| 波類間ユンタ |
18
小嶺の語る。
高平良万歳の踊りが終わると、玄庵は何もなかったように話しかけてきた。
「与那城どのの、与人としての力量は、どうですかな」
「拙者、上役についてとやかく言う立場にはおりませんので」
玄庵は苦笑すると、また酒を口に運んだ。
「聞くだけ野暮だったな。あれに与人が勤まるはずがない。ひらひらと踊るより能がない男だ。まことに男の芸者のような……」
「それは余りに無礼でしょう。良いでしょう、拙者の意見を申し上げます。確かに与人はお若いし、経験もない。しかし、これから研鑚を積んでいけば、前途は洋々として明るいものと思います!」
私は少しむきになっていた。医師は面白そうに私を見た。
「まあ貴殿のような部下が庇ってくれる間は、どうにか務められるだろうが、先々はわからぬ。また、妙な問題を起こさねばいいが、と思ったまでのこと……」
「何のことでしょう」
玄庵はうまそうに酒を飲んで、思わせぶりに「大仮屋での刃傷沙汰の件」と呟いた。
「ご存知か? あの里之子のせいで、薩摩の侍が二人も死んでいる。その一人は念兄であった小太郎だ。与那城を庇って死んだのだ。だが、御当人は腹も切らず生きている……侍にあるまじき命汚さだとは思わんか?」
私は杯を置いた。
「里之子を争って、勝手に殺しあっただけではないのか」
冷静になろうと努めて、膝の上で拳を握った。
「里之子には罪がないはず。だから、こうして与人になっているのでしょう」
「在番奉行もあれに惚れこんでいたからな。王府が里之子の命を惜しんで、格別の情けを以って、波類間に逃がしただけだ。おぬし、人の話を聞くことも学んだほうがいいぞ。『お前の』与人の正体を教えてやろうというのに」
そのころには私は、この医師に、あのジラーと同種の悪意を感じていた。
ともかく玄庵は笑いを含みながらこう断じた。
「あの清らげな里之子、実はたいした色悪だぞ。三司官から摂政王子までたらしこんで、父を奉行にまで出世させたというし。父親も、大した玉だ。親子二代で天晴れな尻奉公……」
たまりかねてさえぎった。
「下品な誹謗中傷、お止めくだされ!」
そういいながら、ありえぬ話ではない、とも思った。
思左どのが、その父にとって大切な息子でなかったら? 自分のほうが息子より大切な父だったらどうなるのか。出世のために息子を道具として使ったりはしないだろうか。
「小太郎がそう言ったのさ」
また、小太郎か!
「なぜ、念者を自称するものが、『念弟』を貶めるようなことを言うんですか! 大切なものの恥をさらすようなことを、何故!」
離れ座敷からは、また涼しい音曲が流れてきていた。
「相談されたのだ。どうしたら助けてやれるかとな。……小太郎は、阿呆みたいにあの童を大事にしていたからな。哀れな男だ……」
医師は、そういうと、中庭を見やり、口を噤んだ。
里之子が、青い胡蝶のごとく、袖を翻して歩んでくる。振袖の下からのぞく紅絹が、篝火に照り映えていた。
髪も高く結い上げて、赤い花飾り、小さな顔に美しく化粧を施し、その姿で軽く膝を折って体を屈め、腕を差し伸べて、左右の客に、しとやかに挨拶をする。
在番のいる離れ座敷にも。
私たちの座っている、一番座にもだ。
足を軽く踏んで、背中に挿したゼイを引き抜き、鮮やかな飾りを打ち振り、ひらりと回転する。かすかに微笑を浮かべ、清らかに楽しげに、舞うのである。里之子がゼイを打ち振るたびに、風まで祝福されるようだった。
一点の曇りも、穢れもない。
踊る姿こそが本当の姿なのだ。
「あんし、
涙が止まらない。たとえ踊ることしか出来なくても構わない。私の前で踊り映えてくれる。生きて輝いている。それだけで十分だった。小太郎とやらの後を追わないでくれてよかった。
「手放しで感激するのだな」
医師は困ったように頭を掻いている。私は袖で顔を拭った。全てが忌々しい。
里之子は誠心誠意、踊っているだけではないか。何故、影で侮辱されなければならないのだ。
「心を隠すということも学びなされ。それと、親切に教えてくれるものの言葉を聞くこともな」
医師は言い訳のように呟いた。
「ついでに言うが、帰り道には気をつけるんだな。在番は里之子に惚れ込んでいるが、その下の者たちはそうではない」
「今度は脅しですか」
「いや、甲斐のない恋をした同士、同病相哀れむ、ってことさ」
医師の言葉は最後まであいまいであった。
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2007/9/17