ロクス 3
2006-04-26
羽根の生えた男を後部座席に乗せて、高速道路を西へ走る。途中、一般道へ降りたあたりから道が混み始めたが、コスプレ天使は文句も言わず、おとなしく座っていた。
あまりおとなしいので、寝ているのかと思い、バックミラーで確かめると、ラビエルは窓に貼りついて、熱心に外を見ているのだった。のんきなものだった。
ラビエルは「勇者様を信じる」と言った。
(おあいにく様、おれは勇者なんかじゃない。うかうかと他人を信じるのがバカなのさ)
ロクスは胸の中で毒づいてやった。
すっかり夕方になってたどり着いたのは、この国でも有数の大都市だった。この街の郊外には、かつてロクスが通い、ようやく卒業した大学がある。
街中でコイン駐車場を見つけて、車から降りると、ラビエルもついて降りてきた。白いセーターの背中から、翼はいつか消えていた。
ずっと後部座席に座り、互いに口をきかずに座っていたので、いつ翼を引っ込めたのかもわからない。
互いに黙ったまま10分ほど歩いて、目当ての店にたどり着いた。
「この店に入れ」
「ロクスは?」
「おれはここで待っている」
ラビエルは、整った白い顔に何の表情も浮かべずに、ロクスを見つめた。
「それで、店に入ってぼくは何をすればいいんですか」
ロクスはくすりと笑った。
「コーヒーでも注文して飲んでろ。そのうちに、誰か声をかけてくるだろう。適当に話をあわせてろ。そのうち、外に出ようとか、静かなところに行こうとか言われるだろうから、着いていけ。でもって、どっかの部屋に入ったらこれを渡せ」
ロクスはポケットから、小さな包みを出し、ラビエルの手に押し付けた。ラビエルは包みを見つめた。
「これは、何ですか?」
「見ればわかる」
ラビエルは、包みを振って見たり、包みの中を覗き込んだりしたが、それが何か全くわからないようだった。
「箱? お菓子ですか?」
取り出そうとするのを、ロクスはあわてて止めた。
「こんなところで出すな、さっさとそれを仕舞え」
ラビエルはロクスを見つめ、「その、誰かと外に出て、どこかに行くとして、そこでこの箱を渡したら……勇者になってくれますか?」
「ああ、なってやるとも」
ラビエルは、自分のブーツの先を見つめた。そして、不安げに「わかりました」とつぶやいて、早足で店に入っていった。
(バカが)
ロクスは店には入らず、街路樹の陰から様子を伺っていた。冬の夕方で、冷え込み始めようとしていた。店の前の自動販売機で缶コーヒーを買い、冷たくなった手を温めて、タバコに火をつけた。
息が白かった。
どれくらい待ったか、寒さのあまり、足先の感覚もなくなってきた。そのとき、ロクスは急にばかばかしくなったのだ。
(おれなにやってるんだ? ここにあいつを捨てるために来たんじゃないか、待ってる必要はないんだ。それより今晩、どこに寝るかが問題だ)
大学時代の悪友が、まだこの町にいるはずだった。頼めば一晩くらい泊めてくれるかもしれない。
少ししか吸っていないタバコを足でもみ消したとき、ドアが開いた。
(なんてこった。本当に捕まえやがった、あのバカ)
一人は緊張した面持ちのラビエル、もう一人は、ロクスに以前付きまとっていた男だった。名前ももはや覚えていないが、顔色の悪さと、青い髪に見覚えがあった。
(なんていったっけ。そうだ、クラレンス!)
明らかに筋金入りだ。
ロクスは苦笑した。これであの天使も少し不愉快な目にあえばいい。そうしたら、もう二度と「勇者に」なんていってこないだろう。
そのときだった。
(ロクス、この人についていけばいいんですね)
すぐ耳元で、ラビエルの声がした。ぎくりとして見上げると、ずっと先の角を曲がる二人の姿が見えた。ロクスは震え始めた。
(空耳だ。おれの、空耳だ!)
