野の花 (前)
November 10, 2005
西の村へと続く道の両側には、アーモンドの木々が何十本も並んでいた。
春には桜色の花が咲くことだろう。晩秋のその日、アーモンドの葉は赤く染まっていた。
ツノウマに乗って、背をまっすぐに伸ばしたケネス、そしてスノウが続く。
これが、二人で紋章砲を壊す旅の、最後の目的地だった。
村の居住区は、スイカほどある石を積んだ塀で囲まれていたが、入り口の柵は開け放たれていた。二人は村に入る前にツノウマを降りた。
見知らぬ来訪者たちに気づき、子供たちが駆け寄ってくる。みな足は裸足、継ぎの当たった服を着ていたが、頬は赤く丸い。
スノウは笑みを浮かべて、一番背の高い子供に近寄り、砂糖菓子の包みを与えた。
「こんにちは。これはお土産だよ。みんなで分けて食べてね」
「ありがとう」
「ここの村長さんとお話がしたいんだけど、案内してくるかい?」
子供たちは「こっちだよ」と叫び、いっせいに走り始めた。
5分ほど歩くと、やはりアーモンドの植え込みに囲まれた農家が見えた。その前に子供たちが手を振っている。家の前には、白髪の小柄な老人が見える。一人の男児が、老人を指差して叫んだ。
「村長さんはこのおじいちゃんだよ!」
「これ、人を指差してはならぬぞ」
しわがれた声で怒って見せたのが、どうやら村長らしかった。背中は曲がり、杖をついて顔もしわくちゃだったが、灰色の目は若々しく輝いて見えた。
「珍しいお客じゃの。海上騎士どのか?」
老人は、ケネスに話しかけた。
「はい、私はラズリル海上騎士団の副団長、ケネスと申します。この村に、紋章砲があると聞いてやってきました」
すると、老人はあっさり紋章砲の存在を認めた。
「たしかにあるぞ。クールークの置いていったのが3つ、村はずれの丘にな。雨ざらしで放ってある」
「われわれは、それを壊すために来たのです」
「ほう? 持って行かずに壊すとな?」
「壊す理由ですが、これを読んでいただければわかります」
ケネスは持参したカタリナからの手紙を、村長に渡した。
「字が小さいのう」
だが読み進めるにつれて、老人は笑い出した。
「紋章砲で人間が魚になるとな。まさかそんなことが……とても信じられんわ」
「実際に人間が魚人化するのはお見せできないので、私たちを信じていただくしかありません」
村長はケネスの顔をじっと見た。
「お前の言葉を丸々信じたわけではないが、狂っているとも思えんな。案内しよう」
そして老人は杖をつき、ゆっくりと丘に向かって歩き始めた。
老人の後をケネスとスノウが続き、その後を子供たちがくっついてくる。
「お兄さんたち、どこから来たの?」
「クールークと戦ったの?」
「ツノウマに乗せてよ」
「剣に触らせて」
老人はまた杖を振り上げて、子供らを叱った。
「これこれ、うるさいぞ。危ないから、おまえらは家に戻っておれ」
老人が命じても、子供らはまったく聞かない。それどころか、見物人は増えるばかりだ。
子供ばかりか、若い娘たちも若者たちも、いい大人たちまでが、農作業を放り出してぞろぞろついてくる。
まるで小さな村にお祭りか、旅芸人でも来たかのような騒ぎだった。ついに村長は笑い出してしまった。
「なんと物見高いやつらじゃ……すまんのう、騎士どの」
丘を登っていくと、急に視界が開けた。そこは、海が見える岬なのだった。
広い草地の向こうは断崖で、見下ろすと白い波が牙を向いている。こんな断崖の下には船は停泊できないはずだ。ガイエンへの防衛のためではないだろう。
風に傾いた潅木が数本、無残に切り倒されていた。兵士が邪魔だと思って切ったのかもしれない。
紋章砲の数は、老人が言ったとおり3基あり、紋章砲の目は閉じていた。
「わしの若い頃は紋章砲なぞなかったでな。どうも気色の悪い代物とはと思っていたのじゃ。さて、どうやって壊すかね」
「雷の魔法を使って一気に壊します。すぐに終わりますから」
スノウは密かに安堵のため息をついた。2ヶ月近くケネスと二人旅をして、ラズリル全土の紋章砲を壊してきたが、ここのように協力的なのは初めてだ。
そのとき、4,5人の男たちが、何か叫びながら丘を駆け上がってきた。
男たちは皆、農作業用のツノウマに乗っている。若いのもいれば、中年もいた。共通するのは、粗末ながら鉄の剣を帯びていたことだった。
村人は悲鳴をあげて逃げ惑った。転んで泣き出す子供もいた。
村長が、杖を振り回して叫んだ。
「となり村の乱暴ものめ、何の用じゃ!」
すると、黒いひげの生えた農夫が、怒鳴り返してきた。
「ここの紋章砲が持って行かれそうだってんで、急いでやってきたのさ」
「持って行くのではない。この場で壊していただくのじゃ。この方たちにお願いしてな!」
「こいつらは何者だ!」
ケネスは硬い表情で、「ラズリル海上騎士団、副団長のケネスです」と名乗った。
だが、隣村の男たちは引き下がらない。
「騎士団だかなんだか知らねえが、紋章砲を壊すなんて許さねえぞ」
「余所者があれこれ言うな、ここはわしらの村の土地じゃ。お前らは口を出すな!」
ケネスは、村長と隣村の男たちの間に入ろうとした。
「われわれの話を聞いてくれますか」
そのとき、隣村の男たちのひとりが、「おい見ろ、こっちの野郎、売国奴のスノウだぞ」と叫んだ。
スノウは思わず目をつぶった。どこへ行っても、汚名だけは影のようについてくる。
「あの裏切り者スノウ? 島を敵に売ったってあれ? まだ生きてたのか?」
「不吉な」
「村に災いが来るぞ」
村人たちが、ささやき会っているのが聞こえる。
「ねえ、バイコクドってなに? それって食べられるの?」と子供が尋ね、母親に「しっ。黙っておいで」と叱りつけられる。
そのとき、村長がケネスに怒鳴った。
「こいつらに構わず、さっさと紋章砲を壊しなされ」
「何を、この呆けじじいが!」
隣村の男のひとりが、村長の胸倉を掴んだ。老人は苦しそうに顔をゆがめた。スノウは剣の柄に手をかけて、叫んだ。
「やめろ、その方を放せ!」
「おい、こいつやる気だぞ」
男たちは叫び、老人を放り出して、いっせいに剣を抜き放った。
村人たちは倒れた村長と子供たちを背負って、悲鳴を上げて逃げ出した。
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