虹の町 2 H.12.01.18
坊っちゃんはミューズに落ち着いてまもなく、ひどい熱を出した。
しかし若き医師ホウアンの治療が効を奏したか、順調に回復しつつあった。
グレミオは、リアムのためにあっさりしたスープをつくり、リアムに飲ませた。それから、水分の多い粥をつくったが、リアムは粥が実は苦手だった。
「とにかく水分が大事なんだそうです」
自然、すりおろした林檎やら搾ったオレンジなど、のどごしのいいものばかりになる。
「坊っちゃん、何が食べたいですか? 食べたいもの何でも言ってください」
「じゃ、プリンが食べたい」
付き人はさっそく卵と牛乳で焼プリンをつくった。これをリアムは喜んで、二つも食べた。
レストランでアイスクリームを買いこんでくると、リアムはそれも喜んで平らげた。
体調が悪いときは、味覚は子供のように甘党になってしまうらしい。
そうしている間に、リアムの熱は下がった。
二日後、ホウアン先生はまた往診に来てくれた。
「もう大丈夫です。しかし、しばらくは外出を避けてください。急に無理をすると、ぶり返すことがありますからね」
「ありがとうございます、先生」
「薬は、違うものを処方します。あとで診療所に取りに来てください」
ホウアン先生が帰ってから、しばらくしてグレミオは言った。
「診療所に行ってきます。帰りに買い物してきますけど、坊っちゃん、何か食べたいものはありませんか?」
「シチューが食べたい」
グレミオはうなづいた。
「おいしいのをつくりますね」
ミューズ市街の中心部にある診療所は、相変わらず一杯だった。まだ子供のような助手が、
「一日三回、食後に飲んでくださいね」と薬を出してくれた。
帰りに市場で、鶏を丸ごと買った。その店では、目の前で羽根をむしり、バーナーで丁寧に焼いてくれる。
自分でやってもいいがゴミになるので、解体も頼むと、鶏屋は手際よく肉にしてくれた。
おまけに、ダシ用の鶏がらもきれいに洗ってくれた。
それを家にもって帰ると、坊っちゃんはすやすや眠っていた。
音を立てないように気をつけながら、リクエストどおりにホワイト・シチューをつくり、いつもよりバターもとろみも少な目に仕上げる。
それからリアムの様子を見に部屋に戻ると、ちょうど起きあがったところだった。
顔色は、もうよほどマシになっていた。
「坊っちゃん、起きたんですか。気分はどうですか?」
「もうめまいもしないよ。いい匂いだなあ」
「すぐにお食事にしましょう。……でも汗びっしょりですね。着替えないと風邪引いちゃいますね」
「もう引いてるって」
「ははは、そうでした」
何度も着替えたために、もうきれいな寝巻きがない。 グレミオは自分のパジャマを出した。
台所で、タオルを何枚も熱湯で絞り、それを寝室に運ぶ。
タオルを次々に取り替えながら、冷えないように手早く坊っちゃんの体を拭く。お風呂に入れないときには、これでも、多少はさっぱりする。
本当に具合が悪いときはこれも負担になるが、もう大丈夫のはずだ。そして、体を拭くとなぜか食欲もでるのだ。
グレミオは坊っちゃんのお腹を拭きながら、口には出さないものの、やせてしまった、と思う。
でも、ちゃんと養生すれば、すぐに回復するだろう。
かさぶたの残る、背中の引っかき傷と、黒っぽい肩のあざを見ると、付き人はあやうく涙が出そうになった。
これは数日前、付き人がつけてしまった傷だ。
無意識とはいえ、自分が、こんなことをするなんて。
坊っちゃんは「そんなによかったんだ」と笑って許してくれたが、グレミオ自身、自分が許せなかった。
大きすぎるグレミオのパジャマを折り返して着て、坊っちゃんは「腹減った!」と言った。
そのいいかたはちょっと子供っぽくて、かわいらしい。
坊っちゃんはよろこんで、あつあつのシチューを平らげた。おかわりまでして、パンも口にした。
「よかったです。食欲がでてきて」
「久しぶりだな。グレミオに看病してもらうの」
「坊っちゃんは、小さい頃はよく熱も出したけど、本当に丈夫になりましたね。坊っちゃんが寝つくのなんて何年ぶりでしょうか。でも本当に、いいお医者さまがいてよかった」
