ロクス 2
2006-04-23
「どうか神の勇者となって戦い、この世界を救ってください!」
ここは笑うところだろう。だが、天使コスプレ男の目はあまりにも正気で、温和そうに見えた。だが見た目が正気だからといって、頭のネジがぶっとんでいないとは限らない。
怒らせないように、適当に調子を合わせつつ、丁重に断るしかない。
「せっかくですが難しいですね。ぼくは仏教徒ですから、宗派が違う」
「宗派の違いを超えた戦いなんです、ロクス。必要とあればイスラム教徒の方にも頼みに行くつもりですよ。それにあなた、お寺の息子さんだけど、仏様を信じていらっしゃらないそうで」
柔和な声だが、言うことはきつい。
「失礼な!」
「妖精さんが教えてくれたんです。そうだよね、シータス?」
すると、コスプレ男の肩の辺りから、トンボの様なものが現れた。ロクスはまた言葉に詰まった。トンボかと思われたものは、小さな人間の姿をしていた。
アラビアンナイト風の服装をした、筋肉隆々の男のフィギュアのようなものに、羽がついている。しかも淡い光に包まれている。
動く羽根の生えたフィギュアは、野太い声で言い始めた。
「え〜、高校までは優等生でいらしたが、それから道を踏み外して飲む、打つ、買うの三拍子。大学の仏教学科を卒業なさったのに、神も仏も信じない無神論者。放蕩がたたって借金まみれ、勘当寸前でいらっしゃるという話です。あ、先ほど実際に寺を追い出されたんですね」
「ああ、それは大変だ。でもこれで、勇者として動く時間が出来ましたね、ロクス」
「勝手なことを抜かすな、このアキバ系め!」
知らず知らず大声になっていたらしい。
通りすがりに小さな女の子が母親の手を引っ張り、「ねえねえ、ママ。あの人一人でしゃべってるよ。どうしたのぉ」と大きな声で言ったものだ。
すると母親は怯えたように、「これっ! 見るんじゃありません」とささやき、娘の手を引っ張って逃げていってしまった。
ロクスはぞっとして、もう一度、自称天使を見つめた。
(こいつ、幽霊か?)
すると「天使」が説明してくれた。
「あの人たちにぼくは見えません。今は、あなただけに姿を見せてる状態です。あの……アキバ系って何ですか?」
「お前みたいなやつのことさ、コスプレオタク」
「ぼくの名前は、ラビエルですよ」
ロクスは少し冷静になり、ラビエルを上から下まで眺めなおした。白いアラン編みのセーターにチェック柄のマフラー、脚にはジーンズ、短いブーツ。天使というより、こざっぱりした大学生のようだ。ただ背中に翼をつけていなければの話である。
「天使ならもっとこう、ひらひらした服を着るもんだろ? スカートみたいなやつをな、何でそんな格好してるんだ」
ラビエルは少し赤くなった。
「ある勇者様がお下がりを下さったんです。脚が寒いだろうとおっしゃって」
何に動揺したのか、ラビエルは羽ばたきもしないのに、2メートルほど上空に浮かんでしまい、あわてて戻ってきた。
「堕天使は、同時に、別の場所で攻撃をしかけてきます。混乱を止めなければ、大勢の人が命を失います。起きようとしている混乱を止めて、世界を救ってください」
きびきびした、若い会社員のような話し方だった。
「いまいち信用できない。羽だって灰色だし」
すると、ラビエルはまったくひるまず、翼を広げて見せた。
「ぼくの翼は白くないけど、天使の仕事をするのには何の支障もありません」
「何の支障もないなら、なんでお前が、自分で戦わないんだ」
「地上において天使に許されるのは、勇者様を助けるだけです。自分で堕天使と戦ったりしたら、恩寵を失って堕天使になってしまうと言われています」
どんな問いを発しても、男は迷いなく答えて見せた。
ロクスも、(こいつは本当に天使なのかもしれない)と思い始めていた。
ただ、認めてしまえば、勇者とやらになって世界のために戦う羽目になる。
(冗談やめてくれ。このおれが勇者だと。世界を救うために戦うだと!)
そういう偽善者っぽい話は大嫌いだった。
自分が痛いときには大騒ぎするが、他人の痛みは100年でも耐えられる。
ロクスも含めて、人間は利己的で、欺瞞に満ちている。
この天使にも何か欺瞞があるはずだ。それを包み隠して、まったく純粋なふりをしているのが気に食わない。
「お前は信用できない」
するとラビエルは顔を引き締めた。
「どうしたら信用していただけるのでしょうか」
「お前、他の人間にも見えるようにできるのか? その羽根は引っ込めて、人間そっくりに見せられるか?」
「え? ええ、できますよ」
ロクスは、ラビエルの顔を見据えて言った。
「ひとつ条件がある。おれが今から言うことを、やって見せてくれ。お前の本気を見せろ。そうしたら勇者にでも何にでもなってやる」
ラビエルの顔はぱっと輝いた。
「何をすればいいんですか?」
「ついて来たらわかる。おれの車に乗れ」
すると、男の妖精が、天使の周りを飛び回った。
「天使様、お気をつけください。何か変です」
天使は「シータス、君はしばらく休んでいなさい。ぼくは大丈夫、勇者様を信じなさい」と言い、ロクスの車に乗り込んできたのだった。
ロクス 3
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