Missing 9
ラズリルは冬になっていた。
港に着くと、ケネスが出迎えてくれた。
「元気そうだな、イリス」
そういうケネスは、顔色がかなり悪く、目の下に濃い隈があった。
「スノウはまだ帰ってないのかい」
ケネスは疲れた顔で首を振った。
「何か手がかりは……」
「何もない」
イリスは唇をかみ締めた。
「誘拐でもされたんじゃないのか」
「伯爵家のお坊ちゃんじゃないんだ。金もなく家族も居ない、たった一人の『親友』には見捨てられた。そんなやつを誰が誘拐するものか!」
珍しく、感情むき出しのケネスの声だった。
「お、おれがいつスノウを見捨て……」
「手紙の返事を出さなかっただろう?」
イリスは不意打ちを食らって黙ってしまった。
「どれほど忙しいのか知らないが、手紙の返事くらい、何故書けない? スノウはずっと待っていたんだぞ。しまいには……おれが代わりに書こうかと思ったくらいだ!」
驚いたのはイリスだった。
「ケ、ケネス?」
ケネスはさすがに言い過ぎたと思ったのだろう。
「言っただろう、書こうか、と思っただけだ。偽の手紙で元気が出たって、意味がないしな。それに、イリスの下手な字を真似するのは難しいからな」
イリスは戸惑いつつも、ケネスがこんなに苛立っているのは心配のせいだ、と思った。ケネスもスノウを友人と思い、友人の一人として心配してくれているのだ。
それはありがたいことでもあった。
「ケネス、手がかりはないかもしれないが、一応、スノウの家を見ておきたい」
ケネスは「案内しよう」と答えた。実際には、イリスには案内もいらないほど親しい場所だった。近道というのも何度も通って、覚えている。
果樹園でキスをしたことすらある。だがそのことを言うのもはばかられた。
ケネスは、イリスとスノウは「親友」だと思っている。まさかそれ以上の仲だとは思うまい。
この前に来たときは、盛りの春だった。道端には色とりどりの野草が咲いていた。
今は晩秋で、花の姿は見えない。ただ枯れ草があるばかりだ。
「最後にスノウを見たのは、火入れの儀式の夜だ。儀式のあとの宴会を手伝ってくれた」
火入れの儀式のあとの宴会の手伝い。
イリスは「そんなことを、スノウが?」と聞き返さずには居られなかった。何年も前、スノウは新しい団員の総代として、松明を持って表通りを歩いた。
火種を住民の持つ松明に映していくのだ。
例年、もっとも優秀な成績であった団員が行う。松明の持ち手に選ばれたのは、とても名誉なことだった。
(こんな日が……ずっと続けばいいのに)
スノウの寂しそうな声が、今も耳に残っていた。
晩秋の農園は静かだった。来年の収穫を待つオレンジの実が、よく手入れされた樹に育ち続けていた。
その向こうに、スノウの家がある。壁は白く、ドアは緑色で、屋根はこんもりと高い茅葺屋根、窓は小さく縦長で、枠は黒い。
イリスがラズリルに来るときは、スノウは港で出迎えてくれた。
船が着いたら、スノウの姿があった。そして連れ立ってこの農園まで上がってきたのだ。
「ここだ……」
ケネスはそっとドアを開けた。鍵は閉まってもいなかった。
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