ロクス 1
2006-04-22


新台を狙って、開店前から待った甲斐があった。
玉を入れて5分もしないうちに、ロクスの台はフィーバーし始め、玉が箱の中に吐き出されはじめた。入店したときに持ってきた箱3つが、あっという間に一杯になった。
店員があわてて予備の箱を持ってきてくれて、ロクスの頭上にチューリップの札を引っ付けた。

(今日はついている。)
ロクスは、パチンコ台の下に収まりきらない、長い脚を組みなおした。自慢の美しい髪を掻き揚げ、昨夜女から取り上げた、ミント味のタバコに火をつけた。
(インポになるんだっけ? これ。……別にいいけどな)
賭け事も女も、はじめは楽しかったが、今はさして楽しいわけではない。ほかにしたいことが見つからないから、この金属臭い場所に入り浸っているだけだった。

昼食を取ろうと店を出て、景品引換所で玉を金に換えると、5万円にもなっていた。
「おはようございます、フロレスさん」
どこから湧いたのか、丸顔の中年男がロクスの肩を叩いた。顔なじみの、消費者金融の社員だ。
「もう昼だぞ。おはようって時間でもないだろう?」
取立て屋は、まったく動じない。彼も別にやくざというわけではない、地元の消費者金融の社員で、着ているものも安そうな吊るしのスーツだ。
「ちょうどいい、利子の分だけでもいただけますか?」
ロクスが返事をする前に、今朝2時間でかせいだ5万円をすばやく取り上げ、枚数を数えた。
「5万円、まいど」
そういうと、取立て屋はモバイルに入力を始めた。
「ロクス・ラス・フロレスさま、5万円ご返金、と。でもまだ当社だけでも軽く200万円超えてますよ。早く返さないと増える一方ですよ〜」
「うるさいな。返すって言ってるんだから、がたがた抜かすな」
「ま、わたしもこれが仕事ですからね。お金を返してもらえば、がたがた言わないですむんですよね」

取立て屋は肩をすくめた。
「うちよりもっとヤバイ店から借りてるんじゃないですか? だめですよ、闇金なんかに手を出しちゃあ」
「ほんとに余計なことだ。あんたに関係ある?」
「おおありですよ」
中年男は指をふって見せた。
「借金が重なって、夜逃げされちゃったら困るんでね。でもま、あなたは夜逃げしようがないですけどね」

ロクスは取り立て屋をにらみつけると、愛車のBMWに乗り込んで、音高くドアを閉めた。



帰宅すると、祖父に怒鳴られた。
「どこへ行ってた。借金取りがこの寺まで押しかけてきたんだぞ!」
ロクスはふてくされて言い返した。
「借りたのはほんの少しなんですよ。利子がぼったくりなんですよ」
「いくら借りたんだ」
「ほんの100万」
「借金は200万だと言ったぞ。この寺をお前の代でつぶす気か?」
「この寺にとっちゃ、はした金でしょ」

祖父は、髪の薄くなった頭を振った。
「檀家様からいただいた浄財で、お前の借金は返せん。パチンコに競馬に、女との手切れ金、もういくら使ったと思っている。まったく、大学入ってからこっち、お前はろくなことをせん!」

この祖父は、息子を亡くしてから、ネパールでの慈善事業に凝っている。
そのため、大きな寺の和尚にしては生活がつましく、乗っているのも10年選手のマークIIだった。
(自分はどうなんだよ。ネパールで学校建てるとか、無駄金ばら撒いて)
ロクスはふてくされて横を向いていた。


「ロクス、今日こそお前に言わねばならん、この寺を出て行け」
祖父は、低い声で言い始めた。
「金は返しておいてやろう、私の葬式代でな。お前は、歩いてお四国を回って来い。」
「お四国、ですか」
ロクスは顔をゆがめた。
「1番札所から88番札所までまで全部、回らせてもらえ。高野山に満願の報告をするまで、この寺の門をくぐることは許さん」
「許さんって、ここはオレの」
「お前の寺ではない! 仏様と、檀家様のためのものだ!」
祖父は沁みの浮き出た手を懐に入れて、水晶の数珠をロクスに押し付けた。

「心を入れ替えるまで、この寺に帰ることは許さん。お大師さんに根性を叩きなおしてもらえ。それが出来ないのなら勘当だ、野垂れ死にでもしろ!」



「お四国だって? だっせぇ。回れるかよ、そんなの! うぜえじじい!」
ロクスは外に出てから、ぶつぶつと文句を言った。だが、祖父にはこれ以上逆らえない。
祖父の言っていることは正論だった。

広大な伽藍には、四季を通して彩となるよう、さまざまな種類の花木が植えられている。その日は、白い山茶花が散り始め、磨り減った石畳の上にはらはらと落ちていた。

寒さが緩んだ冬の午後、参拝客は多かった。ベビーカーを押してゆっくりと歩いていく若い母親、幼児の手を引いた若い父親、微笑みあう年寄り夫婦。
みな、幸せそうだった。
ロクスはむかむかして顔を背けた。このようなぬるい幸せは、自分にはもう、何年も縁がない。
母の手のぬくもりも記憶がない。手に届かないものを目にするのは、不愉快なだけだった。
(ああ、何もかも、うざい……)

歩いていくと、珍しいものを見ることになった。

この寺を溜まり場にしている鳩が、地面も見えないほどに集まっている。
その鳩の群れの中に、背の高い若者が立っていた。奇妙なことに、若者は鳩に向かって話しかけ、ときどき頷いてすらいた。
どんなエサをやったのか、ひどく鳩に懐かれている。肩にも何羽か止まっているようだった。
もっと異様なのは、本人の背中にも一対の灰色の翼がついていることだった。

(コスプレか。オタクならコミケにでも行けよ。それともどっかの宗教団体か。だっせぇ)
係わり合いになるまいと、黙って通り過ぎようとしたとき。
「ロクスさん、ですね。お待ちしていました。私はラビエルと言います、はじめまして」
男は整った白い顔に、内気そうな笑みを浮かべ、お辞儀をした。同時に灰色の巨大な翼が跳ね上がった。

さすがにロクスも驚かざるを得なかった。
(作り物なのに動くのか、この翼。よく出来てるな)
見知らぬ相手は長身だった。それが翼をつけているので、かなり威圧感があった。
一瞬ひるんだロクスだが、ぐっと背を伸ばし、「そうだけど、何か用? あ、寄付か何かなら、勘当されたばかりだから無理よ。おれ、金ないし」と答えてやった。

男は首を振った。
「癒しの手を持つあなたの、お力を借りたいんです」
「おれの力?」
コスプレ男は、翼の先が地面につくほど低く、ロクスの前に跪いた。
「この世界は、堕天使に狙われております。どうか神の勇者となって戦い、この世界を救ってください!」


ロクス2
フェバ部屋トップ


トップ