気まぐれは罪 H.12.04.30
春の宵とはいっても、夜は冷える。
崩れかけた砦にぱらぱらと花が散り続けていた。
ホウアンはもう一度と熱心にせがんだものの、夜風は次第に冷たくなり、抱き合っていても寒いのだった。
グレミオが震えたのを見て、医師は帰ろうと言い出した。
「風邪を引かせては大変だから……」
そして来たときと同じように、グレミオを馬に乗せ、自分は歩いて城に戻ってきた。
途中ホウアンはおしゃべりだった。 グレミオは適当に相槌を打っていたが、とんでもない話もあった。
「このあいだ診た病人はね、担ぎ込まれたときには心臓も止まってて。 何をやってもダメだったんですが、最後にぶん殴ったら息を吹き返しましてね」
「冗談でしょう先生」
「本当です。 私の殴り方がよかったんでしょうか。ただし顔にあざができてました。医術っていったい、何なんでしょうね……」
それから蘇生したときのことを身振り付きで説明してくれたものだから、グレミオはおかしくて涙が出るほど笑った。
こんなひとだとは思わなかった。
話してみると、案外楽しい男だ。
いい人かもしれないと思いながら、グレミオは逃げ出すことを考えていた。
ホウアンはオトナだから、情事は情事として楽しんだろうから、これ以上自分に付きまとって困らせることはないだろうと思う。
そう思うけれど、人間はどう転ぶかわからない。 げんに自分も、ホウアンと寝るという、以前なら考えられないようなことをしてしまったのだから。
(友達だったらよかったんだけど……)
それでもホウアンに誘われて断れずに、レストランで軽く夜食をとった。
運ばれてきたぶどう酒も香りがよかった。 そう酒に強いほうではないグレミオも、そのお酒がおいしかったのでかなり過ごしてしまった。
お酒で口が軽くなったのか、気がつくとリアムの自慢話ばかりしているのだった。
リアムの子供時代の話、はしかで大変だったこと、好き嫌いをなくすのに苦労したこと。 子供のころ体が弱くて、そのくせ医者嫌いで、お菓子で釣って医者に連れていったこと。
しかし大きくなると丈夫になって、武芸一般は学問所でも群を抜いていたこと。
体術を習い始めると、それもあっというまに上達して、師匠を驚かせたこと。
ホウアンはにこにこしながら聞いていた。
「リアム君のお母さんがわりだね」
などといわれて、うれしがる自分もおかしいと思う。
ふたりともすっかりいい気分で店を出て、宿の部屋までやってきた。
「じゃ、おやすみなさい先生」
グレミオはにっこり笑って、ホウアンに背を向けてドアを開け、中にはいった。
しかしホウアンは、「なかなかいい部屋ですね」などととぼけながら、強引に背中を押して入ってきた。
グレミオは焦って、追い出そうとしたのだが。
「きれいな部屋でしょう? じゃ、ゆっくり眠ってくださいね、先生」
しかし医師は出ていこうとしない。
「今日はいろいろあって、グレさんも肩が凝ったでしょう。 少しほぐしてあげましょう」
「せっかくですが、凝ってません」
「私はうまいんですよ、すごく。だからちょっと横になってください」
「そんなこといって、またやらしいこと考えて……」
「とんでもない。 私ほど純な男はいません。えっちな下心なんてこれっポッチもないですよ。絶対いやらしいことなんてしませんから、安心してください」
しれしれとホウアンがいうものだから、グレミオはついに爆笑した。
「もう、私を眠らせない気ですか? 酔っ払って眠いんです」
のん気に笑っているうちにかかえこまれてしまった。
そして笑っているうちに、気がついたらベッドの中にうつぶせにされて、しかもホウアンが背中に乗っているのだった。
笑いごとではないのだが、グレミオはまだ笑いながら抗議した。
「本当に先生、眠らせてください」
「凝りをほぐしてあげるだけですよ」
医師はグレミオの靴を脱がせると、足首の装身具に目を止めた。
「変わったものつけてますね……」
「これは、本来は腕輪なんです」
それはテオの形見のひとつだった。
息子であるリアムに受け継がれたのだが、リアムは出立前、これをグレミオに与えた。
とにかくテオの腕は太かったので、これを腕にはめるとすっぽ抜けてしまう。 足首にはめるとちょうどいい。
彫金の施されたその腕輪をグレミオの素足にはめて、坊っちゃんは「色っぽい」といって無邪気に喜んだ。
ちょっと重いけどはめていてほしい、そして、まさかの時には、これを売ればかなりのお金にもなる、坊っちゃんはそういった。
「では、道中ずっと身につけていましょう」
グレミオはそう約束した。
そのときの坊っちゃんの顔を思い出して、グレミオはひどく胸が締め付けられた。
自分は、どうしてここにいるんだろう。
こんなことをしている場合ではないような気がしてくる。
ホウアンはその輪を外して、サイドボードに置き、グレミオの肩に手を置いた。
「ほら、やっぱり凝ってる」
「先生のせいですよ……」 グレミオがつぶやくと、医師は手に力を込めた。
「ますます責任感じますね」
「あ……っ……ちょっと痛」 するとホウアンは力を緩めた。
「ここ、肩こりのツボね。 首の付け根から肩先までの、だいたい真中です。 慣れてないから痛いんでしょう。 でもこってますよ」
肩がこっているなどと思ってもみなかったが、言われてみるとそんな気もする。
その責任の一端は、この医師にもあるにちがいない。 あんなに見つめられると、肩もこるというものだ。
「のどのあたりは内分泌関係のツボがあるから、ときどき押してやるといいですよ」
