができなかった。

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2008/8/17
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