そのときは、本気でそう思っていた。いい、お医者さまだと。
数日後、グレミオはまたホウアン先生の診療所に行った。日曜日でもないのに、本日休診、との札が下がっていた。
「……困ったな」
しばらくグレミオは迷ったすえ、遠慮がちにドアをたたいてみた。もしかして、いらっしゃるかもしれない……
「すみません、先生。すみません」
「はい?」
足音が近づいてきて、勢いよくドアが開いた。
現れた医師の、眼鏡の奥の柔和な目が、すっと冷たくなった。
黒い目が青く見えたほどだ。その伝える感情は、憎悪以外のなにものでもない。
すぐにもとの柔和な表情にもどったが、付き人はすっかりひるんでいた。
(何だか、雰囲気がちがう)
「……あなたでしたか。悪いけど今日は休みなんです」
丁寧だが、冷たい声だった。
「申し訳ありません。お薬だけいただきたいと思って」
「……まあ、お入りください。散らかってますがね」
おそるおそる医師について入ると、中はもちろん人影はない。
「診察室のほうへどうぞ」
「は、はい。でも、あの、リアム様のお薬だけいただければ」
「問診が必要ですから」
しかたなく診察室のほうへ入っていった。
「で、どんな具合ですか? リアム君は」
「熱のほうはすっかり引いたんですが、せきが出て苦しそうなんです」
「わかりました、またお薬をかえましょう」
「お願いします」
「ところで、グレミオさん。あなたとは個人的にお話をしなければと思っていたんですよ」
「……は、はい?」
ホウアン先生は、ゆっくりと言った。
「病気が治ったら、あの少年に虐待を加えるつもりですか?」
リアムの背中の、引っかき傷のことだ。グレミオは真っ赤になった。
最初に往診してもらったとき、ホウアン医師はグレミオが坊っちゃんを性的に虐待しているものと勘違いしてしまった。
確かに、彼らはただならぬ仲ではあるが。
青少年の虐待は、ここミューズでは、最高十五年も、実刑を食らうほどの重罪であるという。
「ホウアン先生、虐待など私は……」
「だいたい加害者はそういうんですよ」
「加害者……」
「変質者は自分のことを変質者だとは思わないもんでね、そういう自覚がないんです」
「へ、へんしつしゃ?」
「そうです、あなたは救い難い変質者だ。それ以外のなにものでもない」
静かな口調ながら、医師の罵倒は止まりそうもない。グレミオは身の置き所もなく、黙っていた。
次第に、若い医師はいらだちを見せ始めた。
「今度はだんまりですか。実にしぶとい人だ!」
「……先生、坊っちゃんのお薬をください。早く帰らないと」
「帰ってまた、あの若者にいたづらしようというのですね?」
グレミオは首を振った。
「……先生、だから……早く帰らないと坊っちゃんが心配……」
「世のため人のため、あなたを野放しにしておくわけにはまいりません。医師として、また民生委員として、あなたを更正させる義務があります!!」
その目は、殺気を放っていた。
この人は恐い。 逃げなければ。 グレミオは怯えて立ちあがった。
「帰しませんよ、グレミオさん!」
突如、医師がとびかかってきて、白いハンカチをグレミオの口に当てた。
すると、急に頭がぐるぐる回り始めた。
気がついたら、医師の靴が目の前にあった。あわてて起きようとすると、胸の上をどんとふみつけられた。
三白眼のホウアン医師が見下ろしていた。肩のところで切り下げた黒い髪が、ホウキのように広がって見える。
「よい眺めですな、ふ……」
「先生、いったい何を……」
「よく薬が効く体質のようですね。エーテルを嗅がされただけで失神するとはね」
両手は寝台の脚に縛り付けられていた。
そして脚も、どうやら添え木のようなもので固定されて動かなくなっていた。
胸を踏まれるまでもなく、体は動かせない。
恐怖にかられて、グレミオは叫んだ。
「こ、これをはずしてください。こんなことをされる筋合いはないです!!」
見下ろす医師の顔は、もとが柔和な顔立ちだけに、正視できないほど恐ろしい。
