ホウアンの手記 3   00/12/08

 次の日、仕事のあいだでさえ、まだ私は兄弟子の愛撫を感じつづけていた。
 
 鏡を見るまでもなく、顔はだらしなく緩みきっているにちがいない。
 兄弟子のしぐさ、手触り……夢中だったので一つ一つ覚えてなどいられないが、ふと断片的に思い出すたびに、胸の中は熱くなり、体は西方浄土に飛ばされてしまう。

 ふわふわした、淫らに幸せな気分のうちに、それでも何とか無事に一日終わった。

「先生、煮えてるよ」
「え?」
「お肉、堅くなっちゃうよ。 ほら」

 トウタはお箸で肉をつまんで、かいがいしく私のお椀に入れてくれた。
 その夜は、トウタの好きな鍋物の用意をして、二人で食べたのだが、食事の最中にさえぼんやりする始末だ。

「あ、それはまだ生。 こっちから食べて、ほら」
「あ……ありがとう」
「お野菜も」

 まるで小さな鍋奉行だ。
 夕食の片付けの後、カルテの整理が途中だったのを思い出して、トウタには先に風呂に行かせ、仕事を続けるうちに夜更けになってしまった。

 仕舞い湯でもいいから漬かろうと、一人で風呂に出かけた……。


 湯はまだ熱かった。 ありがたい。
 
 熱い湯の中で手足を伸ばし、筋肉痛の残るふくらはぎや大腿部を……もちろん前夜の情事の名残だ……湯の中で軽く揉みほぐしていた。
 少し長湯をしたかもしれない。


「ここは混浴かと思えば、エロエロ医者ではないか」

 覚えのある、よく通る声がした。
 見上げるとあの軍師が、前を隠そうともせず、のしのしと歩いてくる。
 
 場所は一杯あるのに、わざわざ私の前に陣取った。
 そして「あっつ〜」などと言いながら、ばっさばっさと荒々しく掛け湯をして(つまり股間と脚に湯を掛けた)毛脛を私のすぐ横に突っ込んできた。

 それもこれ見よがしに大股を広げ、勢いよくどぼんと跳びこんできたものだから、しぶきが私の顔にまでかかってしまった。

 マナーを知らない男だ! 親のしつけがなっていないにちがいない。


 いや、これは私への嫌がらせかもしれない。が、相手になるのは得策ではない。

 私は静かに、顔にかかった湯しぶきを手でぬぐった。
 そう、今日は腹を立てないようにしよう。 だって、昨日すごくイイコトがあったばかりだし。
 しかし、奴との間隔が20センチというのは、少し居心地が悪い。
 とりあえず私は、都合5センチほどシュウから離れた。

 すると、シュウは横柄な調子で話しかけてきた。
「昨日のくたびれたおっさんだが、まだここにいるのか」
「リュウアンのことでしたら、しばらくは」
「何者だ?」
「コロネの医師です。 リュウカン師の弟子、私の兄弟子ですから、腕は確かです」
「腕は確か、か。 そうだろうな。 お前をあっという間にたらしこむくらいだからな」

 ふふ、坊やは読みが甘いな。
 粉をふったのはこっちなのだよ。きみには分かるまいが。
 
「昨日はずいぶんお楽しみだったようだな……顔に書いてあるぞ……」
「軍師どの」
「一日中ほかほか状態だったらしいじゃないか……恥ずかしい奴だ」
「そ、そんな……誰がいったい」
「壁に耳ありというじゃないか、先生」


 軍師は立ちあがり、体当たりする勢いで私を羽交い締めにした。
 浴槽に胸が当たって、息が止まるかと思った。

 一瞬のできごとだった。
 しかも後ろから体を押しつけられて、なにやら堅いものが私の背中を、つんつんと突ついている。
 暴れながら私は叫んだ。

「何なんだ、あんたは!」
 軍師はいきなり胸を(平らなのだが)つかんだ。
「む。 ふにゃふにゃではないか。 あのおっさんにほぐしてもらっんだなっ!」
「ちょ……やめ……なさいってば!」
「あんなくたびれたおやじと乳繰り合って、なにがうれしいんだ!」
「楽しいですよっ! 好きな人と寝てどこが悪……」
「おれなら一晩に三回は軽い……どうだ。あいつは三回は無理だろう」

 さ、3回って。 そういえば昨晩、リュウアンは一回だけだったけど。
 そりゃあ、兄弟子だって若いころは3回くらい!

 ひるんだすきに、シュウは、私の首を舐めまわしてささやいた。
「ホウアン先生」
「だから離れなさいって。また痛い目にあわせますよ」
「いい尻だ。 気に入った。 おれのオンナになれ!」
「ば、ば、ば、」

 ばかもの!!!!!

 もう許さん。 言うに事欠いて。 この私に向かって、「おれのオンナになれ」だと!?
 怒髪天を突くとはこのことだ。
 私は肘で軍師の腹をど突き上げ、ひるんだすきに奴の腕をねじ上げて拘束した。

「いたい、いたいっ!」
「だから言ったでしょう、優しくすればつけあがってこの!」
「お、折れる! 腕が折れるっ!」
「2度としませんと誓うまで、放しませんっ!」

 そのとき、「なにやってんだ、二人とも」という声でわれに帰って、恐る恐る見上げてみた。そこには呆然と立ちすくむ、フリックとビクトールの姿があった。


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