波類間ユンタ  

19

小嶺の語る。

最後に里之子は女姿で、小さな糸巻きを持って踊った。
紫のサージを背中に長くなびかせ、片袖を抜いた姿である。里之子は人並み以上に背が高く、またけして撫で肩ではない。それが嘘のように、華奢な美女に見え、そら恐ろしいほどであった。
その踊りが終わったのを潮時として、宴はようやくお開きとなった。

里之子は、かなり疲れた御様子だった。帰ろうとすると、頭職の女がついてきて、油提灯を私に渡した。
すると里之子は、「提灯は私に寄越せ」といって、かわりに手に持っていた包みを私に押し付けた。
「重いぞ。貴重な焼き物だそうだ」
確かにそれは、提灯よりはよほど重かった。
闇夜であった。そこにあるはずの月は分厚い雲に隠れて、湿気を含んだ、生臭い風が吹いていた。
泊まっていかれたら、という頭職のご妻女の申し出は、遠くはないから、と丁重に断った。そのときほど泊まっていれば、里之子に怖い思いをさせることも、なかったのである。

屋敷を出るとまもなく、雷の音が近づいてきた。
「雨になりそうですね」
「化粧が落ちて一石二鳥だ」
「宿に帰ったらお湯を貰い、白粉を落としましょう」といい、それから、里之子の耳にささやいた。
「後ろから誰か来ます」
さほど距離のないところに、提灯の灯りが見えた。それはどんどん近づいてきた。私たちは歩いているのに、後ろから来るものは走っているのだ。
「走りますか?」
「いや……ただの飛脚かもしれぬ」

私は黙って、里之子を背中に庇った。
やがて本当に提灯が近づいてきた。提灯を持った大和の侍たち、二人であった。
「お先にお進みください。私どもは急ぎませんので……」
私は首里言葉で丁寧に頼んだ。だが武士は、通り過ぎてはいかなかった。破れかけた提灯の、ぼんやりした灯りでも、彼らが品のない笑いを浮かべているのが見えた。だが、非常に酔っているようで、足元もおぼつかなかった。

侍のひとりが、里之子の名前を呼んだ。
里之子は、そっと私を押しのけて前へ出た。化粧をしたうなじは、いっそう細く夜目に白く浮かぶ。

侍と里之子が話すのは、全て大和言葉である。穏やかな話ではないのは雰囲気でわかった。侍たちは笑い、下卑た目で里之子を眺め回した。里之子はこともなげに耐えていた。だが私には耐えられない。
「里前」
すると、里之子が僅かに頭を動かして答えた。
「小嶺は、ひとりで宿に帰れ。こちらは……昔なじみだ。久しぶりに積もる話をしたい」
「では私もお供します」
「ならぬ」
鋭い一喝だった。
「本当に昔なじみなのですか? あのものたちの鯉口は何故切られているんですか!」
里之子は答えず、ただ黙って、侍たちのほうへ進みかけた。

「里之子、冠が曲がっています」
私は、赤い冠に手を添えて、後ろから銀のかんざしをそっと引き抜いた。
「小嶺?」
そういいかけた里之子は、息を呑んだ。喉にかんざしの先が当てられているのに気づいたのだ。
里之子の肩を抱え、叫ぶ。
「一歩でも近づくな、下郎!」
侍たちは一瞬ひるんだようだった。だがすぐに笑い始め、刀を抜いた。笑いながら近づいてくるのである。足元も怪しいが、こんなものたちでも、長い刀には勝てない。
突然、里之子が激しく動いた。私はとっさに手のひらを返していた。

火柱が上がった。侍が叫び声をあげた。袴に火がついている。
手で叩いて消そうとしているが、火はますます燃え上がる。やがて男は叫びながら走っていき、それを仲間が追いかけていくのである。


()()んぎれ!」
放心状態の里之子の手を掴んだ。しばらくは歩いてくれたが、すぐに道端にうずくまってしまった。私は里之子を背負って、夜道を逃げた。
あとから追ってくる様子はない。火傷を負った仲間を助けるため、追ってこられないのであろう。しばらくは時間が稼げる。
やがて最初の雨粒が落ちた。それからまもなくして、静かに雨が降り始めた。
「小嶺……あの侍は、死んだだろうか……」
弱い声だった。提灯を投げつけて、火達磨にした侍のことを心配しているのだ。
「あんな悪者(やなむん)()、自業自得でしょう」
「あれは、小太郎の家の中間だ。わたしは、慰み者にされても……斬られても仕方がないんだ」
「里之子?」
「……お前が……あんなことをするから……お前まで斬られそうになったではないか、愚か者」
私は、里之子の脚を持つ手に力を込めた。
丸腰の私には、刀に対抗できない。どうしても守れないなら、里之子を殺めて私も死のうと思った。
(だが、里之子に助けられた)
そうとしか考えられなかった。

稲光で、前方に大きな建物があるのがわかっていた。桃林寺であろう。山門には仁王像があるはずだが、闇の中で何も見えない。境内に入ったとたん、里之子は背中から滑り落ちてしまった。
「曲者に追われております、お助けください!」
すぐには返事はなかった。二度、三度と叫ぶと、人の声がし始めた。
腕の中の里之子が、かすかに身じろぎをした。
「ここはお寺です。桃林寺です。助けていただきましょう」というと、里之子は「ふたりで鐘に……隠れるか……」と低く答えた。髪は肩まで落ち、どこも怪我をしていないのに、死人のように白い顔だった。

「どうなさった、追いはぎにでもあわれたか」
座主がやってきたときには、もう里前の意識はなかったのである。


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2007/9/30