Missing 6

2007/02/10


朝になっても薄暗く、冷たい雨が音もなく降っていた。スノウは震えながら身じまいをし、廊下へ出た。
父の部屋のドアは半開きになっていた。
そっとドアを押して入ると、暖かさが全身を包み込むようだった。泥炭の焼ける甘い香り。
カーテンを開けても薄暗い室内で、父はベッドの上で既に体を起こしていた。朝の挨拶の言葉を発しようとして、ふと言葉を飲み込んだ。
傍らにいるヴィンスの醸し出している雰囲気が、普通ではなかったからだ。ありていに言うと、普段の彼にはそぐわぬ、ある意味、性的な雰囲気を漂わせていたのだった。

ヴィンスは、父の手を両手で握り締めて顔を伏せていた。口付けでもしそうな、恋焦がれる男の顔だった。父も嫌がるでもなく、淡い色の髪を見下ろしていた。
スノウの前で、彼らは静止して見えた。崇拝者と、崇拝されるもの。

「どうしたんですか、スノウ様。ぼんやりして……」
ヴィンスはやがて気がつき、ヴィンセントの手は握り締めたまま、屈託なく笑いかけてきた。至って爽やかな笑顔で、頬も生き生きと血色を帯びている。それは父も同様だった。

「あ、お、おはよう」
父の手は、湯気を上げたタオルで包まれていた。それをヴィンセントはゆっくりと動かしている。その足元には琺瑯びきの洗面器があり、盛大に湯気を上げている。湯が熱いのか、ヴィンスの手は真っ赤になっている。

(なんだ、手を拭いてただけなんだ)
妙な空気と思ったのは、気のせい、気の迷いだったのに違いない。手の後は、髪を整え、髭を撫で付ける。優しげな手つきではあるが、別段変わったところはない。

昨夜のやつれた様子は、身だしなみが行き届かなかったせいだったのだろう。
今朝はずっと若々しく見える。どのような手入れをしたのか、顔も艶々としている。

「昨日よりずっとお元気そうですね、お父さま。よかった」
するとヴィンスは父を見つめ、「ええ、本当にお美しいです」と口走ったあと、「お顔の色がずっとよくなって。スノウ様が居るからですよ」と言いなおしていた。

「1階で食事が整ってるはずです。場所はわかりますね? 昨日、夕飯を食べた場所です」
そういう間にも、若い女中が温かい朝食を運んできた。ヴィンスはそれを受け取り、「あとはいい」と下がらせた。

「父上もこれからお食事です。スノウ様もお食事を」
スノウはためらいながらも、「ぼくが給仕を」と言い出した。父の世話をしたくてガイエンに来た。お客様ではない。
「ぼくは、そのために来たんだから」
だがヴィンスは悲しそうに首を振って見せた。
「私の生きがいを取らないでくださいな」
「え?」
冗談だですよ、というふうに笑いかけるが、その目はあまり笑っていない。
「スノウ様はお疲れでしょう。ここは私ひとりで大丈夫ですからね」

「ヴィンスの言うとおりだ。たくさん食べておいで。ここの料理人は何を作らせてもうまいぞ」
父にもそう促されたスノウは、しぶしぶその場を離れた。

あの血のつながらない従兄は、(親切で完ぺき主義者)なのだ、と思ったほうが自然なのか。
それとも、父に惚れこんでいる若い男、と思ったほうがいいのか。
だとしたら、そんな男を父のそばに侍らせておいていいのだろうか。

あまり人間を観察するのが上手ではないスノウには、わからないことのほうが多かった。

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