| 波類間ユンタ |
11
小嶺の語る。
与人は結局、詰め所にも現れなかった。
早々と仕事を片付け、暮れ6つには宿舎で夕食を頂いた。日もすっかり落ちてから着衣を改め、焼酎一瓶を持って、与人の屋敷へ向かった。月は明るかったが、ハブを用心して提灯を持っていたので、両手が塞がっていた。
(傷心の与人をお慰めし、穏やかに語り合うため。与人は、私が支えねばならぬ)
私は自分に言い聞かせた。思えば初対面から、私たちは常に、危うい緊張関係にあった。
それを誘っているのは、与人ではなく私なのかもしれないが、気持ちを強く持てば清くいられる。大丈夫であると思っていた。
時刻はまだ宵の口であったが、与人の家は静まり返っていた。
座敷の戸は開け放たれ、しかも灯りがなかった。奇妙なことである。「もし、虫が入りますよ」と呼ばわったが返事はない。
「与人?」
提灯を掲げた。一番座の端に、仰向けに横たわるものがあった。着物の裾から、白い足がはみ出している。
私は足元に提灯を置いた。胸のあたりに、何かが銀色に光った。尋常の輝きではない、抜き身の刀の冷たい光。
恐ろしいことに、すぐ耳元で与人の気配がある。
体は2間先に横たわっているのに、与人の声が耳元でささやきかけてくるのだ。
(……私が死んだら)
(お前の胸に住まわせてくれるな?)
(約束ぞ、カマデーよ)
世界が歪み、私の周りで回り始める。障子も歪んで見えた。
「与那城殿っ」
与人の口元に手をかざした。息は当たらぬ。顔は冷たい。与人の胸に耳をつけた。心臓の鼓動が聞こえない。
「ゆなぐしく、どの」
やっと保っていた正気が、砕け散っていく。
私は、縁ある大切な人を誰も幸せに出来ない。みんな手の間から零れ落ちていくのだ。
「嫌だ」
逆上して、与人の動かぬ胸を掴んだ。与人の平らな胸は見る間に膨らんで、顔はもう息絶えた妻のものだった。
「加那!」
大声で叫び、臨月の白い腹部をさすり、肩を掴んで、身の置き所も無い。
許してくれ。ああ、私の子だ、まだ生きているのに。せめて外に出してやらねば、この世の空気を吸わせてやらねば。
刃物が欲しい。刃物をくれ。この腹を切り裂く刃物を。息子だけでも救わねば。
「目差主、しっかりせよ」
強く腕を叩かれる。
「カマデーよ」
軽く顔を叩かれ、手を掴まれた。
「私の胸で泣きたいのか、それとも私の腹を裂きたいのか、どちらなのだ」
与人は目を開けていた。 呼吸につれて上下する胸、薄い肉に覆われた脇腹、滑らかな腹部、臍の下の淡い影が、私の顔の下にさらしものになっている。涙か唾液かよくわからぬ液体で濡れそぼっている肌、その肌にこの私は、抜き身の剣を突きつけている。
なんという狼藉を働いたことか。申し開きが出来ない。
「ああ……」
取り落とした剣が、畳の上に転がった。私の全身が、
与人が、私を見つめる。切れ長の目の縁が、抜き身の剣の鋭さを持って、私に挑んでいる。
白い歯が唇の間から覗いた。
「お前はどうしたいのだ」
体の底より荒々しい熱が込み上げてきた。与人のせいではない、全て我が心より出でたものだ。私は初めから、与人に惹かれることが分かっていたのだ。
「答えよ、カマデー」
白い胸が、呼吸とともにゆっくりと上下している。帯がねじれて解けかかっている。
(この帯を解きたい)
帯を解いて、裾を開いて。
与人を組み敷いて、腕と腕、脚と脚を絡めて、互いの胸の間に空気も入らないほどに。
「お許しを、拙者は気が触れました。斬って下さい」
与人が静かに首を振った。
「気が触れた人間は、触れたなどとは言わぬものだ」
「死ねと言うてください。剣をお貸しください。あなたを汚してしまいます」
「ならぬ」
与那城殿は私の肩に手を置いた。
「死ぬのは許さぬ。死ぬほどのことは何一つしておらぬ」
低く囁きながら、長い脚で私を捕まえた。私は息を飲んだ……。与人の体の中心は、私のそれと同じほど熱く硬かったのである。ほんの少し与人が体を動かすだけで、私は引きずり込まれるように欲情した。
「与那城どの」
すると与人は、「
私は「思左」と答えて、唇を合わせた。
波の声も止まれ、風の声も止まれ、私が聞きたいのはただ与人の息の音だけだ。
思左どのの口は甘く、歯は滑らかに硬かった。口を塞いだまま、私は思左どのの簪を抜き、結った髪に指を差し入れた。
もはや私は、衝動を抑える術を、何も持たなかった。
波類間ユンタ12
若者小説
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2007/6/5