波類間ユンタ  

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物知りマフサの話 (小嶺目差の物語る。)


「ウサー姉は、あなたの守姉に選ばれたときに本当に喜んだんですよ」
マフサはそういうと、ハジチで飾り立てた両手で、里前の手を取った。濃い青、緑、そして臙脂色。色鮮やかな文様が、張りのある手の甲の皮膚に輝いている。
里前も男である。ごつごつした手に取られるよりも、女の手のほうが気持ちがよいと思うのではないか。わが心中は全く穏やかではない。

「守姉というよりほんとの姉みたいに見えた。思左さまの母さんは体が弱くなってたからね。それこそ自分のほんとの子供みたいに可愛がっていましたよ」
「そんなありがたい守姉の顔も忘れた。血も涙もない男だ、そなたの情けにも値しない」
里前はそういうと、手をそっと引こうとする。そうだ、そうすればいいのだ。だがマフサはそれを許さなかった。
「ジラーの言うことを信じてはなりません」
そして彼女の語った話は、以下のごとくであった。

「わたしはウサー姉が大好きでした。ウサー姉がお守りに選ばれても離れたくなかったのです。ウサー姉さんと思左様、そして私。いつも3人で一緒でした。
思左様は優しいお子で、いつも水汲みを手伝ってくださった。きれいな髪に花飾りを挿して……。花といってもほんとの花じゃないですよ、蜻蛉の羽みたいな薄い布の、花飾りです。あなたのお父様も、花飾りを付けて首里の王様の前で踊ったのですって。
いいえ、男の子で髪を挿しても、ちっともおかしくはなかったですよ、思左さまは特別ですもの! その姿で、あなたはいつも歌や踊りを教わっていましたよ。
それをわたしはヒンプンの影から覗いていました。
お父上の弾く三線も珍しくてね。でも水汲みもあるし、家の仕事も手伝わなきゃならない、いつまでも遊んでられないから。

そしたらあなたは気づいて、後を追ってきたんです。踊りの練習から逃げ出してねえ。追い返したりはしません。近くの井戸が枯れたので、二人して、村はずれの遠い泉まで歩きました。
それで水を汲んで戻ってきたら、ウサー姉さんが走ってきたんです。髪を振り乱して、怖い顔してねえ。

ウサー姉は、こういったんです。
『思左様、花飾りをお貸しください。守姉も一度でいいから、きれいな飾りをしてみたいんです』、ってね。びっくりしたの何の、ウサー姉、気が触れたかと思いましたよ。でも、思左さまは自分で飾りを外して、あげる、といわれたのです。

ウサー姉は、ぐしゃぐしゃの髪に髪飾りをつけたけど、お世辞にも似合っては居ませんでした。正気のようにも見えませんでした。怖かったです……。そのあと水の桶を取り上げて、そのまま地面に叩きつけたのです。勿論、水は全部こぼれてしまいました。
『もう一度汲んでこい、この水は腐っている!』
もう、震え上がりました。姉さんなんて怒鳴ったことなんてないのに、何があったんだろうと思いましたよ。泣くよりなかったです。でも水がなければ家へ戻れませんから。二人とも泣きそうになりながら、一緒にまた水汲みに行きました。それで、やっと村に戻ってきたときはもう、夕方でした。

そしたら、村の様子が変わっていました。
ジラー兄さんが大声で泣いて、気が変になってる。
それで初めて知ったのです。ウサー姉さんが死んだって。水も櫂もないくり舟で、沖に連れて行かれて、そのまま捨てられたって。舟はそのまま流れていったって……。

神司に神様が降りて、『髪飾りをした美しい童をひとり、くり舟に乗せて流せ。さもなくば島を洗い清める。雨が降らないのは神の怒りである』とおっしゃったそうなのです。

髪飾りをした美しい子供なんて、この島では思左さまお一人でした。島の大人たちは気が変になって、思左さまを探し回っていたそうです。人身御供にするためにです。死にたくないからです。はじめにウサーに見つからなかったら、思左さまはこの世には居なかったことでしょう。誰も抑えられないほどでしたから。それほど皆、気が変になっていましたもの。そのときの村役人は怖がって、屋敷から出てきませんでしたって。情けないねえ。
ウサー姉さんはわざと水を駄目にして、もう一度汲んでこいといったのでしょう。思左さまを助けるために。遠くの泉まで、歩かせるためです。
その間にウサー姉は村に戻って、自分から身代わりになることを申し出たのでした。姉さんは髪飾りをして『我を海に流せ、我が花飾りをした美しい童である』と叫んだそうです。
ですから、ウサー姉が海に流されたのは、思左様のせいじゃありません。姉さんが自分で選んだ道だったのです。ジラーがあなたを恨むとしたら、とんでもない筋違いです。ですが……もう言っても仕方がないことですが、何かが引っかかるのです。神司はそれからすぐに亡くなってしまいましたし………」


マフサの長い話が終わっても、里之子は身じろぎもしなかった。魂を落としたように、空ろな目で壁を見ているばかりである。
「里前、戻りましょう」
そっと里之子の手を取った。
だが何も言わない。我、というものを失ったかのようである。それ以上何も言えず、ただ里之子の手を引いて、クワディーサーの木の下まで来た。そのとき、人形のようであった里之子が口をきいた。
「小嶺。私は疫病神だな」
「ご自分を責めてはいけません。あなたは何も知らなかった。ウサーとやらが、自分で選び取った道なのですから」
「私なんぞを庇って亡くなった。犬死にだ」
「ウサーは、なんとしてでもあなたを守りたかったのです。その気持ち、拙者にはわかります」
なんと言えば、わかっていただけるのか。私も同じ心であると、どうしたら分かっていただけるのか。
昨夜、眠る里之子を見つめたときに、胸に蛍を宿して眠る、里之子の白い横顔を見つめたときに、この儚げな命は、自分の命より大切である、と思ったのだ。
私は岩のような手で、里之子の白い手を包み込んだ。
「何があろうと拙者がお守りする。命に代えて。お誓いする」

「やめてくれ」
里之子はそういうと、手を振り払った。
「そのように深い情けは無用だ。お前には、私を守る義理は何も、ない。わたしとて、お前のために命など捨てぬ!」
里前は見たことの無いくらい怖い目で睨みつける。
「一夜、枕を交わしただけのことだ。互いに寂しかっただけだろう。小嶺目差よ、本気になって生きるの、死ぬのというのなら、二度目はない!」
里之子はそういうとまた足を踏み出したが、顔色は青く、また足元もおぼつかなかった。
「お手を。里之子」
「要らぬ!」
里之子はすごい剣幕で叫び、背中を向けて歩いていった。
細い、まっすぐな背中が私を拒んでいる。助けを求めて私のところに来たのに、帰り道には里之子は全てを拒んでいた。
全く途方にくれた。わかっているのは、里前の逆鱗に触れたということであった。

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