ホウアンの手記 4   01/01/11
 最近、どうも妙な患者が多いような気がする。
 このあいだシュウと、風呂場で大立ち回りを演じてからだ。

 病気でもないのに診察室に来て、私に色目を使う男性患者が多くなった。
 図らずもカムアウトしてしまったかもしれない。
 だいたいは好みのタイプではないので、通り一遍の診察をして帰す。

 まさかフリックやビクトールが、変なことを言いふらすとは思えないが、まあ人の口に戸は立てられないということか。
 自由な気風のこの本拠地では、男好きな男などその辺にごろごろいる。 そのために仕事がしにくくなるということもない。


 ひどい雨の日だった。 リーダーのカイルが、やせ細った若い女性を診察室に連れてきた。
「海岸で倒れてました。 診てやってください」

 それだけいうと、少年は忙しそうに出ていってしまった。 この調子でカイルは、外へ行くたびにいろんな人間を「拾って」来る。 困っている人を見るとじっとしていられない、これは性分なのだろう。
 どうやら人だけでなく、モノも拾ってくるそうで、倉庫は彼が「拾ってきた」いろんなモノで溢れているとか。

 しばらく点滴をして、落ち着いたころ、その若い女性に名前を聞こうとした。
 ダナ、と娘は弱々しく答えた。 かなり弱っているが受け答えはできる。
「ここは、どこなんですか?」
「新同盟軍の本拠地です」
「しん、どうめいぐん?」
「ミューズがあんなふうになっちゃったから、その後を継いでね」
「……じゃあ、私……助かっちゃったんですね」

 そういって女性は、顔を痩せた手で覆った。
「あなたは、どちらから逃げてきたんですか?」
「コロネから……どこか知らないところに連れていかれていました。 ハイランドの兵隊が来て……」

 コロネと聞いて、私の胸は痛んだ。 私の故郷、ミューズとは近い。 兄弟子リュウアンの住んでいた場所でもある。
 しかし、ハイランド兵に連行されていたとは。
 よく逃げ出せたものだ。

「あの、お身内のかたは?」
「両親は死にました。 私は小屋に押し込められていました、他の女の人と一緒に」
「…………そうですか」
 あまり話をさせず、休ませたほうがいいかもしれない。
「なんとか逃げられたんですね」
「どこかへ移される途中に、お隣の奥さんが逃がしてくれたんです……」

 思い出したように、彼女はポケットを探った。
「ない!」
「なにがないんですか?」
「奥さんに預かった指輪……形見の指輪がないんです」

 気丈に見えた女は、泣き出しそうな顔をした。
「海岸で倒れていたんでしょう? もしかしたら、そのときに落したのかもしれませんよ。元気になったら探しに行ってみましょう」
 
 気休めに過ぎない私の言葉を、彼女は聞いていなかった。
 すっかり気落ちした様子で、つぶやきつづけた。
「形見だといって渡されたのに」
「とても大事なものなんですか? その指輪ですけど」
「私を逃がしてくれた人からの預かりものです。 そのひとの、ご主人に会ったら渡してほしいと言われたんです。きっともう会えないからって」

 そんな目に会った女性の夫が、無事にいると思えないが、もしもということもある。
「よければ、あなたがお探しの方の、名前を教えてくれませんか? ここにはコロネ方面からもけっこう逃げてきてますからね」
「お医者さんです。 リュウアン先生とおっしゃいます。 わたし、お隣に住んでたから、奥さんによくしていただいてて……それで」

 そこまで言うと、コロネの若い女は恐ろしそうに私を見つめた。
「あの、先生?」
 私はあわてて、眼鏡を直した。 病人を恐がらせてどうする。
「その人なら知っています。 ここにいますよ。 元気になったら会ってみますか?」
 女は首を振った。
「形見の品も無くしたんです。 会えません、申し訳なくて……私ひとり助かってしまって……」

 泣き伏した病人の背中に、毛布をかけてやることしかできなかった。 こみ上げてくるのは、非道なハイランド軍への怒りと、奇妙な疑問だった。

 私の兄弟子は、「妻を亡くした」と言った。
 結果的にはそうだろう、もう生きてもいないかもしれない。 その可能性は高い。

 しかしやはりおかしい。
「生き別れてしまった」とどうして言わなかったのだろう。
「妻とは生き別れてしまった。 しかし、どこかで生きていると信じている」
 夫ならそう言うだろう。
 なぜ、そんな嘘をついたんだろう。 私は……リュウアンに会って確かめなくてはならないんだろうか。
「奥さんを見捨てて、一人逃げたんじゃないんですか」と。


 診察室を閉めてから、宿へ行ってみると、リュウアンは留守だった。 もしやとおもい酒場へ行ってみると、兄弟子はそこにいた。
 
「兄さん」
 彼の前に座ると、リュウアンはかすかに微笑んだ。
「お疲れさん。 今日の仕事は終わりかい?」

 兄弟子は自分が飲んでいた杯を私にくれた。
 酒を注いでもらい、それを飲み干す。 
 
 いざ兄弟子を前にすると、問い詰めることなどできなかった。 
 どうして妻が死んだなどと、つまらない嘘をいったのか。
 妻を見捨てて一人逃げたんじゃないのか。
 あなたの妻は、血縁の無い娘を逃がして、自分は敵地に残ったのに。

 頭の中では疑問符が渦巻いていたが、私には聞けなかった。

 きっと何か深い事情があって、本当のことを言えなかったのだ。
 それとも、言えないほど気持ちが混乱していたのだ。
 あるいはあまりのショックで、そう思いこんでいるのかもしれない。

 今はそっとしておきたい。

「住めば都といいますよ……少し慣れましたか?」
「ああ。 ここは居心地がいい」
「…………」
「きみに折り入って頼みがある」
「なんでしょう」
「この、新同盟軍のために働きたいと思う。 責任者に取り次いでもらえないだろうか」

 私は背筋を伸ばした。
 前向きな気持ちになってきてくれたのだ。 それでこそ私の兄弟子だ。

「わかりました。 リーダーも喜んでくれると思います。 明日にでもカイルのところへお連れしましょう」
「その前に、その下の人に会うのが先だと思う」
「下の人?」
「先日会った、軍師どのだ」
「ああ……シュウ軍師ですか」
「このあいだは挨拶もせずに失礼したからな」

 レストランでの、シュウの無礼な振る舞いを思い出し、私は可笑しくなった。
「失礼したのはむこうですよ……」
「そうかもしれないが、一番上の人に目通りする前に、その部下に取り次いでもらうのがスジだ」

「に、兄さん。 そんなに堅苦しく考えなくても。 ここはその、気安いところだから……」
「若いものはそれでいいが、私はそれでは気がすまないんだよ」

 言い出したら、兄弟子は聞かない人だった。
 年齢以上に昔かたぎの人だから。 私はうなづいた。


「わかりました。 明日の朝、軍師のところに行きましょう」

 私が思ったのは、これでずっと兄弟子といられるということだった。
 生死不明の、リュウアンの妻のことは頭から追い出した。

 神様だけがご存知だ、そのときどんなに、汚れた喜びに私が震えていたか。
 私は腹の底でこう思った。
 リュウアンの妻は、もう、ハイランド兵の手にかかって果てているだろう。

 結局、生きているものが勝ちだ。 そばにいるものが勝ちなんだ。
 この人はもう私のモノだ。……口が裂けても、奥さんのことなど言うまい。私が全部忘れさせてみせる、もう誰にも渡さない。
 
 ばちが当たってもしかたがない、汚れた望みだった。

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