Missing 2
2006/11/16


家に帰り着くとすぐ火を起こして、受け取った手紙を裏返してみた。

封筒は赤い蜜蝋で封をされていた。几帳面に丸い形に垂らした印蝋には、花の文様が型押しされていた。
一見、百合の花をあしらったように見えるそれは、毒薬にも薬にもなる、ジギタリスの花だ。かつてフィンガーフート家の家紋だった。
スノウの父は手紙の封をするとき、異国の香を練りこんだ蝋をたらして、指輪で型押しをして、時間をかけてジギタリスの家紋を刻みつけていた。

封筒に顔を近づけた。懐かしい、若葉のような香りがした。
スノウはそっと封を切り、手紙を読んだ。
流れるような美しい字を書く父のものとは思えない、乱れた字だった。一部、全く読めないところもあった。




愛するスノウ

わが息子よ、私のたった一つの希望よ。
あれが今生の別れだったかと覚悟をしたが、お互い生き残っているのは神のご加護があってのことだろう。

私はガイエンの生まれ故郷に戻り、わが兄のもとに身を寄せ、機会をうかがった。
兄は大変良くしてくれた。
わが所領ラズリルを取り戻すために兵を集めていたが、突然に重い病を得て、一時は命も危なくなった。今はおかげで杖を頼りに歩くほどに回復をし、気力も充実してきた。
今ならまだ戦える。

スノウよ、お前は賢い子だ。所領を失い、裏切り者の地で住み続けているのも、機会をうかがってのこととは思う。
だが、親子で力をあわせ、策を練らねば、コトはならないとは思わないか。
使いのものを送るから、一緒の船でここへ来て欲しい。
全てはそれからだ。
何も心配することはない。

ヴィンセント・フィンガーフート、ラズリル伯




読み終わったあと、スノウは顔を紙に埋め、声を上げて泣いた。
これだけの手紙を書くのに、父がどれだけ苦労をしたか。のたうつような筆跡を見れば明らかだった。
そんな手で、「まだ戦える」と書いてきた父のことを思うと、涙がいつまでも止まらなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
自分のことに手一杯で、ろくに父の行方を探しさえもしなかった。だが居場所が分かったのだから、泣いてばかりはいられない。

スノウは用心深く手紙を細かくちぎり、ストーブに放り込んだ。
今、このラズリルで、誰かの目に触れていい内容ではない。例え病人のたわごとだと言っても、通らないだろう。
手紙が灰になってから、そのまま寝ることもなく、旅の支度を始めた。

スノウの家は、調度というほどのものもない、粗末な百姓家である。農園を買うだけで精一杯で、この家の内装にかける余分な金はなかったのだ。
以前住んでいた裏通りの下宿よりはましであり、壁が崩れているというほどではないので、スノウは満足して住んでいるが、父にはどうだろうか。
今でも「フィンガーフート伯爵」と名乗っているのだから、むこうでもそれなりの生活をしていることだろう。その父には、物置のようにしか見えないだろう。

ここに連れてきたら、もう少し居心地よくと思った。ラグを敷いて、色の綺麗なカーテンを吊ろうか。どうしたら殺風景なのがごまかせるだろうか。
(花でも飾るかな?)
たまにジュエルがやってきては、飽きもせずテーブルに花を生けていくが、花があれば少しは心が和む。随分違う。

家の中は粗末だが、破れかけたカーテンの外、朝になれば美しい果樹園が見える。
そしてオレンジの花が咲いたら、それは良い香りが漂うのだ。農園の端まで歩けば、ラズリルの海が見渡せる。
(父さんも気に入るはずだ。ここに居たら体だってきっと良くなる……)

自分の育てた、美味しいオレンジを食べてもらう。ラズリルの海で取れた新鮮な魚もだ。そして暖かい庭先で日向ぼっこをしていれば、そうしたら父も、穏やかな気持ちで過ごせるに違いないのだった。


Missing 3

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