医師は、三日月のような目に笑みを浮かべた。
「強姦魔が何をいけずうずうしい」
「ご、ゴーカン? 誤解です、先生! 私はそんなこと……」
「顔を見ればわかるんですよ。グレミオさん、あんたは見るからに変態だ」
「そんな、先生。 あんまりです」
「顔に、そう書いてあります」
先生は、自分の白衣のボタンをはずした。
白衣の裏には、長さが二十センチはあろうかという太い針が、不気味に光っている。
「そ、そんなもの、どうしようっていうんですか!!!」
「虐げられるものの気持ち、体でわからせてさしあげます!」
けたけたと笑いながら、先生はグレミオの下半身を露出し始めた。
「や、や、やめてくださいっ」
「動くと、すっぱり切り落してしまいますよっ! 二度と悪さをできないようにねえ!」
「な、な、な、なにを切るんですか?」
先生は、酷薄な笑いを浮かべた。
「もちろんあなたの始末に負えない
ピーに決まってるじゃないですか!」
「ひええええっ」
「それがイヤなら、じっとしててくださいよ!」
先生は広口ビンをあけ、ピンセットで脱脂綿をつまみだした。
「私もプロのはしくれですからね、感染症対策は万全です」
そう口走ると、その冷たくしとどに濡れた脱脂綿で、グレミオの哀れに縮こまった(不肖の息子)及びその周辺、を丹念に拭き始めた。
「あああっ!!」
「これ、変な声を出さないように! これは消毒薬です」
「しょ、消毒してどうするんですかっ」
「そうせかさないで。お楽しみはこれからだというに、ふふふふ」
「せ、せ、先生っ」
「かーっかっかっか!」
先生はけたたましく笑いながら、それでも手元だけは確かなようで、忍者のごとく指に手挟んだ長い針を、次々にグレミオの(不肖の息子)に突き立てていった。
血が吹き出して、無防備な白い股間を真っ赤に染めていく。
「あああああああっ!!!」
「あなたが犯した罪を償いなさい!!」
「痛い、痛い、痛い!!!」
医師ホウアンの顔には、恍惚とした表情が浮かんでいる。
「痛いですか、えっ、痛いですか!? もっと痛くしてって言ってごらん! さあ、さあ、さあ!」
「わ、私を変質者だなんてののしって、あなたのほうがよっぽど異常じゃないか!!」
「クククク……よくわかりましたねえ……カンの良さは褒めてあげますよ」
「誰だってわかりますよ! あんたの医師としての倫理はどこにあるんですか!!」
「倫理、ねえ。 あなたのような強姦魔相手には、それも無用ですわなあ」
「ちがう! ちがーうっ! 私は強姦魔なんかじゃありません!!」
「あんたはいやがるリアム君の
ぴーを
ぴーして……」
「し、失礼な!! もう許さない! 私の誓いの大斧で、その、そっ首叩き落して…………ああ、家に置いてきてしまった!」
いわゆる一つの、平和ボケ、とも言う。
斧を持っていても、手足の自由を奪われてしまっては、モノの役に立たないのであるが。
グレミオが股間に針をつきたてられたまま、絶望と苦痛に身悶えするのをよそに、医師はおかしな箱を持ち出してくる。
「そ、それは何ですか?」
「小型の発電機です」
「はつでんき?」
「わかりやすく言うと、小さな雷をつくる仕掛けですよ」
「かみなりを……つくる?」
「あなたの
ピーに電流を流すというわけですな」
医師は手早く針の先端に、箱から何本もの糸を取り付けた。
「さ、行きますよ?」
「いくってなにを……えっ? えええっ?」
医師は箱のスイッチを押した。バリバリバリ、と恐ろしい音とともに、青白い火花が散った。
「わあああああああっ!!!!!」
哀れな付き人は、いか焼きのように反りかえって絶叫し、ぐったりとなった。
「気持ちよかったでしょう。 イキましたか?」
「……んなわけないでしょう……オニ……アクマ……」
「残念ですね。ではもう一度」
「!!!」
付き人はまた、エビのようにのけぞった。
「いっそ殺せ! ひと思いに殺してくれ!」
「うーん、そそられますな。その表情。振り乱した金髪、なめらかな白い肌に、血だらけの萎えきった
ピーの風情」
このまま、なぶり殺しになるのか?