ロクスがその場に立ち尽くしていると、また耳元で声が聞こえた。
(とても明るい灯りの家が見えます。この人は、入ろうって言ってます。あなたの言うとおりになりましたね、ロクス)
「畜生、ラビエル!」
ロクスは震え始めた。
(部屋の入り口まで、来ました。ぼくに入れと言ってます)
(入ったら、この箱を渡します)
(それでは、また)
ラビエルの声はそこで途切れた。
ロクスはようやく我に返り、手に持ったコーヒーを放り出して、走り始めた。
何人もの通行人にぶつかり、「あほんだらぁ!」と罵られたが、追ってくるものはいなかった。
彼らが消えた角を曲がり、しばらく走ると、いかがわしいホテルが3軒も並んでいた。
「どれだ、ラビエル!」
だが、答えはなかった。
「何番目に入った、答えろ!!」
通行人にじろじろと見られてようやく、ロクスは我に返った。とりあえず一番初めの宿に飛び込んだ。
「いらっしゃい。ビジネスのお客さん? お一人でも泊まれますよ」
おやじが小窓から顔を覗かせて、愛想よく声をかけてきた。いかがわしい宿の受付にしては屈託がない。
「お、お、男二人連れが入ってきただろう! ついさっきだ!」
「へ?」
「おれの……弟だ、弟が男に拉致られたんだ! ちょっと、その、頭が弱い子で。大人だけどな。だまされて連れて行かれたんだ!」
すると、受付の男は気の毒そうに答えた。
「お客さん、大変ですなぁ。けど、男はんの二人連れいうのは、どなたも来てませんよ。別のとこと違いますか?」
「くそっ!」
宿の階段を駆け下りると、次の宿に飛び込む。だがそこでは「さっさと立ち去れ」とすごまれた。
「ラビエル!! どこだ!」
ロビーで怒鳴ると、ガードマンが飛んできて、ラビエルを表に引きずり出した。
「うるさいな、しつこいと警察を呼ぶで!」
3軒目のホテルでも同じ扱いを受けた。
「どこなんだ、ラビエル!」
そのとき、また耳元で声がした。
(ロクス、まだいらっしゃいますよね? この人に箱を渡して、戻ります)
ロクスはほっとして答えた。
「ああ、いいからもう出て来い!」
だが、ラビエルからの答えはない。ラビエルからの声は、一方通行なのかもしれない。ロクスからの声は聞こえないようのだったら、なんとも、役に立たないテレパシー能力だ。
(こんなもの、使わないといわれました。受け取ってもらえません。ナマがいいって言われたんですけど、何のことですか?)
途方にくれた、怯えたような声だった。ロクスは頭を抱えた。
(この人、変です)
(ロクス、助けてくださ……)
そこでラビエルの声は途切れた。
ロクスは足を踏み鳴らして怒鳴った。
「バカっ、ぶん殴れ! 男なら抵抗しろ!」
だが答えはない。万事休すだ、ロクスは頭がぐらぐらしてきて、気が変になりそうだった。
まさかこんなことになるとは考えなかったのだ。今頃、ラビエルがどんな目にあっているかを考えると、吐きそうになった。同じ男としていたたまれなかった。
それが自分が狙ったことだったのに、現実にそうなってみると、とても耐えられなかった。
(おれが悪かった。許してくれ)
祈るような気持ちでホテルの入り口を見ていると、暗がりに白い姿が見えた。
「ラビエル!」
駆け寄ろうとすると、何かが顔にぶつかった。
「寄るな、外道」
ラビエルの肩の辺りに、例の妖精もどきが飛び回り、淡い光を発していた。
「それ以上天使様に近寄ると許さん」
ラビエルはうつむいたまま、一言も発しなかった。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけないだろう! お前は天使様に何をしたんだ? 私が踏み込まなかったら、天使様はな!」
妖精に怒鳴りつけられながら、ロクスはラビエルの肩に手を置いた。ラビエルは顔色がひどく悪く、倒れそうにすら見えた。
「本当に大丈夫。驚いただけです」
だが、言葉とは裏腹にひどい有様だった。
髪はくしゃくしゃで、シャツはセーターからはみ出し、ズボンの前も開いて、ベルトが落ちそうになっていた。
「とりあえず、社会の窓を閉めろ」
だが天使はぽかんとして、何を言われたのか理解しない様子だ。
「……手間のかかる」
ロクスは舌打ちして、ラビエルの前にかがみこみ、ジッパーをあげてやった。本当に危なかったらしい。
(まったく……)
こんなドンくさい天使が、なぜ地上を守護するなどという役目をもらったのか。
神も投げやりな人事配置をするものだ。何を考えてるんだと、神を問い詰めたいところだった。
(こんな汚れた世に放り込むなら、コンドームの使い方くらい教えとくべきだろ?)
だが、その愚か者の天使にコンドームの箱を押し付け、ホモご用達のバーに放り込んだのはロクスなのだ。
(そのうちおれにも仏罰が下るだろう)
ロクスはため息をついた。こんなときも天罰といわず、仏罰と思うのは、さすがに寺の跡取だった。
「で、今の男はどうしたんだ。ぶん殴ったのか?」
するとラビエルは妖精のほうを見やり、困惑の色を浮かべた。
「シータスが石にしてしまいました」
「殺ったのか?」
「いいえ、あくまで一時的なものです。自然に元に戻りますから」
「ま、石のままのほうが幸せかもな。あいつ、そのうちエイズで死ぬぞ」
天使は、ひどく真剣な顔をしてロクスを見つめた。
「勇者ロクス、車に戻ったら、お話があります。聞いてくれますか?」
ロクス4
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