よくわからないことを言いながら、首の後ろから側面を柔らかく押してくれるが、そこははっきり言って性感帯なのだ。
といってもどこもかしこも感じやすいのだが。
「う〜ん、肩甲骨の間も凝ってるね。 リアム君にときどきやってもらったら?」
「坊っちゃんにそんなことさせるわけには……っ……」
「いいでしょ?」
背中をぐっと押されて、思わず声を上げそうになり、グレミオは唇を噛んだ。 ホウアンの手はさらに下に伸びて、ついにはベルトのあたりまで下りた。
そこで何を思ったか、医師は手を差し入れてベルトをはずしたのだった。
「腰を押すのにベルトがじゃまですからね」
「……せ、先生。 腰のあたりはちょっと」
そのことばを無視して、ホウアンはベルトのあったところを執拗に押し始めた。
「何言ってるんですか。 ここは腎臓のツボなんです。 ぎゅっと押さなきゃ」
「あ……!」
「すっきりするでしょ」
ホウアンはそう言うが、逆だった。 背骨の両側の、その部分をゆっくり押されると、意思と無関係に股間が元気になって、うつ伏せになっているとつらい。 グレミオはシーツを握り締めて、この非常事態を耐え忍んだ。
その腰椎のあたりをほぐしてくれた手は、迷わずお尻に下りてきて、骨盤のあたりを柔らかく押し始めた。
「先生、ほんとにそこはちょっと……!」
「ちゃんとほぐさなきゃ腰痛になりますよ。 ほら、太腿もね」
「……くすぐった……」
「くすぐったがりなんですね。 健康にいいんですからがまんしてください」
膝下から足の裏まで丁寧に揉んでくれて、申し訳ないほどだった。
しかし、こんな気持ちのいいことがこの世にあるとは思わなかった。
「足の裏なんて……申し訳ないです」
「遠慮はいりません。 あ、肩から腰から、一発でほぐれるツボを教えてあげましょう」
「どこですか?」
「ここですよ」
「あ!!」
あろうことか、ホウアンはいきなり後ろから手を突っ込んできたのだった。
「ここは会陰部といいまして、肛門から陰のうへつながる間にあるツボです」
「やめてく……! あ……っ! ああ……」
「よ〜くほぐしてあげましょう。 ここをじっくり揉んでやると、もう全身勝手にほぐれてきますからね……」
しまった、と思ったときには遅い。 言われるように、固くなった一部を残して、体中の力が抜けていく。
「ふふ、ほぐれてきたみたいですね。 なんだか服が、邪魔ですね。 ズボンも脱いで一緒に気持ちよくほぐれましょ」
「困った……先生ですね」
グレミオはため息をついて、仰向けにされるのにまかせた。
ホウアンが唇でグレミオの咽喉を湿らし、胸を舌でなぞる。
あいかわらずホウアンの手の用い方は絶妙で、感じやすい手首を握られると、心地よさのあまり声をもらしそうになる。
「ここもツボなんです」
ホウアンは、グレミオのへその下を舐めながらつぶやいた。
「なんのツボ……なんですか?」
「生理痛の」
「先生……それはちょっと関係ないですね……」
医師は、くすっと笑うと、たちあがったグレミオ自身を柔らかく握り締めた。
そのままそれを口に含むと、ホウアンはやっと講釈を垂れるのをやめた。
ホウアンとのセックスがよいほどに、グレミオは自分を許しがたいと思う。
どうしてこんなに感じてしまうのだろう。 一片の愛情もないというのに。
それでも、屋外で服も脱がずに体を交わしたときよりも、ベッドで体を伸ばしてリラックスしているほうが、当然ながらはるかによかった。
ホウアンは胴が長めで、体毛が薄くて、三十代半ばという年齢にふさわしく、それなりに脂が乗ったつややかな体をしていた。 筋肉質だったテオとも、リアムのしなやかな体とも違った感触だった。
男にしては柔らかくて、抱かれごこちのよい体だった。 そのうえあいかわらず、ホウアンは愛撫がうまい。
手のひらから快感の波でも発しているようで、彼の持ち物がそれほどでもないことなど、もはや関係がなかった。
これは、気まぐれで、ちょっとした上下運動にすぎない。
これが終わったら、すぐに坊っちゃんのところにかけつけるのだと、しだいに息ができない状態になりながら、グレミオは必死に思った。
そして息を止めたまま、真っ白なもやの中に、しゃがんで泣いている幼いリアムが見えた。
グレミオの中に体の一部を残したまま、汗を滴らせた状態で見下ろして、ホウアンは困惑したようにつぶやいた。
「どうして泣いてるんです」
「……泣いてなんか……」
否定しようとして、自分が本当に、派手にしゃくりあげて泣いているのに気づいた。 こんな恥ずかしいことはない。
人前で涙を見せるなど。
「いやだったんですね、やっぱり」
「……もう……どいて……くれませんか……すみません」
グレミオは顔をそむけて、ホウアンの胸をおしやった。
おたがいの欲望の嵐が過ぎると、もう片時も肌を合わせていたくない。
彼に罪はないが、これ以上一緒にいるわけにはいかない。 自分のいるべき場所に飛んでいかなければならないのだ。
肩を落としてホウアンが立ち去ったあと、グレミオは顔を洗い、髪を直して少ない荷物をまとめた。
それからかなり多めにチップを枕元に置き、宿を出た。
「帰るまでここで待て」
坊っちゃんはそういったが、待ってなどいられない。
ビッキーに頼んで、キャロまで飛ばしてもらって、そこから天山の峠へ向かうのだ。
「すぐにも追いつける」
浅はかにもそのとき、グレミオはそう思っていた。
「恋人よわれに帰れ」1へ(鬼畜ジョウイ×坊っちゃん)
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