| 波類間ユンタ |
20
与那城の語る。
「思左! 思左、どこだ?」
小太郎の良く通る声が響いている。屋敷を隅々まで探して、やがて、庭まで追ってきたのだろう。
だが私は出て行かない。ウージの茂みに隠れてじっとしている。
歌ができていないせいではない。どうしても会いたくなかったのだ。
(早くあきらめて……帰ってくれ)
早くあきらめて、あの黒毛の馬に乗って、那覇の仮屋に帰ってくれと。
だが、小太郎は聡かった。私はあっという間に見つかり、手を掴まれて、茂みから引っ張り出された。
それから、手荒く抱え込まれる。
「見つけた! こら、何をすねている!」
小太郎は、しかし、直ぐに真剣な顔になった。
「その痣はどうした」
そういって私の顔をそっと撫でる。私は思わず顔をしかめた。
「転んだだけです」
小太郎は信じず、「お前の父に殴られたのか」と決め付ける。そうだ、父以外に私を殴るものなど居ない。
私は小太郎の手をそっと払った。
「二十歳になる前にカタカシラを結いたいと言ったら、殴られてしまって」
笑いが込み上げてきた。全てがばかげている!
これでは化粧でも誤魔化せないとか、恥かしいからお城にも上がれずに居るのだとか、小太郎に愚痴ってどうなるというのだ。
己の苦痛は自分で始末する。要らぬ情けをかけずに、その馬に乗って帰ればいい。
「だが元服させてくれというのは、当然の望みだ。今すぐでも遅いくらいなのに、そんなに叱られるのは道理に合わぬ」
小太郎は何も知らないからとても優しい。私の髪にそっと触れて、しみじみというのだ。
「確かにこの髪は惜しいが、誰でも通る道だ。親として成長を喜ぶべきなのに、何故なんだろうな」
突然、もう耐えられないと思った。
(もう、たくさんだ)
三司官のお相手をしているときに、小太郎のことを思い出すのも嫌だ。小太郎の前で、屈託のない清童のふりをするのも。
全てを吐き出して、楽になりたい。
「とある偉いお方が、その気にならなくなるからです」
小太郎の手が止まる。笑みが消えて、顔は蒼白になっていた。
「カタカシラを結って男になってしまったら、父の役に立てない、孝行できないんです!」
私を軽蔑すればいい、潮時だ。あの馬に乗って那覇に戻って、もう二度と来なければいい。そうしたら私も気が楽になる。
自分を恥かしいと思わなくなる。もう少しの辛抱だ。
「間違っている!」
小太郎はそういうと、私の手首を掴んだ。
「来い。元服させてやる」
「え?」
「逃げるのだ、お前の父から!」
小太郎はそう叫び、私の腕を掴んだ。
「勘当されます」
「勘当したければさせればいい、家が絶えるだけだ!」
私たちは外へ走り、黒馬に乗り、那覇へと逃げた。
道は初夏で、私は19だった。背中に小太郎の体温があって、目の前には未来があった。
大仮屋へ行くと、小太郎の部屋に転がり込んだ。興味深げに見に来るものもいたが、小太郎が追い返した。
髪結いを呼んで直ぐにでも元服をさせる、と小太郎は言ったが、それは止められた。
その代わりに追い出されることもない。
時折、奉行に踊りを所望されて、大仮屋の中庭で踊った。夜伽をと言われることもなく、踊るだけだった。
その同じ中庭で、剣も教えてもらった。
何の不足があろう。実際、何処に居るより安全だった。
半月して、父から使いがきた。
『おまえの母上の容態が悪いので、戻って来い。元服の件は承知した』
母、というのは、父の、気の毒な正妻だ。ひとり息子を大和旅で失って以来、呆けてしまい、奥座敷に閉じ込められている。私を呼び戻す口実に過ぎないだろう。
それでも、私は帰ることにした。
在番奉行に迷惑を詫び、その夜も、中庭で踊った。礼のつもりだった。
「おめでとう、思左。元服のときには祝えないから、今言っておく。やまと歌の手ほどきは、もう無用だと言われたよ」
小太郎は少し寂しげにそういった。
そういって、私の頭を撫でた。
やがて、「なあ、いっそおれの息子になるか?」と呟いた。だが義兄弟の契りを結ぼうと言ってはくれなかった。
夜半だった。
厠にたとうと部屋を出て、後ろから呼び止められた。
「与那城の……」
顔見知りだが名前を知らない侍だった。それは乱れた髪の下から、どんよりと私を睨んだ。
「よくもわしを愚弄したな」そう叫び、刀を抜いた。
考える間もなかった。
あとから侍が追いかけてくる。ただ走り、小太郎の部屋までたどり着いた。既に何度か切りつけられて、腕や脚から血が流れていたが、痛みは感じなかった。
「何をなさる!」
小太郎が叫ぶのを聞いた。
「邪魔をするとお前も斬るぞ」
「思左が何を……」
小太郎の声は不意に途切れた。小太郎の体が、障子と一緒に庭に飛んだ。縁側に血が飛び散っていた。
声は無い。庭からうめき声が聞こえるばかりだ。
「お前の念兄を斬ったぞ」
侍の刀から、血が滴っていた。恐ろしくて顔など見られない。
「わしを笑いものにして楽しかったか?」
私は声も出ず、ただ首を振った。
「わしの手紙を、皆に見せてあざ笑って、得意だっただろうな、え?」
手紙など貰ったことは無い。だが声は出なかった。
侍が足の先で私の裾を開いた。
「失禁しているか。腰抜けが」
あざ笑い、それから自分の袴をめくり上げた。汚いものがのぞいた。
「尻を出せ、この陰間」
その腹から、不意に血が噴出した。侍は叫び、私のすぐ横に倒れこんだ。背中に小太郎がのしかかって、何度も突き刺していた。やがて、二人とも動かなくなった。
「小太郎」
叫ぶと、弱い声が返ってきた。
「ここに……来てくれ」
這っていった。小太郎は懐から懐剣を出して、私に渡した。
「…………元服の、お祝いだ、思左」
どこから血が出ているのかわからないほど、血まみれだった。
私は泣きながら、懐剣を抜いた。このひどい苦痛を止めなければ。
小太郎は静かに首を振った。
「介錯は……いい……お前を見て、たい」
「あとから私も」
それにもただ首を振られた。
「ならぬ、生きるのだ……お前が生きてくれたら、おれも……生きられる」
小太郎はそう囁きながら、血だらけの手を私に伸ばした。
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2007/10/15