オベルの西の浜   2006-01-08  (成人の日記念SS?)

オベルでは2年ぶりに、成人の儀式が行われる。

儀式では、15歳を迎えた男子が、死者に供える白い花を髪に挿し、王宮に向かう。前年、儀式は王妃の喪に服するため中止された。そのため今年は15歳だけではなく、16歳の男も呼ばれている。

暖かい風の吹く、晴れた冬の夕方。
若者たちは裸足になり、王宮の赤い床の上に額づいて王を待つ。香炉の煙で清められたあと、王の手から護身用の短剣を渡される。

髪に挿す白い花は、死者のしるしである。さらに短剣を賜ることで、この儀式の趣旨はあきらかだった。
(死を恐れず戦い、王と島を守る)
デスモンドのような兵士には向かない若者も、拝領の剣を受け取る。そして王と島を守る義務を追う。

そのあと古酒で乾杯し、式典が終わるころには、すでに日は落ち、夕闇が迫っていた。

「おい、デスモンド。うちで宴会するんだけどお前も来ないか?」
姫のお守り役の若者は、幼馴染の青年に呼び止められた。すでに何人か集まり、楽しそうに話している。
漁師の跡継ぎや、職人の修行をしているものが多い。
「ありがとう。でも一応帰るよ……もしかして、何か用事があるといけないから」
「そうか。がんばれよ」

デスモンドは、王宮の一隅にある小さな部屋に戻り、灯りをつけて、拝領の剣を抜いてみた。短剣の抜き身は不気味に銀色に光っていた。

(嫌な色)
背中に悪寒が走り、デスモンドはそっと剣を鞘に収めた。
王宮に上がった12の年から、大人のつもりだった。それでも、短剣を見て怖気づくようでは、(今までの自分は甘かったのだろうか)と若者は思った。

どこからともなく笑い声が聞こえてくる。手を叩いて酔っ払いが歌う声もする。
「デスモンド、起きているか?」
上役であるセツの声が響いた。デスモンドは飛んでいってドアを開けた。
「楽人がいなくて席が盛り上がらんそうだ。お前、頼めるか?」
「すぐ参ります」
デスモンドは急いで文机の引き出しを開け、鼈甲のバチを取り出し、立てかけてある三弦琴をそっと手に取った。
この楽器は、共鳴部分に水竜の皮を張ってある。父の唯一の形見であるそれを抱えて、少年は宴席へと急いだ。


広間には酒の匂いと、焼いた魚の匂いが満ちていた。
客はいつもの、国王の漁師仲間だった。気の張らない内輪の宴席である。

王が立ち上がり、18番の歌を歌い始めると、デスモンドは控えめに三弦を合わせた。
「オベルの潮風は、いつも恵みを」
いつもあやふやな歌詞だったが、王も上手く歌えたと思ったのか、ご機嫌なようすだった。

一曲終わったら調弦が必要だ。少年がうつむいて調弦を始めると、一人の酔客が声をかけた。

「おお、若造。晴れて一人前か?」
「は……」
「ほれ、髪」
デスモンドがあわてて頭に手をやると、白い花がぽろりと落ちた。花びらはすっかり萎れて、ばらばらと散った。
日に焼けた漁師たちは、それを見てわけもなく笑い転げ、「まあ飲めや」と強い酒の杯を押し付けた。
一口飲んだが、飲んだととたん激しく咳き込んでしまい、それがまた酔っ払いたちの笑いを誘った。

「よし! こんどなじみの女ンとこへ連れて行ってやろう!」
デスモンドは真っ赤になり、必死で三弦を調弦するふりをした。
すると王が笑いながら釘を刺した。
「こら、おまえら。こいつはおれが父親代わりだ。悪所に連れて行くなよ」

父親代わり、という言葉は身に余るほどもったいないことだった。デスモンドは深く頭を下げた。
「歌え、若いの。思い切り色っぽいのやれぃ」
酔っ払った漁師たちは、王の歌にはあきあきしているのだろう。若者はしかたなく、求められた歌を歌い始めた。

「われはオベルの西の浜のもの、情けを掛けてくださいませ」
静かに弦を弾いて、200年前に遊女が作ったという歌を口ずさむ。
「今宵、山を踏み分けわが元に来よ。我が宿は主がために鎹も閉ざしもなし」
続きはさらに露骨である。
「髪を解いて月を待つ、わが帯を解きたまえ」
こういう歌を、デスモンドは真っ赤になりながら歌った。

漁師たちはげらげら笑いながら、盛んにはやし立てる。
「色気がぜんぜん足らんぞ!」
「これはやっぱり、遊女宿へ連れて行かねばならんな!」
「ワシはお前の年頃にはもう嫁をもらったぞ。お前もさっさと嫁をもらえ、嫁を」
新成人の若者は、気弱な微笑を浮かべながら、早く酔客がつぶれてくれたらいいのに、と思うばかりだった。



オベルの西の浜2


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