虹の町               H. 12. 01. 17
 ミューズは活気ある町だった。
 ここについて数日、リアム坊っちゃんとグレミオは宿屋に泊まって、家を探した。
 そして、町外れに古い一軒家を見つけることができた。

「ちょっと中心部から離れているけど、そのぶん安くしてあげる」
 家主に中を見せてもらった。悪くないな、とグレミオは思った。
「家具もついてるんですね」
 調理用具や食器なども貸してもらえるという。これは実に好都合だった。
 狭い家だが、よそ者が家を借りられるだけでありがたいと思わなければなるまい。
 引越しといっても、荷物もほとんどないし、あとは掃除だけだった。

 リアムが力をこめて磨くので、曇っていたガラス窓もすぐにきれいになった。
「ほら、ぴかぴかだろ」
「本当、うまいもんですね」
「家中、ぴかぴかだ。もういいんじゃないか?」
「じゃ、ちょっと一服しましょう」
 お茶を沸かして、買ってきておいた甘いパンで簡単に昼ご飯にした。

「何でもありますね、この町は」
「昨日の鑑定屋なんて、面白かったな」
 旅の途中、襲ってきた盗賊から取り上げた、ヒスイの指輪を鑑定してもらったのだ。

「ほほう、これはこれは。お兄さん、なかなかご立派なものをお持ちですな」
 リアムが鑑定屋の声色をまねたので、グレミオは吹き出した。

「もう、やめてほしかったですよね。あの言いかた。きっと盗品だって思ったんですよ」
「そこでいってやったさ、先祖伝来の逸品です……
「ま、もとは盗品でしょうけどね。高く売れてよかったですね」
 グレミオはカップをまとめて台所に立った。
「落ち着いたら、も一度町を回ってみましょう」

 皿を洗い、白いふきんで拭いていると、後ろから坊っちゃんが近寄る気配があった。
 リアムの手が、両肩をそっと包んで、背中に顔を押し当ててきた。
 最近はグレミオも敏感になって、それだけで反応してしまうのだ。
 しばらくすると坊っちゃんは片手をそっと付き人の前に当てた。

「これはこれは、お兄さん。ご立派なものをお持ちですな……」
 リアムはまた鑑定人の口真似をした。
「……どういたしまして。あなたにはとても及びませんよ……」
「や、どうしました、お兄さん」
 坊っちゃんがこっそり手を動かす。
 やめさせようとして手を抑えたら、かえって押し付けることになってしまった。
 本当は、やめてほしくなんてなかった。 どきどきして、唇が痺れてくる。

「坊っちゃん……」
「なんだい?」
 坊っちゃんがぴったり体を押し付けてくる。固い感触が脚に当たった。
「そんなことすると。私は……」
「私は、どうしたのかなあ?」
「もう、うずうずしちゃうじゃないですか……」
「こら、悪いお兄さんだ」
「あなたの先祖伝来の逸品で……つんつんしてもらわないと……」
「……してもらわないと?」
 坊っちゃんのくぐもった声を聞いていると、体がほどけていきそうだった。
「悶え死んでしまいます……」

 あの湖の城ではじめて体を合わせたときは、グレミオは途中から自分の口の中にハンカチを突っ込んだ。
 取り乱してどんな大声をあげるかわからない、とグレミオが思うほど、リアムは激しかった。
 グリンヒルの宿屋では、他の客に遠慮しながら、息を殺して抱きあった。
 だいたいグレミオは、あまり声をあげるほうではない。
 でも、今日は違った。付き人はあるじの少年の口の中に、なんども悲鳴を放った。

「口を放さないでください、お願いです」
 グレミオは、自分の体にのしかかっている坊っちゃんに懇願した。
 坊っちゃんはグレミオの肩の横に腕をついて体を支えていた。
 鍛えられた腕をつかむと、グレミオの指は汗で滑った。
 リアムの額から、汗がぼたぼたとグレミオの上に落ちてきた。
「すごい大声をだしてしまいそうです……」
 坊っちゃんが唇をふさいで、欲望をたたきつけてきた。付き人はまた叫んだ。

「……すみません」
「うれしいよ、だからね……」
 遠慮なく声を上げたらいい、とリアムは言った。
 それから全身で付き人を締めつけながら、ゆっくりと、しかし情け容赦なく、深くえぐった。
 やっと少し目を開けると、小柄な坊っちゃんの体が、なぜかひどく大きく見える。そのきれいな黒い目が、グレミオを見据えた。
 坊っちゃんの激しい息遣いが、また付き人の力を奪った。
 手で坊っちゃんを愛撫する、そのわずかな力がもうない。
 されるままになっているしかなかった。

 こんなに痛いものだったろうか?
 グレミオはことばにならない声を絞り出した。
 体が、まっぷたつになりそうだ。
 でも、腰が勝手に動いて、リアムを突き上げてしまう。
 次の瞬間、快感の大波が来た。一つ目を泳ぎきると、またもう一つ。
 逃げられない。死んでしまう。……落ちる。
 グレミオは髪を振り乱し、体は勝手にのたうって、瀕死の魚のように震えた。
「グレミオ」
 リアムの上ずった声がする。息が上がって、返事もできない。
「グレミ……」
 坊っちゃんは力尽きたように、グレミオの上に落ちてきた。


 ふと目を覚ますと、まだ坊っちゃんを腕の中に抱いていた。
 窓はもう白んでいた。グレミオはぼんやりと、坊っちゃんの安らかな寝顔を見つめた。
 抱き合ったまま眠ってしまったのか。でも、まだ体に昨夜の快感が残っている。
 体の底がぬけて、内臓も何もかも外に出ていってしまったのではないか、というくらい力が抜けていた。
 体がまだほうっと温かい。 ……まだ坊っちゃんが体の中にいるみたいだ。