「うう……天国のテオ様、お助け下さい……私は……坊っちゃんを守らなければ……それに、こんな姿でカバネをさらすとなれば……グレミオ、男子一生の不覚……」
涙でにじむ視界に、自分の手に宿した紋章が入った。
(魔法だ。もう、これしかない!)
グレミオは必死に考えた。
(ところで、何を宿していたっけ? ええと、水の紋章と、グリンヒルで宿してもらった風の紋章……ああ! 私はレベル2魔法までしか使えないんだった!)
というわけで、攻撃魔法は使えない。
これも、いわゆる平和ボケってやつである。
ホウアン医師は、何やらいそいそと帯を解いている。
着物の前をはだけると、こはいかに、そこには天を指している一物が!
長さ、太さこそ、さほどのものにはあらず、さりながらその勢いたるや、一介の文弱の徒にはあるまじき、すさまじさではあった。
「どわーっ、先生、なにをやってるんですかー!」
「ふふふ……フィストファックで仕上げようと思ってたんですがね(意味不明)……やっぱり本物がいいでしょう?」
「いらん、いらんわ! そんなもん!」
「そんなもんとは、失礼な」
付き人はせせら笑った。 いざとなると、彼は度胸がすわるのだ。
「そんなもんだから、そんなもんです! ふん、そんな
粗品で私とヤル気ですか?!」
ホウアン先生のひたいに、ぴしっと血管が走った。
「
粗品といいましたね……」
「何度でも言ってやる!
粗○ン! 私はいつも、あんたの二倍はあろうかという、坊っちゃんのお元気な
ピーで
つんつんつんつんしていただいているんですよ!(嗚呼……)」
「
粗○ンといったなあ……」
「そんなもん得意げに持ってこられても、おや、入ってるのか入ってないのかわからないね、ってなもんです! わっはっは!」
「どうやら命が惜しくないと見えますね……グレミオさん……」
「私は坊っちゃんにミサオ立てしているんです、あんたのきったない包○なんかに用はない!」
「……ぶっ殺す!!!」
すかさずグレミオは魔法を唱えた。
「風の紋章よ、眠りの風を起こせ!!!」
そして、風は巻き起こった。
坊っちゃんは、やっと帰ってきたグレミオを見て、仰天した。
「グレミオ、どうしたのさ、あちこち切り傷をつくって」
付き人はさわやかに笑った。
「ちょっと途中で
モンスターに会ってしまいましてね、風の紋章でやっつけたんです。でも至近距離だったから、自分もちょっと怪我しちゃって」
「街の中で、モンスター? 変だなあ」
「物騒な世の中ですねえ。でもおかげで、なんと
レベル3魔法が使えるようになりましたよ!」
まさに、奇跡だった。
土壇場でグレミオは、レベル3の風の魔法、「切り裂き」を医師ホウアンに放って、あやうく難を逃れたのだった。
しかし、そのことは言わない。ホウアン医師に、股間に針を刺されて、電流を流されたとか、強姦されかかったなどということは、坊っちゃんにはとても言えることではない。情けなすぎる。
「レベル3魔法が使えたのか!」
坊っちゃんは、まるで、わがことのように喜んだ。坊っちゃん自身は、ほとんど魔法の達人レベルなのだが。
「すごいじゃないか! じゃ、『切り裂き』ができたんだ!」
「何ででしょうね、レベルも上がらないのに急に使えるようになったんです」
「へえ、そんなこともあるんだ。やっぱり魔法って奥深いなあ」
無邪気に驚くリアムを見つめながら、
(テオ様が守ってくださったのかも……)
ふと、そう思う。
(私は確かに、眠りの風と唱えたんだから)
でも、まあいい。リアム様も元気になってきたし。
明日は明日の風が吹くさ、と楽天的な付き人であった。
END
らぶらぶR指定の?虹の町 3へ続く
坊グレの部屋へ戻る
トップページへ。