12月、ラズリルで (2)
海上騎士であっても、武器を持たずに戦う機会がないとはいえない。体術は昔からカリキュラムの一つとして組み入れられていた。だが今朝の師範は二日酔いのせいか、頭を押さえて使い物にならないのだった。
「準備運動の後、二人一組で乱取り!」
二日酔いの師範は到着するなり、適当で投げやりな指示を与えた。この状態では昇段試験も何もできまい。
ケネスは学業が抜きん出て優秀だが、「すばしこく立ち回る技術」に欠けていた。孤児院で育った幼い頃、「椅子取りゲーム」で一番にはじき出されてしまうのがケネスだった。
気が付けば、ケネスは一人、呆然と立っていた。周りはもう二人一組になって稽古を始めている。
(タルは)
切ない気持ちで周りを見渡すが、頼みのタルは、すでに女子訓練生相手に練習を始めていた。
(あ、あぶれた? おれ一人?!)
「ケネス、やろうか!」
ぽん、と肩を叩かれて喜んで振り向くと、さきほどケネスに女物のハンドクリームを塗りたくった、スノウ・フィンガーフートその人だった。
瞬間、ちょんまげの毛先まで固まりそうになった。
「イ、イリスは?」
スノウはちょっと肩をすくめた。
「いつもイリス相手で、同じことやってると飽きる。相手を変えたほうが新鮮だろう?」
多感なケネスは(倦怠期のカップルか)と怯えたが、ためらっている場合ではなかった。
名前を一切覚えない体術指南ときたら、怒鳴り声を発して棒を振り回すのだ。
「おい、そこ。ちょんまげと、ハネッ毛。さぼるんじゃないぞ!」
うろうろしていると、棒で殴られるかもしれない。ケネスは覚悟を決め、低く身構えた。
「よし、やろう。手加減はしないぞ、スノウ!」
「望むところさ」
不敵に笑うスノウ。
2人はにらみ合ってぐるぐる回りながら、互いの間合いを詰めた。体格と腕力はスノウが勝る。だが技はケネスが上のはずである。
案の定スノウは、まさに隙だらけの構えでにじり寄ってきて、ケネスの腕を取ろうとした。
がっつりと組んだら負けるに決まっている。
ケネスはその手を振り払い、逆に両腕を掴んで投げを打とうとしたが、これこそ拙速な攻め方であった。
「お、重い……」
スノウの体重に負けて、ずるずるとつぶされてしまった。
気がついたら片方の肩は完全に地に付いて、もう一方の腕はスノウの足で押さえられている。そして下半身は、スノウの腕で完全に固められていた。
「ぐあっ」
ケネスはたてに固められて、必死で起き上がろうとしたが、びくともしない。スノウにもっときつく締め上げられるだけだった。
冬だから太って、ちょっぴり「むちった」腕が、ケネスの股間に密着してがっちりと固めている。ケネスにとってはすごく苦しかったのだが、そのときありえない悲劇が起こった。
「ひっ」
スノウは変な声を上げて、ケネスを締め上げた腕を引っこ抜いた。密着していたため、この悲劇に気づいたのだろう。股間が元気になったケネスを締め上げるのが、気持ち悪かったのかもしれない。
それが証拠に、何気なく自分の二の腕をさすっている。
「ぼ、ぼく何もしてないよね? ね? 普通にやってただけだよ! ぼくのせいじゃないぞ」
ケネスは「お前のせいじゃない」と言い返したが、あまりの情けなさに涙が出そうだった。あとは無言で起き上がり、両膝を抱えて座り込んだ。惨めだった。
スノウはあたりを見回しながらつぶやいた。
「大丈夫、かな。ええと……どう? おさまった?」
ケネスは首を振った。
(あっちへ行け、バカ息子)
カタリナ副団長のハンドクリームの悩ましい匂いのせいか、スノウのムチった腕のせいか、それともケネスの修行が足らないせいか。あまりの苦しさのために、生存本能が働いただけなのか。
どっちにしろ、一度元気になってしまったケネスの分身は、容易に収まらなかった。それどころか、落ち着こうと焦ればあせるほど、分身は強情に立ち上がるばかりだった。
こんなことが知れたら、明日から上を向いて歩けないだろう。乱取り最中に立ってしまった男として、ガイエン海上騎士団の語り草になるに違いないのだった。
「ケネス、ほら。背負ってやる。逃げよう」
スノウが背中を向けていた。ケネスはすぐに、相手の意図を察した。
師範は「お、どうした」と声を上げたが、スノウが「気分が悪いって言うので、教護室に連れて行きます」というと、さして追求もしなかった。
救護室には誰もいなかった。スノウの機転のおかげで、誰にも気づかれないで済んだだろう。
だが、ケネスの受けた心の痛手は大きかった。
「落ち着いたら戻っておいで。誰にでもあることだから、気にするな」
御曹司はさわやかに微笑んだが、その笑顔には、優越感も混じっているようだった。
ケネスは惨めな気分で、スノウのほっそりした後姿をにらんでいた。
(大人ぶりやがって、いいやつぶりやがって……これで恩を売ったと思ったら大間違いだぞ、スノウ!!)
今や、あまりの恥ずかしさに混乱して、すっかりキャラが違ってしまったケネスだった。
12月、ラズリルで(3)
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