 なにげなく自分の手を見ると、なんと血だらけだった。
 ぎょっとしてもう一度見ると、とくに爪のあたりが汚れている。
 そっと毛布をはぐってみると、坊っちゃんの背中が目に入った。
 ひどい引っかき傷で、血がこびりついていた。
「何てことだ……」
 付き人はショックを受けた。よく見ると、坊っちゃんの肩には歯形までついて、血が滲んでいる。  自分で噛むはずがないから、やっぱりグレミオの仕業としか思えない。
「……こんな、こんなこと……」
 本当に、度が過ぎているとしかいいようがなかった。


 翌日、急に坊っちゃんは高熱を出した。
 朝は元気だったのに、昼過ぎにはひどい熱で震えていた。
 付き人は近所の人に聞いて、名医と名高いホウアン先生の診療所に走った。

 ホウアン先生の診療所は、ミューズの市庁舎の前にある。まさに一等地だ。
「申し訳ありません、往診をお願いしたいんですが」
 グレミオが遠慮しながら頼むと、ホウアンはいやな顔もしないで言った。
「すぐに行きます、場所を教えてください。あなたは先に帰って、部屋に湯気を立ててください」

 先生は、半時間と立たないうちに家まで来てくれた。
 ホウアン先生は、リアムの脈をとり、熱を測り、上半身裸になるように言った。
 そしてリアムの背中を見た医師は、顔色を変えた。

「息を吸って……吐いて」
 胸と、それから背中に聴診器を当て、じっと聞いていた先生は、こう診断を下した。
「胸は大丈夫、心配ありません。悪い風邪が流行っているから、それでしょう。水分を切らさないように、果物でも何でもいいですから食べさせてください。脂っこいものはさけてくださいね」
「ありがとうございます、先生」
 グレミオに向き直ったホウアン医師の目が、ひどく厳しくなっていた。
「あなたにお聞きしたいことがあります。外で」
「は、はい?」 
 医師の冷たい声に戸惑いながら、グレミオはあとに続いた。

 台所でホウアン先生は立ち止まった。温厚そうな顔がこわばっている。
「あなたがたは、こちらへ越したばかりだとお聞きしましたが、お知り合いは?」
「……いいえ、誰もおりません」
 そう聞くと、ホウアン先生の目はいっそう厳しくなった。
「リアム君とあなたは、どういうご関係ですか。 親子ではないですね、ご兄弟ですか? そうは見えませんね……」
「いいえ、私は……ちがいます。ただの、使用人です」
「二人で住んでいるんですね」
「そうですが……」
 
 医師の目は、汚物を見るもののそれに変わった。
「リアム君は、何歳ですか?」
「十八歳です」
「あなたがたは、ここの人ではなさそうですね。では知っておいたほうがいい、このミューズでは青少年保護法というものがあります」
「?」
「十八歳以下の未成年者を虐待すると、十年以下の実刑です。性的虐待も含みます。そしてリアム君には、虐待を受けたあとがある」

 グレミオの頭は真っ白になった。性的、虐待?
「今回は通報しません。でも、場合によっては」
「ま、待ってください!虐待って、誤解です!」
「十六歳以下の者であれば、同意の上でも性交渉を持つと罰せられます。本当にリアム君は十八歳ですか?」
「……もちろんです」
「では、申し訳ないが本人に確かめさせてもらう!」

 おろおろしているグレミオを突き飛ばすようにして、ホウアン先生はまたリアムの元に戻り、ベッドの横に腰掛けた。
「リアム君は、何歳?」
「十八歳です」 その声はがらがらだった。
「ご両親は?」
「……いません。グレミオだけです」
「自分は使用人だって、本人は言っていたよ?」
 リアムは答えなかった。

「リアム君、背中の引っかき傷だけど」
「はい」
「誰がつけたの?」
「言えません」
「誰かにいやなことをされる、ということはない?」
「ないです」 リアムは苦しそうに答えた。

「あのね、私は民生委員をしているんだ。子供の保護も仕事の一つでね」
「おれは子供じゃないよ」
「でも、未成年だ。君には保護を求める権利があるんだよ」
「……保護?……言ってる意味がわからないよ」
「あの人が、グレミオさんが、なにかいやなことをするんじゃないのか?」
「……グレミオが?」
「そう、グレミオさん。彼が、君にひどいことをするんじゃないのかい?」
「ひどいこと……あいつがそういったのか?……ひどいこと」
「リアム君?」

「いやなのか……グレミオ……そんなことないよな」
「……リアム君?」
「おれ、めちゃくちゃだから」
 熱で頭がぼうっとなっているらしい。答えもおぼつかない。
「……少し眠りなさい」
 ホウアン先生はあきらめたように立ちあがった。


 医師はその場で薬を処方した。
「熱さましと薬を二日分、出しておきます。すこしきついですが、この風邪には特効薬ですからね。これで落ち着くと思いますが、あまり苦しがるようならまた呼んでください」
「あ、ありがとうございます」
「一日三回、食後にお白湯で飲んでください」
「はい」
「グレミオさん、先ほど言ったこと、くれぐれも肝に命じてくださいよ」
 ホウアン先生は厳しく言うと、帰っていった。


「坊っちゃん」
 グレミオがベッドに近づくと、リアムはうとうとしていた。すこし息が速い。
「大丈夫ですよ、私がついていますからね」
 額に冷たいタオルを置くと、リアムは少し笑った。
「気持ちいいよ」
「ずっとここにいますから」
 グレミオはそれから一晩中、リアムの頭を冷やしつづけた。
 
 虹の町 1 おわり。 怒涛の2へ続く!(何それ)

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